王宮文官たちに噂の侍女の評判
堂々と、乗り込んでるーーー?!
混乱の最中、話し込む二人にミュー様が挨拶をする。
振り向いたアサト様は、突然のミュー様に狼狽えーー……
てなかった。
「ごきげんよう、ミュリエル夫人。お久しぶりですね」
「久しぶりなんだから、もっと驚いてくれない?」
「驚かせたいなら店内を徘徊しないでください」
「徘徊て」
なんか普通に話してる。
呆然としていた私を見て、アサト様は笑い掛けた。
「シャーロット。やっぱりいた」
「やっぱり……?」
同じく呆然としていた侍女仲間がハッと気付き、悲しそうな仕草をする。
「誰ですかこの人。アサト様、怖い……」
うぐ!
いつかの姿に私は硬直し、ミュー様はプハッと吹き出す。
とっても黒歴史だが、かつては私も彼女のように怖がっては男性に縋っていた。相手は主に兄だけど。
言い訳させてもらうならあの時は本当に怖かったし、縋っていたのも必死だっただけなんだけど……。
いざこうして他人の姿を見ると……うん、イタイ。
ミュー様は笑いを堪えて体を震わせ、私は羞恥を耐えて体を震わせる。
アサト様が不思議そう。
「ミュリエル様?シャーロットも、どうしたんです?」
「なんでもないわアサト。人は時に、忘れたい過去と正面から鉢合わせしてしまうこともあるのよ」
「なんですかそれ詳しく」
「交渉次第ね」
「やめてください」
頼むから人の恥を売り飛ばさないでください。
彼女は私の姿を認めると、口元にある手で笑みを隠した。
「シャーロット……、まさかアサト様をつけてきたの?」
つける、とは?
私が反応する前にアサト様が遮った。
「それ。俺のこと名前で呼ぶのやめて、ってさっきも言ったよね?」
「え?」
「身分はどうこう言えるほど差がないとしても、名前で呼ばれるほど親しくもないでしょ」
「あ、はい……すみませんワルロー様」
渋々と言い直す。
あ、訂正してたんだ?
「それと、シャーロットがつけてきたんじゃないよ。俺が君との約束を、敢えてこの店に指定しただけ」
「「え?」」
この店に……指定した?
「やっぱり。店まで聞き出してたの?」
「いえ、大体の時間だけですけど。お二人の会う店なんてここかあっちのタルトの店くらいでしょう?」
「いなかったらどうしてたのよ」
「もちろん店を変えましたが?」
呆れたミュー様と普通の調子でアサト様が話してるけど……ええ?
「アサト様、お店の指定って?」
「シャーロットに内緒で相談したいことがある、とか言われたから。最初は同席してもらおうと思ったんだけど、見事に振られたんで、なら同じ店内にいようかと」
席が近いのは偶然だけどね。
なんでもないことのように言われた。
「……ミュー様以外との約束だったとしたら?」
「日延べしたね」
「相変わらず抜け目がないわねぇ」
ミュー様に完全同意だ。どこにも隙がない。
でもなんで?
「ワルロー様、シャーロットを同席させようとしてたんですか?!」
彼女が悲鳴のように抗議する。
確かに、悩み相談に他人を同席させるのはマナー違反?なのかな?
