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俺は俺であるために俺を捨てる  作者: 佐賀 貫
第1章
14/14

危機からはもう、逃げることを許されず2

 俺は高校を入学する時から一人暮らしを始めているから、姉に会うのは本当に久しぶりだ。6年ぶりくらいか。なんせ実家を出てから一回も帰省したことがなかったからな。

 

 さっきはたいして顔変わんねーと言ってしまったけれど、実際は大人になって結構雰囲気が変わっている。俺が昨日嫌いになった金髪になってるし、髪も短くなってるし、何より身体が大人になっている。

 

 おい大丈夫か俺。相手は実の姉だぞ? 正気を保て。

 

 姉は俺の二個上だから、当時はまだ高校生だ。それが今は大学をでて(大学いったのか知らないけど)、社会人になっている歳だ(社会人になっているのか知らないけど)。

 

 でも服装を見る感じ、スーツではないけれど、何かしらの仕事着というか作業着を着ている。

 

 そして姉は俺の普段使っている机に備わっている椅子に座る。

 

 おいそこ俺の定位置なんだが。


 「ちゃんと大学行ってんの? いや、まずちゃんと高校行ってたの? からだな」

 

 姉は軽く笑い、白い歯を見せながら言ってくる。


 「高校は卒業したし、大学も四年で卒業できるようにちゃんと行ってる」


 「へー。偉いじゃん」

 

 これくらいで偉くなれるんだったら世は偉人で溢れている。


 「そっちは? 今日、平日だけど」


 「今日は休み。サービス業の仕事だから土日休みとかじゃねーんだよ」


 「へー」

 

 社会に出る気はない俺にとって、心底興味がない話だ。そのせいで、つい適当な返事になってしまった。

 

 社会には興味ないし、姉にも興味はない。しかし、これでも一応血の繋がった家族だ。 

 

 一応マクロの部分くらいは聞いておこう。


 「働いてるんだ」


 「なに? ねーちゃんが何してるのか気になんの?」

 

 間違いだった。

 

 してやったり顏で、こんなイラ立つ返しをしてくると、なぜ想像できなかったんだ。

 

 俺はその挑発気味の返しに乗らぬよう、一切表情を変えずに返す。

 


 「別に。何してよーがどーでもいいけど」


 「まあそうだろうな。なんてったってあんた、六年間一回も実家に帰ってきてないもんな。別に無理に帰れとは言わないけど、せめて連絡くらいはちょくちょくしてやれよ。かーさんと、とーさん心配してんぞ」


 「説教しに来たのか?」

 

 その可能性があることも考えなかったわけではない。六年も家に帰ってないんだ。普通の親なら心配して当然だろう。

 

 連絡だって全くとっていない。月に一回親からもらう仕送りが口座から減っていることが唯一の生存確認だったはずだ。


 「いや、ただの報告。社会に出たらホウレンソウは大事だって教わったからな」


 「立派な社会人だな」

 

 そんな俺の興味なさげな返しに、姉は微笑しながら返す。


 「まだ三年目だけどな」


 「……三年目ってことは大学には行ってなかったのか」


 「ほんとに何も知らないんだな」


 「…………」

 

 何も返答をしない俺に、はいはい、そうだったな。とうなづきながら言い、そのまま話を続ける。


 「私が高三の時、ちょうど創が家から出て行った後くらいからだな。色々あってバイクが好きになったんだ。それで高校卒業して、専門学校行って、それで今はバイクの整備士として働いてるよ」

 

 色々あってバイク好きになるって。絶対理由男だろ。

 

 タバコ吸う女とバイク乗る女は絶対元カレが好きなものだったから。

 

 と相場が決まっている。

 

 しかしなるほど。だからそんな作業着みてーな服着てたのか。


 「ふーん。ってことはバイクに乗ってんの?」


 「当たり前だろ。今日だって休みでツーリングがてら外走ってたら、ちょうどお前の家あたりに来たから寄っただけだ。最初に言ったろ? 特に用はないって」


 「そういやそうだったな。でも、よく俺の家知ってたな」


 「弟の住んでる場所くらい把握してるよ。ねーちゃんだからな」

 

 得意げに姉はそんなことを言う。

 

 なぜ俺は姉のことを六年間まるまる何も知らなかったというのに、姉は俺のことを知っているのだろう。いや、それが家族というものなのか。じゃあ俺は家族失格だな。


 「なあ、創」

 

 さっきまでの柔らかな表情と違って、姉は少し緊張感のある真剣な面持ちでこちらを見ている。


 「大学卒業したら、何するかは決めているのか?」

 

 それに対する答えは、考えるまでもなく決まっている。決めてはいないが、決まっている。


 「いや。まったく。とりあえず社会に出ねーってことは決まってるな」

 

 俺の馬鹿みてーな発言に、姉は馬鹿みてーにポカンと口を開けている。

 

 そして、数秒経って、俺の言ったことを理解したのか、姉が口を開く。


 「社会に出ないって……。出ないで何する?」


 「まあ反社会勢力であるところのニートってとこだろうな」


 「ふーん、じゃああんた、なんのために大学行ってんの?」

 

 まあそうなるだろうな。しかし、その問いに対して俺は首を傾げるしかできない。


 「……それは……わからない」

 

 何かになりたくて、明確な夢やプランがあって進路は選ばなくてはならない。実際に姉はそうしている。そうすることが本来正しいんだと思う時もある。

 

 なんのために大学に行っているのか。

 

 その答えを今の俺は持ち合わせていない。

 

 そもそも、なんのために高校に行っていたのだろうか。なんのために中学校、小学校に行っていたのだろうか。なんのために教育を受けてきたのだろうか。

 

 おそらくこの社会で、大学までに受けてきた教育が社会に出てから役に立っているか。という問いに対して、自信を持ってイエスと答えられる人間はほとんどいないだろう。

 

 中学や高校で、「数学なんてやっても将来絶対使わないもーん」とか言ってる人がよくいる。それに対しての反論でこんな言葉を耳にする。

 

 確かに数学自体、この数式や証明をそのまま使うことは無いかもしれない。しかし、数学で学んだ理論的な考え方や、応用力が社会に出た時に役に立つかもしれないし、役に立つ場所を見つけることが重要なんだ、と。

 

 しかし、その理論的な考え方が本当に必要なのか、その場所が具体的にどこにあるのか。それらの答えを教えてくれる人は一人もいなかった。

 

 これらのことに答えを求めること自体が愚行なのだろうか。

 

 実際に今の俺も答えを出せずにいる。

 

 答えのないことに、答えを求めるのは間違っているのだろうか。


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