その05 豆パン
ティカイの街は、というか『街』と呼ばれる多くの都市は、四方を城壁で囲っている。
壁の高さはまちまちだが、それでも外敵から市民を守るという目的は変わらない。
邪神の眷属は夜毎に徘徊するし、厄介な魔物が突然現れることもある。戦争に備える必要もあるかもしれない。
主目的は夜の備えだ。街は人々を守るための施設なのだ。
ティカイの街は都市としては中規模以下だそうで、人口は四千人いかないぐらい。
街の中心は北東から南西に向かって結ばれた街道。その両側に大きな店が立ち並ぶ大通り。
劇を見た即席野外劇場は北東の門の外にある。街の中に入り切らないもの、畑や牧草地は全部街の外だ。
東側に深い森や山があるためか、畑や牧草地は南西側に固まっている。だからなのか、南側は平民の、特に農民の住宅地だ。
西側には工業系の、工場があったり倉庫があったりするらしくて、北側は領主の屋敷と高級住宅街。
最後に残った東側は、手入れの行き届かない長屋や廃墟が立ち並ぶ、いわゆる貧民街になっていた。
ちなみに城門は大小いくつか存在し、大通りの門が一番大きい。
基本的に門衛さんはいるけれど、昼間は開きっぱなしだ。門衛さんにやる気はないし、怪しかろうと怪しくなかろうと出入り自由。それがこのティカイの街だ。
おかげで、特に東側には怪しい風体の人がたくさんいる。体を綺麗にする前のガッマさんみたいなのがって言えばわかりやすいかな?
門近くの大通りには、宿屋と食事処がずらり。そして旅人が必要とする消耗品のお店が並び、続いてティカイの特産品のお店。
ティカイには目立った特産品がないみたいで、羊毛のお店が多い。羊しか居ないのかしら。
『来訪祭』の屋台は大通りに並ぶ。その日ばかりは夜になってもどの門も開けっ放しで、野外劇場では夜通し劇や音楽が無料で見れる。
その時も、野外劇場の近くには立ち飲み屋さんが店を出すので、今日のニカお姉さまやヘアルトみたいに院長先生がずっと飲んでたりする。
普段私たちはほとんど街まで来ない。
自給自足に近い生活をしていて、買い物にいかなくても商人が勝手に来てくれるからだ。
だから、平時の街の様子は、あまり良くわかっていない。それ以上に、急なお祭り騒ぎの現状だ。
どこにどんなお店があるかなんてまるで分からない。
ベタくんの選んだ豆パン屋は、特別な店ではなかった。屋台の後に簡易的な竈があり、木を組んだ蒸し器が乗っている。
「おうベタか。豆パンは銅貨十枚だ」
「十個買うから五十枚にしてくれよ」
「おいおい」
ベタくんの根切りに、鼻で笑う店主。半額まで値切るのは無謀というもの。
でもお互い顔見知りみたいだし、ワンチャンあるかな?
「それはお店の人も困るのではありませんか?」
「そっちの坊っちゃんの言う通りだ。他の店に行きな」
値切りとか全然知らないであろうルシビルくんの言葉に、店主がニヤニヤ笑いながら応じる。ロドゥバも神妙に頷いている。
「じゃあ、八個でどうだ?」
「それでも六十枚は欲しいね」
「八個で五十五枚」
「まあ、そんなもんか」
「いいね旦那、唯一にして偉大なる神様のお恵みがあるぜ」
ベタくんと店主が笑い合う、慣れていないとこういった金額のやり取りはピンとこないだろう。
私もトチェドも、ニカお姉さまにお祭りの出店で引っ張り回されて覚えた。ベタくんは私たちよりもさらに慣れているだろう。
そう考えると、ニカお姉さまは本当に貴族らしくないな。
私たちに教えた時点でかなり手慣れていた。あの人はいつから修道院にいるのだろうか。
「ほら」
「ありがとう」「ありがとうございますわ」「ありがとヨ!」
手渡された豆パンは、蒸し上げられて熱々でふわふわと柔らかく、口の中でほの甘く解けた。混ぜ込まれたしょっぱい豆がアクセントになっていて、味に飽きが来ない。
みんなベロリと平らげてしまった。
「これは美味しいね」
「こんな屋台で、驚きの味ですわ」
「おれ、もっと食べたいヨ!」
私たちの絶賛に、ペタくんがしてやったりの笑み。
「おじさん、『来訪祭』でもやってる?」
「もちろんよ、年始まで毎日いるぜ」
「じゃあまた買いに来るね!」
そして私はヌーヨドむ向き直り。
「また来ようね、でも今はご飯が近いから」
「はーい」
ベールの下は不満顔だろう。なので私はヌーヨドをなで回す。
「聞き分けが良くていいこですね!」
「うん。おれ、いいこヨ!」
私がヌーヨドとじゃれている間に、ベタくんはエーコちゃんに話しかけている。
「うまいか?」
「え? ああ、すごく美味しいです。蒸したパンはあまり馴染みがないんですが、驚きました」
「だろ?」
嬉しそうにはにかむ。ほう、ベタくんはエーコちゃん狙いかな。
「ごちそうさまでした。ベタさん、みなさん。私も何か贈り物をしたいですね。
お金はあるので欲しいものを選んで貰えませんか?」
上品に食べきったルシビルくんが、屈託のない顔で提案した。
しかし、当然のように戸惑うベタくん。私たちは彼以上に、贈り物を貰う理由がない。
「それは必要ないよ」
「なぜです?」
うまく言語化出来ない。豆パンのお礼なら、おかしいものではない。
でも、何か違う。
「そのプレゼントは支配的だからですわ」




