第十四章 鷲と鹿とスカイガーデン
「ずるいですよジロウさん!私だけおいて先にオフ会するなんて!!」
俺の上で叫んでいるのは上新井、本名を杏子・メイチョン、この世界での名はかめちょんだ。
俺達は昨日の飲み会を終えて土曜日、昼下がりの中スカイフロントウェアにいた。
「…いや、まさかタカちゃんの店だとは思ってなかったからよ。」
現実世界でも散々言及されたがかめちょんは未だに根に持っているようだ。
「あんまり怒ったらジロウが可愛そうだよ、お姉ちゃん?」
俺の隣の少女イデアは制止に入ってくれる。以前よりも周りの状況を理解し落ち着いた反応を示す彼女は今やかめちょんより頼りになる気がする。
「そうですぜかめちょんの姉御!少しは羽を休めて話してくださいな、鳥だけに!」
なんか羽休めのニュアンスが違う気がするが冗談のつもりでいっているであろうこの鳥は大鷲のタカちゃん。
口調から察するに今日は妹の方だろう。
タカちゃんの中の人は二人いる。それが高島兄妹だ。
俺と松下が昨日訪れた店「バードフェイス」の若き店長兼料理長が兄の高島孝人、歳は32歳。彼は中学校を卒業後、料理の修行のために一人でヨーロッパに渡航しそこそこいいホテルの料理人をしていたらしい。その時にチキンジョッキーの中の人と出会い今でも交流があるらしい。親が元々居酒屋の店主であり跡継ぎとして日本に帰国し今では店を仕切っているのだ。
そして今俺達の目の前にいるのは妹の高島南、17歳。歳が離れているのは腹違いの妹だからだ。要するに親父さんがバツイチで孝人さんの中学時代に再婚した人との子なのだ。孝人さんがヨーロッパに一人で修行に行った経緯はその辺にあるらしいが酒がまわってたからか断片的にしか覚えてない。
そういった背景があるものの二人は仲の良い兄妹でこのゲーム「ワイルド・シミュレータ」を二人共同のアカウントで遊んでいる。俺達が遊ぶ時間は概ね仕事を終えた兄の方だがこういった休日は妹の方なのだ。
妹の高島南は女子高生で将来は兄と同じく料理人を目指しており進路はそちらの方面の短期大学を目指しているようだ。親から遺伝したハスキーボイスは女性らしからぬ印象で明るく気さくな孝人さんの面影をちらつかせる。それでいて不思議なギャグセンスを持っており掛詞、要するにダジャレやらそういった言葉遊びが好きなのだ。
以上が俺が昨日の飲み会で話し半分に聞いた彼らの情報だ。俺の正体を知って大人しくなった松下と対照的に俺達と話すことを心待ちにしていた彼らはとてもよくしゃべっていた。
しかしネットゲームの知り合いが意外と身近なところにいるなんてあるもんなんだな。高島兄妹が今回オフ会に積極的だったのは運が良ければ自分達の店に招待しようとしてのことだったらしい。それが本当に運よく俺達の居住区域の近くだったのだ。確かにゲーム内で頻繁に顔を会わせるから生活時間が同じなんだろうとは思っていたがこうなるとは思ってもみなかったのだ。この調子だとストロンガーも近くにいたりしてな。
ところで時間通りに集合した俺達に遅れて合流するものがいる。ギガンテウスオオツノジカのナチュラル、要は松下だ。
「お、遅れてすみません先輩!!」
今までと一変してその大きな体が小さく見える。
彼女は昨日俺の正体を知ったあとただでさえ赤い顔を更に赤面して顔を隠しながら俺の前で今までごめんなさいと連呼していた。俺自体は別に謝られる覚えはない、寧ろ一時正体を知った上で隠していた罪悪感があるのだが高島兄妹の饒舌な話と同じくらい彼女は静かに同じ言葉を連呼していた。
帰りに家まで送る際は俺が話しかけても終始無言で家につくなり謝罪と共に家に駆け出して行った。なんだか俺の方が申し訳なくなった。
「いいんだよ今まで通りジロウで、ゲームなんだから会社の事は忘れろ。」
俺はナチュラルにそう答える。