「明らかに排除しようとしてるんだし、怪しまれるに決まってるでしょ?」
「ひどい!私、女の子に嫌われてるんだって言ったじゃないですか!」
「なんで?」
「え?」
「なんで嫌われてるの?」
彼女の抗議に、ミュー様が口を挟んだ。
「なんでって、それは……」
「男を寝取るから?」
「ちがっ!寝取ってなんかいません!私は相談してるだけで、別れてしまうのはあっちの都合で」
「恋人のいる相手ばかりを狙って相談してるのよね?相談の中に破局と乗り換えを仄めかして。仄めかす、て言うか普通に言ってるけど」
「言ってません!大体誰なんですかあなた!」
そこでようやくミュー様が誰なのか知らないことに気付いたらしい。
ミュー様は『貴族スマイル』を浮かべて自己紹介した。
「ミュリエル・フォン・アイゼンバーグよ。通りすがりの次期公爵夫人。シャーロットとアサトのお友達なの」
「公爵……?!」
あまりの身分の高さが信じられないようで、私とアサト様に目を向けてきた。
私達は二人して頷く。
公爵家の方なんて、職場以外では滅多にお目にかかれないものね。
今更ながら礼を執ろうとするが、ミュー様に止められた。
「こんな場で礼儀なんて問わないわ。今も言ったとおり、二人の友達なの。せっかく見守ってきたんだから、ちょっかい出さないでほしいわ」
……ミュー様、見守ってきたとか言わないで。
アサト様の視線を感じるけど見ない。見れない。
礼儀を問わないと言われたからか、彼女は恐る恐る言葉を返した。
「ちょっかいだなんて……相談しただけで、他意は何も」
「相談って、なんの?」
「それは私のプライバシーなので」
「じゃあまあそれはいいわ。なんでアサトなの?」
「それは……」
言い淀む彼女に対して、アサト様は朗らかに言った。
「それとなく、アイツに示唆されたんでしょ?次の狙い目だって」
「え?」
「俺らもね、そろそろ君の相手をしてられなくなってきたんだ。だからここらで引導を渡そうと思ってね、結託したんだよ」
なんでもないことのように、もの凄いことを言った。
引導……結託?
ミュー様が「やっぱり」としたり顔で言う。
「おかしいと思ったのよね。侍女仲間のシャーロットたちが知ってる彼女の手口を、『狭い狩場』の文官たちが知らない訳ないって」
「そりゃそうでしょ。彼女本当に、名簿でも見てるのか?ってくらい順番に手を出してくるんです。いくらなんでも分かりますよ。次はこいつかこいつだなって」
呆れた目でアサト様が彼女を見る。
自分のことが知れ渡ってると気付き、顔が真っ赤になった。
「まぁそれでもいいかとノッた奴もいますけど、大半は迷惑してるんです。彼女、恋人がいる奴にしか言い寄らないから。フリーの男ならありだったのかもしれないのにそこは避けるんだから、もはや性癖ですよね」
「こら」
「失礼。それで、自分の番が来そうだなと思ったら周りとか恋人とかに事情を話して遠ざけたりしてたんですけど。もう研修期間も終わるし、馬鹿げた遊びに付き合ってられないよなと思ってこうしました」
アサト様が皮肉げに彼女へ言った。
「恋人がいない俺に声を掛けたのは、アイツに『そろそろシャーロットとくっつきそう』って聞いたからだろう?上手くいけばくっついた直後に奪い取れる、そう考えたんだよね?つくづく最低だな」
「相談と言う名のちょっかいを出してたのよね?それで?女の子に嫌われてるから、だったかしら。私もあなた嫌いよ。愛しの旦那様は文官なの。いつあなたにちょっかい出されて泣くかと思うと、権力を尽くして近寄らせないわ。私にも、旦那様にも」
公爵家のミュー様の言葉に、彼女が目に見えて震えた。
それを見て満足気にしたアサト様が「そうそう」と付け足した。
「女の子に嫌われてる、と君は言うけどね。君の敵が女性だけだなんて、思い違いも甚だしいよ」
「……え?」
「男も等しく、君の敵だ」
◇◇◇◇◇◇◇
青褪めた彼女を残して、ついでに食べ途中だったケーキも残念ながら残して、私達は店を出た。
立ち上がって声を掛けた時点で注目されてたもの……居づらいと思うのは当然な気がするけど、ミュー様もアサト様も飄々としてる。
いつだったか、学生時代に「ミュー様くらい動じない強さがほしい」と溢したら、ありとあらゆる知り合いに止められたのを思い出した。
で。移動先はタルトのお店。
なんと、アサト様が予約済みだったし……!
「本命はあっちなので念の為、でしたが。こうして役に立って良かったです」
「褒めてつかわすわアサト!ここのチーズタルトが恋しかったのよー。シャーリーはいつものにする?」
「……用意周到過ぎます、アサト様」
「そう?こんなもんじゃない?」
「これくらいで用意周到とか、シャーロットは本当に可愛いな」
「可愛い言うな……」
全然褒められてる気がしない。
不貞腐れる気持ちでお気に入りのタルトを注文してると、アサト様がニコニコとしてた。
「なんですか?」
「これでようやく、シャーロットを口説けると思って。いやぁ長かった!」
「?!」
「試験勉強、採用試験、研修カリキュラムを乗り越えて障害をなくしたと思ったら、あんな子がいるんだもんなー。落ち着かないだろ?」
それも、飄々と言うーーーー?!
