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第50話 結衣ちゃんの大当たり!


朝倉翼視点


「つーくん! はやく、はやくー!」


「結衣ちゃん、そんなに急ぐと転んじゃうよ」


「だいじょうぶだもん!」


そう言いながら、結衣ちゃんは俺の手をぐいぐい引っ張っていく。


休日の昼下がり。


俺たち三人は、商店街へ買い物に来ていた。


俺の右手には結衣ちゃんの小さな左手。


結衣ちゃんの右手は、星莉奈さんが握っている。


いつもの並び方だ。


真ん中の結衣ちゃんは、両手をつないだまま楽しそうに歩いていた。


「結衣、そんなに引っ張ったら翼くんが困っちゃうでしょう?」


星莉奈さんが優しく注意する。


「だってぇ、おかいものたのしいんだもん!」


「ふふっ。そうね」


商店街には、買い物客の声が響いていた。


八百屋さんの威勢のいい呼び込み。


焼きたてのパンの香り。


店先に並んだ色とりどりの果物。


休日らしい賑やかさに、結衣ちゃんはすっかりご機嫌だった。


「つーくん! あれなあに?」


「ん? あれは柿だよ」


「かき?」


「うん。甘くて美味しい果物なんだ」


「ゆい、たべたことある?」


「あるわよ。去年、一緒に食べたでしょう?」


星莉奈さんが笑いながら答える。


「……そうだっけ?」


「ふふっ。結衣、いっぱい食べてたわよ」


「えへへー!」


……どうやら、食べたことよりも、今目の前にある柿の方が気になるらしい。


「じゃあ、今日も買っていこうか」


俺がそう言うと、結衣ちゃんの目が輝いた。


「ほんと!?」


「うん。星莉奈さん、どうですか?」


「いいですね。食後のデザートにしましょうか」


「やったー!」


結衣ちゃんは、つないだ両手を高く上げた。


俺と星莉奈さんの腕まで、一緒に持ち上がる。


「……ははっ」


「ふふっ」


俺たちは顔を見合わせて笑った。


*


それから、八百屋さんやお肉屋さんを回り、夕飯の材料を買い揃えた。


商店街を歩いていると、店先に大きなポスターが貼られているのが目に入った。


『秋の大感謝祭! 商店街わくわく大抽選会!』


その下には、豪華な景品が並んでいる。


一等、長野県二泊三日旅行。


二等、温泉旅館ペア宿泊券。


三等、商店街商品券。


「……へぇ、福引きやってるんですね」


俺が呟くと、星莉奈さんもポスターを覗き込んだ。


「本当ですね。そういえば、さっきのお店で抽選券をいただきました」


「えっ、そうなんですか?」


星莉奈さんはバッグから、小さな紙を取り出した。


そこには『福引き抽選券』と書かれている。


「ちょうど一回分ありますね」


「おお」


その瞬間。


「ふくびき!?」


結衣ちゃんが、ぴょこんと顔を上げた。


「そうだよ。ガラガラって回すやつ」


俺が説明すると、結衣ちゃんの目が輝いた。


「ゆい、やりたい!」


「ふふっ。じゃあ、結衣にお願いしましょうか」


「やったー!」


結衣ちゃんは、両手を上げて大喜びした。


……なんだか、今日一番の笑顔かもしれない。


*


抽選会場は、商店街の中央広場に設けられていた。


赤と白のテント。


大きな福引き器。


そして、景品が当たるたびに鳴らされる鐘の音。


カランカラン!


「おめでとうございまーす!」


ちょうど、誰かが商品券を当てたところだった。


「つーくん! あれ!」


「うん。あれを回すんだよ」


「ゆい、できる?」


「もちろん。俺が横で見てるからね」


結衣ちゃんは、期待に満ちた顔で頷いた。


順番が来ると、係員のおじさんが笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃい! お嬢ちゃんが回すのかな?」


「うん!」


「よーし! じゃあ、頑張って一等を当ててね!」


「いっとう?」


結衣ちゃんが首を傾げる。


「一番すごい景品だよ」


俺が教えると、結衣ちゃんは真剣な顔になった。


「……ゆい、いちばんにする!」


「ははっ。頼もしいね!」


おじさんが笑う。


星莉奈さんも、楽しそうに見守っていた。


「結衣、ゆっくり回してね」


「はーい!」


結衣ちゃんは、小さな両手で福引き器のハンドルを握った。


そして。


ガラガラ。


ガラガラ。


「よいしょ……よいしょ……」


一生懸命に回していく。


俺は、その姿を微笑ましく眺めていた。


まあ、当たってもポケットティッシュくらいだろう。


それでも、結衣ちゃんが楽しんでくれれば十分だ。


そう思っていた。


ころん。


小さな玉が、受け皿に転がり落ちた。


「……あっ!」


結衣ちゃんが声を上げる。


出てきたのは。


金色の玉だった。


「……ん?」


俺は首を傾げた。


金色?