まぁそうは言っても意識せざるおえないのだろう。実際俺もそうだった。
「で、でも先輩…。」
おどおどと話すナチュラルはいつもの角の悪魔でも職場での期待の新人でもなくか弱い小動物のようだった。
…昨日は結局あんまり話せなかったし今日はイデアと遊ぶついでにナチュラルとしっかり話をしてやらないとな。
「とりあえず今日は観光だ!いくぞナチュラル!」
「…は、はい先輩!」
「冒険だー!!」
「鳥だけにってか、ジロウの旦那!」
「ちゃんと私もいれてオフ会するの忘れないでくださいよ!!」
試練が終わった後もこの街にいるのは一日イデアと遊ぶためだ。前の街は用事が済み次第すぐに去ってしまったが今大事なのは〈たからもの〉集めよりもイデアと過ごすことだ。生きることに絶望したこの娘を救うにはそれが大事なのだと俺は考えている。これはみんなの総意ではなく俺個人の意見だがみんなはついてきてくれた。
いく場所の目星は昨日、かめちょんとイデアの二人にまわってもらってつけてある。記憶を少し取り戻したイデアと二人水入らずで過ごしたかめちょんはなんだかんだ文句は言っているがいい時間を過ごせたと俺に言ってくれた。あの言葉に嘘はないと思う。
スカイフロントウェアは人気ナンバーワンの街と言うだけあって娯楽施設が多数ある。高度限界ギリギリの高さにあるため敷地面積は狭いものの様々な建物が乱立した都市として機能しているのだ。
ペリカン達が運んできた様々の村の物品を販売するバザールも木で出来たビルのような建物で行われており、まるで現実のショッピングセンターのようだ。
街角では孔雀やオウムなどがストリートライブを行っている。中には現実でのアーティストデビューを目指しこのゲーム内で活動する音楽家もいるそうだ。そういったプレーヤーは移動に便利な鳥類になることが多い。
更に言うには鳥類になるプレーヤーは旅好きが多くこの広いゲーム内の世界を転々と飛び回る渡り鳥達がいる。彼らはこの街に集い各地で入手した情報を提供してくれる。現実世界でもこのゲームの掲示板はあるがゲーム内で直接話しが出来ると言う点でパソコンのスクリーン上にはないライブ感があるのだとか。コミュニケーションを目的としたコミュニティが作られるほどある種の流行りになっているのだ。
タカちゃんもその中で有名な一羽なのだ。スカイフロントウェアきってのハンターであり情報屋だ。俺達が一人で狩りをしていたとき目をつけた標的の前には必ずやつが現れる。その情報網の正体は兄妹での二人羽織によって得た活動時間からなる現地での情報なのだから俺達が敵わないわけだ。
タカちゃんの話はそれくらいにして数ある娯楽施設の中で訪れたのは「スカイガーデン」と呼ばれる公園だ。この公園はチキンジョッキーの指揮のもと作られた場所で海底都市「アクアリウムガーデン」についで有名なスポットだ。この公園の特徴は地面がないこと、空を巨大な池に見立てているのだ。
「つきましたぜジロウの旦那!」
中身が女子高生だとわかるとタカちゃんの口調はどこか滑稽だ。妹曰く兄の台詞に合わせているらしい。聞く分にはハスキーボイスがあいまって違和感はないんだけどな。
「ひろーい!!」
「いいところですねジロウさん!」
お前らは昨日一応見たろうに、そう思いながらも俺の背で楽しそうにする二人につられて俺も笑う。
「さてと、例のボートを借りないとな。」
この「スカイガーデン」は自力で空を飛べる鳥類にはなんの問題もないが飛べない俺達はボートを借りる必要がある。ボート乗り場へと向かう。
「ようこそスカイガーデンへ!一羽と四名様ですね!」
受付の綺麗な鳥、ケツァールが俺達を迎えてかれる。馴染みのない鳥だがその姿は美しくこの広い公園に似つかわしくない。それでいて彼女はプレーヤーだ、何が楽しくてゲーム内で公園の管理人をしているのだろうか?
