その07 さよなら私の心
トチェドとルシビルくんの打ち合わトントン拍子に進んだ。
タハンのねぐらが見つかり次第、『自警団』かベタくんを伝令に送る。それまでにルシビルくんがティカイルクス子爵に事の次第を説明し、衛兵の使用許可を得ておくらしい。
ルシビルくんの言葉に屈託はない。
領土内を統治せず、時には苛烈は税収を行う。そんなティカイルクス子爵の子供にしては、ルシビルくんは余りに穏やかで、同時に世間知らずに見えた。
私は甘いジャムの乗せられた焼き菓子を口にしながら、その事を問うべきか思案していた。
私はティカイルクス子爵を憎んでいる。彼のせいで弟は命を落としたし、弟以外の知己も何人も流行り病に倒れていた。
「不敬って言われるかもしれないけどさ」
話の区切りがついた所で、私はお茶を口にしてから切り出した。
ヘアルトが修道院で淹れてくれたお茶、カルミノさんが淹れてくれたお茶、最近お茶を飲む機会が多いが、その中でもこのお茶は少しランクが落ちる気がする。
「ティカイルクス子爵……ルシビルくんのお父さんは、領主としての仕事をしているの?」
「…………」
ルシビルくんの表情が固くなる、私は何か良くないことを聞いたのだ。
だが、私は引くに引けない。これはチャンスだ。もしかしたら最初で最後の。
ティカイルクス子爵への感情、私の憎悪。私の中の『戦争の赤い星』。
私自身でも乗りこなせないこの気持ちに、整理をつける事の出来る。
「なぜそんな事を聞くんですか?』
「私がこの近くの農村の出身だからかな。不作と流行り病が重なって、その上無理な税収もあった。そんな年があったのは知ってる?」
ルシビルくんの顔が青ざめる。頷くも、言い淀む。表情から感情を読み取れる程、私は人心に詳しくない。
「ルシビル様、ボクが貴方の身内になる以上、イウノさんも身内も同然。身内贔屓かもしれませんが、彼女は口が固いですよ」
「わたくしは退室いたしますか?」
トチェドの執り成しと、立ち上がるロドゥバ。ルシビルくんは覚悟を決めたようで、止めていた息を吐きロドゥバを止める。
「いえ、聞いてください。いらない混乱を招かないように秘密にしていたことですが……私が物心付く前から、父は病床にあります」
「…………病気? 寝たきりで政務を摂っているの?」
「具合の良い日は執務室を使っています。それでも……その、言い訳めいた事を口にしますが」
再び言い淀むルシビルくん。
私は半分、話を聞いていなかった。病気、病気か。物心付く前からだと、例の流行り病ではあるまい。
「腐敗した役人に目の届かない場合もあると仰りたいのですわね?」
「残念ながら……」
私を慮るかのような、ロドゥバの視線を感じる。
それにしても、きっと院長先生はこの事を知っていた。では何で教えてくれなかったのだろう。脳内に院長先生の魔女笑いが再生される。
意地悪で、面白がってて、でも優しく見守ってくれる。
ああそうですね、私が聞かなかったからだ。噂を信じてティカイルクス子爵を悪者だと決め込んで。噂が本当なのかを確認すらしなかったから教えてくれなかったのだ。
「馬鹿じゃないですか」
「イウノ、口が過ぎますわよ!」
ロドゥバの制止を振り切って、私は思いの丈をぶちまける。
しかし私の心は平静だった。自分でも驚くほどに静かだった。
「みんな子爵がサボってるって、税金ばっかり絞って遊び呆けてるって思ってるよ。
具合が悪いならそう言ってよ。
どうせルシビルくんが幼くて他に跡取りも居ないから他貴族に付け入られるとか、先代が偉い人に睨まれてるから弱音を吐けないとか、そういう理由なんでしょ?
ティカイルクス家は『天冥戦乱』で『人間以外のヒト』達を守り通した英雄なんだよ?
『ワタリガラス』一家だけじゃなくて、他の平民だって、領主様が困ってるって知ってたらさあ……っ」
「………………」
後でロドゥバにお礼を言わなければならない。きっと私は、『貴族様』という自分の中の偏見に気が付いた時には、ティカイルクス子爵への憎悪に疲れていたのだ。
人を憎み続ける、嫌い続けるのはとても疲れる。私は憎しみと別れを告げる機会がずっと欲しかったのだ。
「そういえばロドゥバ、不敬罪って鞭打ち? 引き回し? 禁固だと嬉しいんだけど、舌を切られるのとかは簡便かな」
「わたくしならば鞭打ちですわ」
「あちゃあ……優しくお願いします」
観念して沙汰を待つ私に、ルシビルくんは苦笑いした。
「しませんよ、全部イウノさんの言う通りですから……私が幼くて、下手なことをすると取り潰しもあり得たので秘密にしていたのです。
でも……確かに馬鹿ですね。それて平民の皆さんに苦労をさせては意味がない」
ルシビルくんは悲しげに頭を振った。
平民風情にあんなふうに言われて、彼のプライドは傷付いただろうに。
「実は、タガサットの現当主とは懇意にさせて頂いているんですよ。今後はしばらく、手を借りることになるかも知れません」
「あ、だからボクがティカイルクス領に居たんですね」
領土争い的な因縁で、ティカイルクスとタガサットは敵対していると思い込んでいた。
だが、よく考えると弱みになりかねないトチェドを別の所領に預けるなんて、少し変だそう考えると少し納得行った。
「あだだだだだだっ!?」
ティカイルクス邸を出た所で、私はロトにお礼を言おうとするも、先制攻撃で思いっきりつねられた。
「不敬罪は最悪死刑ですわよ」
「ごめんロドゥバ、ありがとう」
「これからは口の利き方にお気をつけなさい」
つねられた手の甲は真っ赤に腫れ上がっていた。手加減してよね。
「それより、トチェドはどうする気? 本当に貴族学校行っちゃうの?」
「はい。なんにせよ、この一件が終わる頃にはボクは修道院に居られないと思います」
「チオットはどうするの?」
予想通りの質問だったのだろう。トチェドは少しも動じず、穏やかなまま。それがちょっと癪に障った。
「貴族学校は六年間。ルシビルくんと学び、迎えに戻ってきます。彼の補佐に収まれば仕事の心配もありませんし、待っていて貰います」
「待っていてくれればいいけどね」
「花の命は短いと言いますわ」
二人がかりの意地悪に、トチェドは大いに動揺した。




