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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第十話【銀の三角】

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その06 ルシビル

 貴族の家の豪華さはよくわからない。比較対象がないからだ。

 私は全力で自分を律した。キョロキョロしない、口を開けない、怯えない。


 通されたのは広く豪華な応接室だった。カルミノさんの宿と同じようなフカフカのソファに高そうなツヤツヤの机。

 上座には豪華な服を着たルシビルくん。平民の服との最大の違いは色だ。鮮やかで美しく、光沢がある。


「ようこそ、昨日の今日で突然。しかも手紙で連絡が来て驚きました。

 所で……やはり商人の息子は無理がありましたか?」


「急な訪問の非礼をお詫び致しますわ。

 お名前は貴族名鑑で調べさせていただきましてよ、ルシビル・ティカイルクス様」


 ロドゥバの真似をして一緒にお辞儀をする。私はどんな顔で、どんな態度を取れば良いのか分からない。

 ルシビルくんはいい奴だ。世間知らずでおっとりし過ぎている気もするが、ロドゥバに酷いことを言われて怒らない自制心がある。


 その上、友達になりたいという気持ちと、友達になれて嬉しいという言葉は嘘ではない。

 私がどれだけティカイルクス子爵が嫌いで憎たらしくても、ルシビルくんは嫌いになれない。


 ロドゥバの時と同じだ。

 私の憎しみはハリボテに向けられている。それを再認識させられた気分だった。


「それで、どうしたのですか? 急ぎ話したいことがあると書いてありましたが」

「はい。詳しくはコチラのトチェドから」

「ああ、まずは座って下さい。今はお茶が入りますでしょう……大丈夫ですか?」

「はい、もうほとんど治っています」


 私たちは鼻と頬にあざの残ったトチェドを中心にして座った。ここまで、ロドゥバは完璧な礼儀作法に見えた。

 それだからこそ、ルシビルくんの表情は固い。友人としてではない訪問だからだろう。


 そして、私の役割は道化。緊張の緩和にあった。


「お菓子も出る? 貴族のお菓子って食べたこと無いんだよね」

「はしたないですわよ、それに」

「なら、『来訪祭』に手作りの焼き菓子でも持ってくるよ」


 ロドゥバが大仰にため息を吐き、ルシビルくんが微笑んだ。


「だから、お菓子はそんなに高くないのにしてね」

「いいえ、手作りのお菓子を楽しみにしますので」


 ルシビルくんの表情が、昨日の穏やかさを取り戻す。よし、私の仕事は終わり。

 トチェドが小さく息を吸い、ゆっくりと話し始める。


「ルシビル様、昨日タガサット郎党を名乗る女が酔って暴れた事はご存知ですか?」

「いいえ……しかし、タガサットですか」

 

 複雑な表情。それもそのはず、ティカイルクス家はタガサット家と因縁がある。

 さっきロドゥバとチオットが調べ、院長先生が確認した情報だ。


 『天冥戦乱』で『人間以外のヒト』を追放せずに護送するという形で皇帝陛下に逆らったティカイルクス伯爵。

 彼は隠居を命じられ、領土は分割されて爵位も子爵にまで落とされた。


 そう、国境線を守る伯爵位から、その下の子爵に。

 つまり、二十年前までは近隣の国境線はティカイルクス領であり、いずこかの貴族が伯爵位を与えられた事になる。


 そして近隣の国境線とは。危険な森を切り開いて整備した旧街道の東、二十年前までは盛んに交流のあった街。

 現在はタガサット領である。


「その人物が本日、聖パトリルクス修道院にて暴行をはたらきました」

「……トチェドさんは、タガサットなのでしょう?」

「はい。しかしボクは犯罪者の都合良く動く気はありません」

「…………」

 

 ティカイルクスはタガサットに恨みがある。いや恨んでいなくても思うところがあるはずだ。


「その人物はボクを利用してタガサットでクーデタを起こすつもりです」

「それで、私にどうしろと?」

「お任せします」


 ルシビルくんがティカイルクス子爵の息子でも、衛兵を動かす権限はないだろう。 何か出来るかというと、子爵に相談することくらいしか出来まい。


「ボクはこれから彼女を探し、時間を稼ぎながら情報を引き出します。

 タガサット家には早馬を飛ばしました。いずれあちらの正規兵が捕縛に来ることでしょう。


 先に捕らえて恩に着せるも、逆に引渡さずに取引に使うのも。そもそもティカイルクス子爵に進言するもしないもお任せいたします」


「トチェドさんはどうして欲しいのですか?」

「ボクは犯罪の片棒を担がされて、多くの人を傷つけるなんてごめんです。ですから彼女とその仲間には可及的速やかに投獄されて欲しい所です」


 ルシビルくんは少し考え込んだ。保留以外の答えがあるのだ。

 ロドゥバはフルネームで手紙を出した。あれは自分の生家、ヴェーシア侯爵家を取引材料にしたのだ。要求があるなら考えるぞと。


「私は、来年から貴族学校に行く予定です。貴族学校には従僕として平民の方々も通っているそうですね」

「そうですわね」

「どうですかトチェドさん、私と貴族学校へ行っては頂けませんか?」


 突然の提案。私は当然、トチェドは断るものだと思っていた。今の生活を気に入っていて、脅かされるのが嫌だと言っていたからだ。

 この時私は、追放者であるロドゥバの顔色を窺った。強い自制心を持って、感情を表に出さないように努力する横顔に、ロドゥバの強さを見た。


「いいでしょう」

「交渉成立ですね。トチェドさんが安心して貴族学校に行けるように、全力を尽くしましょう。

 詳しく教えてください」


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