く、口説くって……!
一気に顔が赤くなるのが分かった。
アサト様はとても満足気だ。
「シャーロットが気にしてるようだから、早々と終わらせることにした。万が一にでも疑われたくないし、わざわざミュリエル様もいらっしゃる場に呼んでね。これなら変な誤解も生まないだろ?」
「あ、アサト様、なんで急に……」
「急じゃないって。学生時代から好きだったのに、シャーロットに余裕がないから気を散らすなってミュリエル様から釘刺されるし。それなら周りから埋めとこうと思って、もう両家には了承を得てるよ」
「両家?!ミュリエル様っ?!」
「全然婚約の打診とかなかったでしょう?おかしいと思わなかったの?ヘンリック様とルキア様が協力体制に入ってるもの、アサト一択よ」
こちらも飄々と言われる。
お兄様、お義姉様……!
「と言うことでシャーロット。結婚してくれ」
差し出されたのは指輪ーーではなく、アサト様が注文したタルトの欠片を乗せたフォークだった。
「〜〜〜〜〜っ」
感情が追い付かなくて、顔を背けてしまう。
ミュー様が笑い、アサト様は「駄目かぁ」とタルトを自分で食べた。
「肝心のシャーリーの機嫌を損ねたら駄目でしょうよ。詰めが甘いわ」
「甘いですかね?頑張ったんですけど」
「引き続き頑張りなさい。見守ってるわ」
「ミュリエル様、見守りではなく協力してくれませんか?そうしたらシャーロットのウエディングドレスから式の準備まで、グリフィス家に委託しますよ」
「丸投げじゃないの。アサトに協力しなくても、シャーリーの式をうちで取りまとめるのは確定だから、交渉不成立ね」
「ならこちらです。研修カリキュラムが終わったので、この後配属先の希望を出すんです。俺は総務室にします」
ミュー様が目を丸くする。
総務室はミュー様の旦那様が勤めてる部署だ。
「総務室に配属されたら、アイゼンバーグ卿に忠誠を誓います。そして、仕事中のアイゼンバーグ卿のご様子を、ミュリエル様に週一で報告書にします」
「いいご縁だわシャーリー!アサトしかいないわよ、決定ね!」
「ミュー様っ?!」
学年首席だったミュー様と万年二位と言われたアサト様が手を組んだら、私などが太刀打ちできるはずもなく。
あれよあれよと言う間に、年内に式を挙げる日程が決定したのだった。
◇◇◇◇◇◇
後日。
「シャーリー、例の侍女の子ってまだ王宮に勤めてるんですって?アサトからの報告にあったんだけど」
「はい。仕事は特に問題ないので」
「侍女仲間から文句とか出ないの?」
「彼女、奇跡的に仲間の恋人には手を出さなかったんです。別れた人が付き合ったパターンはありましたけど」
「そう。じゃあもう、恋人のいる男性には手を出さないのね」
「それはちょっとわからないです」
「?でも文官たちにも話が広まってるし、声を掛けづらいのではなくて?」
「狩場を変えました」
「狩場を……?」
「王宮内で声を掛けるから広まるのだし、下手に貴族の婚約なんかに影響があったら大惨事だと身に沁みたようで。平民のインテリさんが集う辺りに変えてます」
「そう……まあ、王宮で刃傷沙汰にならなければ、良いのかしら……?」
「少なくとも私達はそうですね」
「ならいいけど……で?」
「はい?」
「友達になったの?」
「友達と言うか、普通に仕事仲間です。一緒に働いて一緒にランチを取って、たまに仕事の愚痴を言い合うくらいです」
「アサトが『あんなにカッコつけて啖呵切ったのに』って凹んでたわよ、報告書で」
「あぁ、だから王宮内で連れ立って出会うと、微妙な表情をしてたんですね。結局アサト様は靡きませんでしたし、他にこれと言って害もないので、私は気にしてません」
「……(アサト、ちょっと可哀想)」
〝相談女〟編、投了です。
読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m




