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俺は俺であるために俺を捨てる  作者: 佐賀 貫
第1章
12/14

日常クライシス11

 電車に揺られる事、約一時間。俺が中学の頃まで暮らしていた実家の横浜へと到着した。横浜といってもキラキラした都会の方ではありません。ここまで言ったら察して下さい。


 実家の最寄駅から三駅離れた駅で下車した。既に辺りは真っ暗になっている。そこから十分程度歩いて、目的地であるお墓に到着した。


 直径が約200メートル近いそこそこ大きめな霊園を眺める。このお墓に毎年通い続けて、もう6年になるだろうか。そんな事を考えながら俺は、何百もある墓石の中からたったひとつを目指して歩き始める。

 

 あと約20メートルといったところで、目当ての墓石の前に誰かがいる気配がある。しかし、辺りが暗い事もあってこの距離からでは誰なのかは分からない。

 

 あいつの知り合いか?

 

 俺が知っている中であいつと親しい人間なんて、俺は一人しか知らない。あいつの妹だ。

 

 つまりその唯一の旧知であるところの妹が墓石の前に立っているのだろう。

 

 そう確信した俺は、会うのは葬式の時以来か、随分久しぶりだから大きくなっているんだろうな。と勝手な想像をしながら近づいていく。

 

 しかし俺は誰がいるのか認識できる距離に来たところでハッと立ち止まる。

 

 ……違う。

 

 たとえ時が経ち、多少背格好や雰囲気が変わっていたとしても、明らかに俺が想像していた人物と違いすぎる。

 

 しかし、髪の長さからおそらく女性であることは伺える。あいつの妹じゃないとすれば一体だれが……。

 

 と思っていた矢先。


 「こんばんは。春日かすが︎君のお知り合いですか?」


  まったく聞き覚えのない声に、あいつの妹ではないと確信する。


 「……………はい」

 

 今日はいつもより声を発したはずなのに、口がいうことを聞かない。これはもう長期間に渡るリハビリが必要かもしれない。


 「そうなんですね。彼にお墓参りに来てくれる友人がいて安心しました」


 「確かに。俺もあいつに俺以外の知り合いがいたなんて初めて知りました」

 

 ははっそうなんですね。と彼女は小さく笑いながら言った。

 

 辺りは薄暗い街灯が疎らに散っている程度で、さっきまで相手の顔がまったく見えなかったが、流石に俺の声が届く程度の距離まで近づけば、はっきりとわかる。

 

 年は俺より少し上だろうか。彼女はスーツ姿でいたため、俺よりもかなり大人っぽく見える。声色や話し方も社会にしっかりと揉まれている感が出ている。


 「春日君とはよく遊んでいたんですか?」


 「あいつとは……仲は良かったと、思います」

 

 そうですか。と彼女は薄く微笑みながら言った。


 「では、私はお先に失礼しますね」

 

 そう言って彼女は軽く会釈をしながら、彼女によって綺麗にされたであろう墓石の前を後にした。

 

 よかった。

 

 正直そう思った。

 

 あいつのことを知っていて、今もなお、墓参りに来ている人がいること。それ自体は嬉しかった。

 

 けれど、あいつのことについて誰かと話し合う、なんていう気分には俺はなれなかった。そういった俺の気持ちを、今のちょっとした俺との会話で彼女は汲み取ったのかもしれない。

 

 いや。それは考えすぎか。コミュ力が高いからといって相手の考えや気持ちがわかることには繋がらない。

 

 いつもの通り、無闇に思考を巡らせていると、


 「あの!」

 

 既に十メートル近く離れた彼女が、急に呼びかける。


 「お名前を伺ってもよろしいですか?」


 「……直原です」


 「直原さん、ですね。ありがとうございます。私の名前は風間かざま風間詩穂かざましほです。またいつかどこかでお会いした時は、よろしくお願いします」


 「はい。お願いします」

 

 そう言って彼女は踵を返した。

 

 あれ?名前なんて言ってたっけ?

 

 しっかりと聞き取れなかった。記憶力には結構自信がある方なんだけれどな。

 

 それにしてもいつからだろう。

 

 そしてなぜだろう。


 


 俺が他人の名前を覚えようとしなくなってしまったのは。


 


 まあそんなことはどうでもいい。

 

 俺は今日、ただ墓参りをしに来ただけなんだ。

 

 っていってもさっきの彼女が墓石を綺麗にしたおかげで俺にできることは手をあわせることぐらいしかない。

 

 手を合わせて目を瞑り、そして毎年同じことを言う。


 



 「お前のやったことは絶対に、間違っていない」




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