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第1話 フツーの人間代表

「遂にこの日が来た……というか来てしまった!!」


 谷田(たにだ)勇助(ゆうすけ)は、目の前に聳え立つ巨大な校門を見上げながら軽く仰け反った。

 天まで届く——というのは誇張表現かもしれないが、とにかく遥か上に存在している門の頂上部分を見上げているうちに、無意識のうちに仰け反ってしまったのだ。


 そもそも、何でこんなことになったのか。

 全てにおいて平々凡々、すれ違って目が合ったとしてもすぐに記憶の荒波の中に沈んでいってしまいそうなこの少年が、何故この名門校・「私立勇者育成学園」に入学を果たすことができたのか。


 全ての始まりは、一通の手紙だった。

 今まで勇助が歩んできた一切波風の立たないフツーな人生を、その手紙は一瞬にして覆してしまったのだ。


『あなたは厳正なる審査の末、私立勇者育成学園に「普通の人間代表」として合格しました。よって、添付した書類に情報を記入し……』


 学園指定の肩がけ鞄から、何百回と読み返した例の手紙を取り出して再び目を通す。

 何度読み返しても、この古文書感溢れる羊皮紙に書かれている内容は変わったりはしない。

 それでも、自分の気持ちを落ち着かせるためにはそうするしかなかった。


 新手の詐欺とかだったらどうしよう、だなんて何回考えたか分からない。

 しかし恐る恐る問い合わせをしてみたところ、一切詐欺などではないということが分かった。

 何でも、「超名門校に平凡な人間を入学させた場合、どのような成長を遂げるのか」とかいう謎の実験のモルモット役にされてしまったらしい。

 全国の平凡な小学六年生の中から自分が選ばれたのだから、確率的にはかなり凄いことなのだろうが、素直に喜ぶことはできなかった。


 いや、間違いなくこの学園に対する興味はある。

 全寮制の中高一貫校・勇者育成学園――通称「勇学」は数々の優秀な勇者パーティーを輩出してきており、通えば充実した学園生活が約束されるということもあって、勇者になることを夢見る少年少女達の憧れの的なのだ。

 勇助もその「少年少女達」の一人ではあった。


 否、こんな入学方法を夢見た訳じゃない。何だ「普通の人間代表」って。舐めてるのか。

 それに、勇助はこの世界では珍しいことに、特殊能力――所謂「能力(チカラ)」を持っていないのだ。


 「無能力の勇者が大活躍!」とか言う、勇助を励ましてくれそうなニュースは一度も耳にしたことがない。

 優秀な勇者は優秀な能力(チカラ)を持っている、と言うのがこの世界では常識なのだ。


「有無も言わさず入学確定とか……法に触れるでしょ」


 勇助が、ため息混じりにポツリと呟く。せめてYESかNOを選べる権利を与えて欲しかった。

 まあYESを選ぶとは思うけど。


 真新しい制服に身を包んだ希望溢れる新入生達が、自分の横を通り過ぎて学園の敷地に足を踏み入れていく。

 ようやく、勇助は自分がただ一人道のど真ん中で立ち止まっている異質な存在であるということに気が付いた。

 無能力な凡人は勇学に通うというだけで嘲りの対象になるというのに、これ以上下手に目立つような真似をしてはいけないのだ。


 勇助がゆっくりと歩き始める。

 校門の向こうには、長い桜並木の道が延びていた。風が吹く度に、桜の花弁がひらひらと舞っては散って行く。

 雲一つない青空に、花弁のピンク色がよく映える。


 勇助は、せめて知識では能力者達を上回ろうと、勇学についての下調べを異常なほどにしてきた。

 その結果、行事とその詳細、勇学が有する広大な敷地に設置された施設の数々、敷地内に形成された学園都市の仕組みなどなど、下手すれば在学生よりも豊かな知識を身につけたのだった。


「あれーっ、勇助じゃん!!」

――本当にどうなることやら。

「おーい! 久しぶりー!!」

――まあ勇学に入学した以上、本気で勇者を目指すしかないよな!

