その06 贈り物
「ルシビル。本当に商人ならば、無償の危険性をもう少し注意するべきですわよ。
もしも貴方が貴族ならば、贈るときも贈られるときも、もう少し思慮深くなるべきです」
助け舟を出してくれたのはロドゥバだった。だが、私の考えていたのとは何か違う気がする。
支配的? 支配的なプレゼントってなんだ?
「仰る意味がよく分かりませんが、ええと」
「ロドゥバですわ。貴方が商人であるのならば、無償は商売の布石だけであるべきでしてよ」
いつも通り高圧的な態度、偉そうな物言いにルシビルくんが不快ではないかとそわそわする。
ルシビルくんは柔らかい表情のままで首を傾げた。
「友人に対して便宜を図るのは当然では?」
「では、知人と友人の違いはどこでしょうか。商人であるならば無闇な安売りは控えるべきですわ」
「なるほど」
客と友人の境界線の問題だ。これは分かる。友人だからと安売りをしてしまっては、誰に対しても安売りをしなきゃならなくなる。
あるいは、客を好悪で贔屓していては評判に関わるだろう。
「では、私が仮に貴族だった場合は、何に注意しなければならないんですか?」
ルシビルくんの表情も声も変わらない。だけれど、多分苛立っている。
ニカお姉さまの笑顔の画面のように、ルシビルくんも仮面を被っているのだ。
「貴族にとって贈り物は名誉に関わる問題ですわ。
誰かに贈り物を頂いた場合、必ずお返しをしなければならないと教えられてはおりませんか?」
「…………」
ルシビルくんは返事をしない。自分は貴族ではないと称しているのだから、返事ができないのだ。
「失敬。返礼を出来ない貴族は無礼であると扱われますし、返礼がその前の贈り物に見合うか、それを上回らなければ嘲られます。
これは、貴族同士の格を競い合う一種のゲームであり、敗者は勝者に借りを作ることを意味しますわ」
「うわ、面倒くさ」
「声に出てますわよ」
いや、実際に面倒くさくて馬鹿馬鹿しさすらあると思うよ。贈り物でマウントを取り合う訳でしょう?
「宮廷のゲームでは、控えめに言って平和的な部類ですわよ。
そして、明らかに返せないレベルのプレゼントを送りつけることは、相手に配下になれと命令しているようなものですの」
ルシビルくんの表情が固くなる。
一つ銅貨で七枚未満のパンのお礼に、何でも欲しいものは度が過ぎる。貴族でなくてもお礼の返しきれない品物なんて渡されたら精神的に縛られてしまう、まさに支配的なプレゼントということか。
「ベタくんからのプレゼントには問題がないんですか?」
「それは、彼の気持ちはボクらと修道院に、より正確にはイウノさんからの無償の善意に対するお礼であるからです」
答えたのはトチェドだった。
でも残念ながら私が用意した毛布はアルフに取られてたよ。
「…………」
「ロドゥバって本当に馬鹿だよね」
「なんですの藪から棒に!」
押し黙るルシビルくんがかわいそうになって、私はロドゥバを批難した。
もう少し、言い様があるよね?
「…………イウノごときに文句を言われる筋合いはありませんわ!
いいですことルシビル。貴方からの高額なプレゼントは頂けません。商人や貴族的に誤りだからですわ」
「………………」
「だけれど、『同年代の友達』としてプレゼントで返したいなら話は違いますわ」
「ロデュバ話長いヨ」
「しかも反感を買わなきゃ気が済まないんだよね。馬鹿だなぁ」
「外野うるさいですわよ!」
「よくわかんないんだけどさ」
ベタくんが頭を掻きながら前に出た。
「ルシビル、あれやらねェか?」
「え?」
彼が指さしたのは、射的の出店だ。
弓矢を使って的を射るシンプルな遊戯で、うまく当たればちょっとした景品が貰えるのだ。
「なあ、ロドゥバさんよ。ダチと楽しい時間を過ごして、もしも景品を当てれたらプレゼントにするってのはどうなんだ?」
「友人との時間そのものが楽しいのではありませんの?」
「だよな」
射的に向かうベタくん、機会は三回で銅貨二十枚。
「高くねェ?」
「大当たりで銀貨一枚分の商品だ。安いくらいだぜ?」
銅貨二束で支払うベタくん。3メルト位奥の衝立に大きく丸が書かれていて、『当たり』『中当たり』『大当たり』と書かれている。
『大当たり』の丸は指で作った円ぐらいしかなく、『中当たり』は頭くらい、当たりはさらに大きい。
受付には商品が置いてある、『大当たり』はワインの瓶や指輪、ナイフ、はちみつ。
『中当たり』には革細工や木彫りの人形、根付け、干し果物。
『当たり』は飴玉か簡素なおもちゃ。つまり、残念賞である。
「まあ見てなって」