……金色って、何等だっけ?


係員のおじさんも、玉を見つめていた。


「…………」


一瞬。


周囲の時間が止まったような気がした。


そして。


「……えっ!?」


おじさんが、素っ頓狂な声を上げた。


次の瞬間。


カランカランカランカラン!!


ものすごい勢いで鐘が鳴り響いた。


「おめでとうございまーーーーす!!」


「……えっ?」


俺と星莉奈さんの声が重なった。


「一等!! 長野県二泊三日旅行!! 三名様ご招待でーーーす!!」


「…………」


俺は固まった。


星莉奈さんも固まった。


周囲から拍手が起こる。


「すごーい!」


「一等出たんだ!」


「おめでとう!」


そんな声が聞こえてくる。


けれど。


俺たちは、まだ状況を理解できていなかった。


「……星莉奈さん」


「……はい」


「……一等って、言いました?」


「……言いましたね」


「……長野旅行?」


「……みたいですね」


「……三名様?」


「……はい」


二人で、ゆっくりと結衣ちゃんを見る。


当の本人は。


「やったーーーー!!」


両手を上げて、飛び跳ねていた。


「つーくん! きんいろ! きんいろでたー!」


「……うん」


俺は、思わず笑ってしまった。


「……結衣ちゃん、すごいの当てちゃったね」


「すごい!?」


「うん。ものすごく」


「やったー!」


結衣ちゃんは、嬉しそうに俺へ抱きついてきた。


俺はその小さな身体を抱き上げた。


「……本当に、すごいね」


「えへへー!」


星莉奈さんも、ようやく状況を理解したらしい。


口元を押さえながら笑っていた。


「……結衣ったら、本当に……」


「星莉奈さん」


「はい?」


「……俺、人生で一等なんて当てたことないです」


「……私もです」


二人で顔を見合わせる。


そして。


「……ふふっ」


「……ははっ」


同時に笑ってしまった。


どうやら、今日の主役は結衣ちゃんで決まりらしい。


*


抽選会場で渡された旅行の案内を確認すると、景品は長野県への二泊三日の旅行だった。


宿泊先は、山々に囲まれた高原のホテル。


三名分の宿泊と、指定された交通費が含まれているらしい。


旅行の日程は、いくつかの候補から選べるようになっていた。


「……本当に当たったんですね」


星莉奈さんが、案内を見ながら呟く。


「ですね……」


俺も、まだ少し信じられない。


結衣ちゃんは、俺の腕の中でご機嫌だった。


「ねぇ、つーくん!」


「ん?」


「ながのって、どこ?」


「長野はね、山がたくさんあるところだよ」


「やま?」


「うん。すごく大きな山があるんだ」


「おっきいの!?」


「うん。結衣ちゃんが見上げても、てっぺんが遠くに見えるくらい」


「ええーっ!」


結衣ちゃんは、目を丸くした。


「つーくんより、おっきい?」


「……それはもう、比べものにならないくらい」


「すごーい!」


星莉奈さんが、くすくす笑っている。


「ふふっ。翼くんと山を比べちゃうんですね」


「……さすがに山には勝てませんね」


「ふふっ」


結衣ちゃんは、しばらく考え込んでいた。


そして。


「……じゃあ、つーくん、かたぐるまして!」


「えっ?」


「そしたら、やまよりおっきくなる!」


「……なるほど」


その発想はなかった。


「……結衣ちゃん、それはちょっと難しいかな」


「ええー!」


星莉奈さんが、声を上げて笑った。


俺も、つられて笑ってしまった。


*


夕方。


買い物を終えた俺たちは、星莉奈さんの家へ戻った。


リビングのテーブルには、長野旅行のパンフレットが広げられている。


結衣ちゃんは、ソファに膝立ちになりながら、写真を指さしていた。


「ママ! みて! おやま!」


「本当ね。綺麗なお山ね」


「こっちも!」


「ふふっ。結衣、そんなに慌てなくても大丈夫よ」


俺は、隣で旅行の案内を確認していた。


宿泊先は高原にあるホテル。


周辺には自然公園や展望台もあるらしい。


……いいな。


長野か。


社会人になってから、一人でいろいろな場所へ旅行した。


知らない街を歩くのが好きだった。


初めて見る景色。


その土地の料理。


偶然見つけた小さなお店。


そういうものに出会う時間が、俺は好きだった。


でも。


「……翼くん?」


星莉奈さんの声に、顔を上げる。


「はい?」


「どうかしました?」


「……いえ」


俺は、パンフレットを見つめた。