「勇助ってばー!!」

――無能力勇者としての名を轟かせて、無能力の凡人でも勇者になれるっていうことを世界に知らしめ……。

「ゆ・う・す・け!!」

「うわあああぁぁっ!?」


 よく知っている少年が視界にドアップで映り込んできたのを確認するやいなや、勇助は反射的に叫び声を上げた。

 おかげで、周りの生徒達の注目を一気に浴びてしまった。

 体温が一気に跳ね上がる。頬が紅潮しているであろうことが、今の勇助には鏡を見なくても分かった。


「どうしたんだよ、急に叫んだりして」

「お前のせいな!? 考え事してる時にいきなり顔近付けられたら誰でも叫ぶから!!」


 半ばヤケになって、勇助が叫ぶ。

 周囲の生徒達の注目は、既に勇助達から離れていた。

 もう注目を浴びていないということに気付き、勇助の気持ちはあらかた落ち着いた。

 短い深呼吸を挟んでから、改めて目の前の少年の顔をまじまじと見つめる。


「――ていうか、健太じゃん!」


 健太――勇崎(ゆうざき)健太(けんた)

 勇助の、小学校低学年時代の同級生兼大親友だ。

 しかも勇助の誕生日は七月三十一日、健太の誕生日は八月一日と一日違いの為、何かと息が合うことが多かった。

 健太が転校してしまったことを機に疎遠となってしまっていたが、まさかここで再会できるとは。

 常にかぶっている青いベレー帽に赤茶色のくせ毛、くりっとした茶色の目。

 あの頃から全然変わっていない。


「久しぶり! 勇助も、勇学入るの!?」


 健太が、期待と好奇心から目を輝かせて尋ねてくる。

 勇助は「あーっと……」と呟きながら健太から視線を逸らした。


「……不名誉な、『フツーの人間代表』です」

「あっ、マジか」


 何かごめんな、と健太が顔の前で手を合わせる。

 どちらかと言えば謝られる方が傷付くので、いっそ笑い飛ばして欲しかった。


 ――そんな時だった。


「こんにちは!」


 可憐な声が響いたかと思えば、その声のイメージ通りの美少女が二人の前に現れた。

 両名が一瞬でその少女に視線を吸い寄せられる。

 小さな花を散らした髪の毛は、チョコレート色とでも言うのだろうか。鮮やかなピンク色をした目も凄く綺麗だ。

 こちらから見て右側には、肩ほどまでのサイドテール。

 こんなにサイドテールが似合っている少女を、勇助は初めて見た。


「コ、コココココンニチハ!!」


 健太の顔が一瞬で赤らむ。言葉の詰まりようが異様だ。

 近年稀に見る一目惚れっぷりである。


「えーっと……、どうかしたの?」


 言葉が詰まると言う面では、勇助も人のことは言えなかった。

 可愛い子を前にすると言葉が詰まってしまうのは不可抗力だと思う。不可抗力ですよね。


「さっき、叫んでた人達よね?」

「うん、叫んでた」

「友達はみんな違う学校に行っちゃったから、一人で心細くて……。よかったら、私も二人と一緒に行っていいかな?」


 願ってもない申し出に、二人の気分が一気に昂った。

 勇助と健太の声が、息ぴったりにシンクロする。


「モチロン!!」

「ありがとう! 私は姫原(ひめばら)つばき。よろしくね」


 つばきは、花が咲くかのような華やかな笑みを見せた。

 勇助の頬が、先程とは別の理由で赤らむ。


「オ……レは勇崎健太!」

「ぼ、僕は谷田勇助!」


 自己紹介を終えると、勇助はつばきに、純粋に気になったことを尋ねた。


「でも、どうして僕らなんかと?」

「何だか面白そうな人達だなーって思ったの!」

「そう! 俺ら面白いよな! な!!」

「そうだね……」


 健太の必死ぶりに少々呆れを見せながら、勇助が頷く。

 三人はそれぞれ自己紹介を終えると、親しげに話しながら歩き始めた。


「ここの制服、何か良くない?」

「抽象的だな」


 勇助は、健太の方に視線を向けずにツッコミを終えた。

 もはや条件反射の域に達しているのではないか。一種の才能として誇れるかもしれない。


「ほら、こう……赤いネクタイもカッコいいじゃん」


 勇助が、視線を下に移す。

 当然ながら、自分の着ている制服が視界の殆どを占めるようになる。


 襟に赤いラインが二本入った白のシャツに、赤のネクタイ。

 男子はチェック柄の長ズボンに、女子はチェック柄のスカート。

 勇学の制服は、そんな意外とシンプルなデザインのものだった。

 つばきはシャツの上にベージュ色のニットのベストを着ている。女子中学生の着こなし、というやつだろうか。

 勇助にはよく分からない。しかし、似合っているということだけは分かる。

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