「おうよ、コアトルの姉御!四匹乗り…、いや角のねぇちゃんがでかいから六匹乗りのやつを頼むぜ!」
「ええ、チキンジョッキー様から準備するよう仰せつかっているわ!」
どうやらチキンジョッキーは何から何まで俺達の動向を知っているらしい。恐らく原因は俺の隣の大鷲だが都合がいいので放っておこう。
俺達の前にボートが現れる。木製の木で出来たなんの変哲もないボートだがロープがついており上には気球のようなバルーンがついている。バルーンの中には球状で見えないようになっているが中には大量のNPCが入っている。幻獣種「スカイフィッシュ」だ。
現実にはUMAとして知られるこの生き物はその多くが謎に包まれておりそもそも生き物なのか怪しいものだ。その分ゲーム内で設定が盛り込まれナチュラルのような大きな動物ですら浮かす浮力を持っている。
幻獣種のNPCと言うことで出現は稀でゲーム内においてもその存在は都市伝説程度のものであった。しかしチキンジョッキーが出現ポイントを発見し大量確保して今やボートの動力となっているのだ。その出現ポイントが偶々ここスカイフロントウェアだったのはある種の奇跡なのかもしれない。
「それでは空の旅をお楽しみください!」
ケツァールに見送られ俺達は岸からボートをだす。通常は船頭として一羽鳥がついてくるが今回はタカちゃんがそれを担ってくれている。
「「すごーい!!」」
イデアとかめちょんは声を揃えて辺りを見回す。空から見るズー大陸は広大で俺達もまだ見ぬ世界が広がっているのだ。現実に生きていてもこんな風景を見ることはそうないだろう。
「私達飛んでますよジロウさん!!」
「飛んでる!!」
「あぁ飛んでるな!」
これはゲームなのだから鳥のキャラクターを選べば簡単に飛べるだろう。けれどイデアにそれは出来ないし、かめちょんもイデアと過ごすためにこのゲームをしているのだからそんな余裕はなかったのだろう。そうゆう俺もずっと狼だったから空を飛ぶのは初めてだ。きっとこの二人に出会わなければこの風景を見ることはなかったろう。
喜ぶ二人を余所にナチュラルは大人しい。辺りを見渡してはしゃぐ二人は置いておいて俺はナチュラルに声をかける。
「大丈夫かナチュラル?高所恐怖症か?」
「…そんなんじゃないですよ先輩。」
俺の知る勇ましい角の悪魔がこんなにも塩らしくなるとは、なんだか調子が狂う。
「…今まで先輩とは知らず数々のご無礼をかけてしまい本当にごめんなさい。」
相変わらずナチュラルは謝罪ばかりでどんよりとしていた。
…ここは先輩として、いやジロウとして渇をいれないとな。
「…いいかナチュラル、俺の知るお前はそんなことで謝るような情けないやつじゃないぜ。」
視線を落としていたナチュラルと目が合う。
「お前はいつも俺に挑みかかってきた。軽くはあしらってきたがお前のそうゆうところ俺は嫌いじゃないぜ。」
ぼんやりと俺を見つめるナチュラルに俺は話を続ける。
「俺が正体をお前に打ち明けたのは先輩だから威張り散らかしたいとかそんなんじゃぁないんだ。」
飲み会で言えなかった思いを話すんだ。
「イデアと一緒に旅をする以上これまで凌ぎを削って来たライバルとして、会社での優秀な後輩としてだけでなく大事な関係にならなきゃいけない、そう思うんだ。」
そう、イデアを導くために仲間として俺達が結束する必要があるんだ!
「だからこれから改めてよろしく頼むぜナチュラル!」
俺の言葉を聞いてぼんやりと俺を見ていたナチュラルはまばたきをする。
「せ、先輩、それって…。」
どぎまぎしながら話すナチュラル。本当らしくないぜ。
「いいからお前は今まで通りでいいんだよ、俺はその方が好きだぜ。」
俺がそれだけ言うとナチュラルは再び下を向く。何かぶつぶついっているような気がしたがよくわからない。
再び顔を上げた時先程までのおどおどした様子はなく何か決意したようなそんな顔をしていた。
「じ、ジロウがそんなに言うんならし、仕方ないわね!」
先程と違ってしゅんとした面持ちだが顔を会わせてくれない。
「ひ、一つ、か、確認させてもらっていいかしら?」
「なんだよ急に?」
なんか様子がおかしい。
「こ、この旅が終わったら、ち、ちゃんと付き合ってくれるのよね?」
そう言えば俺と戦うためについてきてたんだっけ?
「当然だろ?付き合ってやるよ。」
俺がそれだけ言うとナチュラルは俺の方を向いてくる。先程までと違い目を輝かせている。
「約束ですよ!先輩!!」
今日一日で一番の笑顔、と言うかナチュラルの笑顔を初めてみた気がする。
全くこいつはとんだ戦闘狂だぜ。
「ジロウさん見てください!あそこ!!フクロウとフラミンゴとフクロモモンガがアクロバットショーしてますよ!!」
「すごいよジロウ!!」
後ろから二人が呼んでいる。
「折角だし一緒に見ておこうぜ、ナチュラル。」
「し、仕方ないんだから!」
そのあと俺達はその日の夕方までこの広くて不思議な世界を眺めていた。




