その03 アネゴさん
カボチャのクッキーは柔らかな甘み、癖のある山羊チーズの塩味、カボチャの種の香ばしさと、ザックリした歯ごたえで、かなり良い出来となっていた。
私はきれいめの布を広げて、ルシビルくんのお土産分と、ニカお姉さまと『自警団』の分に選り分けた。
ルシビルくん分はみんなで食べる可能性が高いので、量は多めだ。
「じゃあ、行きますか」
「夕方に街の広場な」
「はーい」
院長先生に見送られて、私たちはティカイに向かった。
私、ロドゥバ、トチェド、チオット、エーコちゃん、ヌーヨド、そしてボゥお姉さまの七人だ。
「お嬢様……手前を、手前を置いて行かないでくださいまし……!」
「自業自得ですわ」「カボチャクッキー食べてね」
指を咥えて気を引こうとするヘアルトを一蹴するロドゥバ。まあ、そうなるよね。
この後、私たちはベタくんやルシビルくんに会うのだ。ヘアルトみたいな危険人物は近寄らせたくない。
私たちはブラブラと歩き、まずは約束していた『自警団』の詰め所に向かった。
そこでニカお姉さまとベタくんが合流だ。ガッマさんも居るとチオットも喜ぶんだけど、どうだろうね。
東門から入り、貧民街へ。いつもより活気を感じるのは、やっぱり『来訪祭』当日だからだろうか。
昨日も間借りしていたいつもの詰め所、すると今日はよくいるおじさんだけではなく、キツそうな美人が座っていた。
「アンタらかい、例の修道院の」
顎のラインで鋭く切りそろえた銀髪、鋭い刃物みたいな鈍色の瞳。猟師みたいで動きやすそうな男装。でも豊満な胸元は大きく開き、肩には灰色の毛皮。キツそうな顔立ちだけどかなり若い、まだ二十代に見える。
アネゴさん? もしかしてベタくんとガッマさんの上司?
「こんにちは、ここで待ち合わせをしてます」
「物怖じしないガキだ。アタシが怖くないのかい?」
ベルトには複数のナイフ、眉根を寄せて睨まれる。目つきの鋭さが尋常ではない。
美人なんだけど、そんな怖い顔をしてたらもったいない。
「え? ガッマさんとベタくんの上司の方ですよね? 怖くないですよ」
「あぁン?」
後ろで誰かが息を呑んだ。ロドゥバかチオットか。
「『自警団』の偉い人ですよね? てことは強そうなのは『怖い』じゃなくて『頼りになる』ってことです。私が悪い事してるなら『怖い』と思ったかもですね。
はい、お土産のお菓子です。なんだか自警団の人たちにはお世話になってばっかりですし、今日もお仕事あるんでしょう? お疲れ様です!」
私が笑いながら差し出すと、お姉さんは呆気にとられた顔でクッキーを受け取った。
眉間にシワがないと、より美人に見える。
「おい、アタシは怖くないか?」
「め、滅相もないですよタデルのアネゴ!」
なぜか睨まれた『自警団』のおじさんが、震え上がって答える。
しまった、間違えたかな?
「申し訳ありません、こちらの先輩は『人を見かけで判断するな』という教えに忠実なのです。
その威圧感は、十分な防犯効果があると思いますよ?」
振り向くと、私以外の全員がボゥお姉さまの後ろに隠れていた。
全く怖がっていないくせに、エーコちゃんまでもがだ。
「あー、ならいいんだが。祭りでバカが増えるだろ?」
なるほど! 私は理解した。怖い『自警団』がウロウロしていて、お店側と仲良しならば、お客さん側も警戒して騒ぎを起こしにくくなる。
対して私が立ち寄ったいくつかの詰め所に居たおじさんは、ごく普通の人だ。こちらは威圧感を減らして、相談しやすくしているのだろう。
「そうすると、ガッマさんは忙しいですか?」
「いや、アンタがチオット……じゃ、なさそうだな。
バカが増えるのは大体は酒の入る夕方以降だ。それまでは空けさせたぜ。今はベタと見回りだ。もうすぐ戻るだろ」
「ありがとうございます」
「……嬉しい、です」
チオットは家族と『来訪祭』を楽しみたいし、トチェドはガッマさんと親しくなりたいのだ。気の利くアネゴさんでとても助かる。
「に、ニカお姉さまはどうされてますの?」
「あの女は買い物だよ」
ちょっと不機嫌そうなアネゴさん。
ガッマさんを巡る恋の鞘当てというやつかな?
「あ、みんな来てる。おはよう! ボゥも居るのね、珍しいわ」
「…………」「私がお願いしました」
噂をすればタイミング良く戻ってきたお姉さま。艶やかなブロンドを露出した朗らかな笑み。いつもの修道服ではないら極めて地味な格好。
それでも、お姉さまから溢れる明るさと美しさは隠しきれていない。いやそもそも、修道服で隠せないものが町娘になって隠せるわけがないのだ。
「修道服は目立つからね、借りてたの。タデルちゃん胸大きいね、お姉さんも大きい方なんだけど、余って余って危なかったな! それではいこれ、トチェドの服。ズボンとチュニックとベスト、ぼうしもね」
いつも以上に元気ハツラツなニカお姉さま。アネゴさんを見て可愛くウィンク。
少し頬を赤らめてそっぽを向くアネゴさん。もしかして胸を開いてるのは閉まらないから?
「ありがとうございます。その……どのタイミングで修道服をやめるか迷ってました」
「なら着替えてみて! 似合うといいけど。
ちなみにタハンは仲間の人数から名前、集合場所に合言葉、隠し金庫の場所まで教えてくれたわ。ティカイルクスの衛兵に引き渡しも済んだし、もう安心ね」
アネゴさんが赤くなったり青くなったりしながら「バケモノめ」と独りごちた。この感じ、もしかしてタハンが無事かは聞かない方がいいかな……?
「あら、タハンは無事よ。五体満足。お姉さんね、あの女がトチェドを殴ったことを許せないから、暴力ゼロで頑張っちゃった」
「心を読まないでください」
そんなこんなしている内にトチェドが着替えを済ませた。
服のサイズはぴったり、長い黒髪をお下げにして、トチェド自身の線が細いせいで美少年というより男装女子の風情がある。
いや、今までが女装少年だったんだけど、男の子の格好には違和感しか無い。
「か、格好いい……よ」
「ありがとう、チオット」
「帰ってきたヨ!」
詰め所が狭いからか外を見ていたヌーヨドが声を上げた。
駆け寄ってくるベタくんとガッマさん。ベタくんは一昨日から同じ小綺麗な服装で、ガッマさんも短剣はぶら下げているが比較的剣呑ではない。
「みんな、おまたせ! …………って、あれ? トチェド……え?」
困惑するベタくんが見ものだった。