「……長野、楽しみだなって」


星莉奈さんが、嬉しそうに微笑む。


「ふふっ。私もです」


その笑顔を見て、ふと思った。


今までは、一人で旅をすることが多かった。


けれど、今回は違う。


星莉奈さんがいて。


結衣ちゃんがいて。


三人で、知らない場所へ行く。


……なんだか、それだけで。


今までの旅行とは、少し違う景色が見られる気がした。


「……あっ」


俺は、パンフレットの一枚に目を留めた。


そこには、満天の星空の写真が載っていた。


「……北極星も見えるかな」


思わず呟く。


「ふふっ」


隣から、小さな笑い声が聞こえた。


「……星莉奈さん?」


「いえ。翼くん、本当に北極星がお好きなんですね」


「……あはは。そうですね」


少し照れくさくなって、頭をかいた。


「昔から好きなんです。どこにいても、変わらず北の方角を教えてくれる星ですから」


「……はい。覚えています」


星莉奈さんが、優しく微笑んだ。


「前にも、お話ししてくださいましたよね」


「……そうでしたね」


「……あのときも、今みたいなお顔をしていました」


「……え?」


「ふふっ。なんでもありません」


そう言って、星莉奈さんはパンフレットに視線を戻した。


けれど、その頬は少しだけ赤くなっていた。


「ねぇ、つーくん!」


結衣ちゃんが、俺の袖を引っ張る。


「ほっきょくせいって、どれ?」


「ん? えっとね……」


俺は、パンフレットを結衣ちゃんの方へ向けた。


「この写真だと、ちょっとわかりにくいかな」


「ええー!」


「でも、長野に行ったら一緒に探そうか」


「ほんと!?」


「うん。約束」


結衣ちゃんが嬉しそうに笑う。


その隣で、星莉奈さんも微笑んでいた。


「……楽しみですね、翼くん」


「……はい」


「また、翼くんの好きな星を、一緒に見られるんですね」


*


夕食を終えたあと。


結衣ちゃんは、旅行のパンフレットを抱えたまま、ソファで眠ってしまった。


「……ふふっ。よっぽど嬉しかったんですね」


星莉奈さんが、小さく笑う。


「そうですね」


俺は、結衣ちゃんの手からそっとパンフレットを抜き取った。


その表紙には、綺麗な山々が写っていた。


「……翼くん」


「はい?」


「……ありがとうございます」


「……え?」


突然のお礼に、思わず顔を上げた。


星莉奈さんは、少し照れくさそうに微笑んだ。


「結衣と一緒に、あんなに楽しそうにしてくださって……」


「……そんな」


俺は、首を横に振った。


「俺も楽しかったですから」


「……本当ですか?」


「もちろんです」


俺は、眠っている結衣ちゃんを見つめた。


「……結衣ちゃん、すごかったですね」


「ふふっ。本当に」


「まさか一等を当てるなんて」


「……私も、びっくりしました」


二人で、小さく笑った。


そして、少しだけ沈黙が訪れた。


星莉奈さんが、窓の外に目を向ける。


「……旅行、楽しみですね」


「……はい」


「三人で旅行するの、初めてですね」


「……そうですね」


俺は、結衣ちゃんの寝顔を見つめた。


小さな手。


穏やかな寝息。


その隣で微笑む、星莉奈さん。


……不思議だな。


少し前まで、旅行といえば一人で行くものだった。


自由で。


気楽で。


それが好きだった。


でも、今は。


この二人と一緒に、知らない景色を見たいと思っている。


同じものを見て。


同じものを食べて。


同じ時間を過ごしたい。


「……翼くん?」


星莉奈さんが、俺を見つめた。


「……どうかしました?」


「……いえ」


俺は、小さく笑った。


「……本当に、楽しみだなって」


星莉奈さんは、少しだけ頬を赤くした。


「……私も、です」


窓の外には、夜空が広がっていた。


街の明かりに隠れて、星はあまり見えない。


けれど。


もうすぐ、三人で見に行く。


数えきれないほどの星が輝く、長野の夜空を。


そして。


その中にある、たった一つの北極星を。


「……晴れるといいですね」


俺が呟くと、星莉奈さんが微笑んだ。


「……はい」


その隣で。


結衣ちゃんが、寝言のように小さく呟いた。


「……つーくん……おほしさま……」


俺と星莉奈さんは、顔を見合わせた。


そして、声を殺して笑った。


……うん。


きっと、楽しい旅行になる。


そんな予感がした。

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