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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第八話【ここではないどこか】

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 その03 来客

 私たちは唖然としていた。状況を理解していないヌーヨド以外は、私の知らないこともたくさん知ってそうなエーコちゃんも含めてである。


「院長先生は、その、どこでそんな……」

「三十年くらい前に、『神聖ホリィクラウン法国』がクーデターで大騒ぎになった時に、ちょいとね。

 ちなみにそのクーデターで『神聖ホリィクラウン法国』は解体。弱体化して『聖冠教会』になったってェ寸法さね」


 吟遊詩人が歌う英雄譚、簒奪者アベル・ノーマルによる父王の殺害と法国の簒奪。

 たった三日の天下であり、彼は親友だったトリスタン・パトリオットに討ち果たされて斃れる。物語はそれでおしまいだが、現実では大騒ぎだったろう。


 何しろ腐敗官僚が根こそぎにされて、不正や悪徳の証拠がわんさか出てきて、しかも拡散しちゃったものだから手に負えない。


「『神聖ホリィクラウン法国』時代の聖典にゃ、『法国』の権威を高めるためにスゲェ無茶が書いてあったんだぜ?

 『唯一にして偉大なる主が六色の世界龍と同時期に作り出したのが人間であり、人々の幸福と安寧のために、最も信仰深い者に『ホリィクラウン』を授け法王と呼んだ』みたいなの、笑えンだろ? イヒヒヒヒヒヒヒ!」


 魔女の笑いをしながら、院長先生が聖典の上にもう一冊置く。より分厚く、シミが浮いてはいるものの表紙も豪華。

 真鍮と黒ずんだ金属で飾られている。新品ならば派手で綺麗だったろう。


「お嬢様」

「ええ、院長先生……それは純金と銀ですの?」

「その通り、さすがは目が肥えてンね。ハッタリ効かせるために無駄に豪勢なのさ」


 『神聖ホリィクラウン法国』は、あらゆる国家の上に存在したらしい。

 国を国と認める上位機関が『法国』だったのだ。


 『法国』に逆らった国は異端指定を受け、あらゆる国家と国交が絶たれるらしい。

 それがどれほど大変なのかいまいち分からないけれど。


「これで、一応三種類の聖典の説明と、オマケで神話については終わりだな。少し時間が残ったか?」

「トリシス、お客様よ」


 タイミングよく、おばあちゃん先生がドアを開けた。眉をひそめる院長先生。


「今日は予定はないぜ、どこのどいつだ?」

「カルミノさんがお見えよ」

「マジかよ、早いな」


 カルミノさん! 私はトチェドと目を合わせた。修道院が懇意にしている行商人だ。いつも珍しい品物や、新しい本なんかを持ってきてくれる。

 ロドゥバやへアルト、エーコちゃんは会ったことが無いだろう。


「来る予定だったんですか?」

「『来訪祭』前にはな……今日の授業はおしまい。場所を開けな! イウノ、茶を淹れな。全員分だ」

「え? やったあ!」


 私は喜び勇んで厨房に向かった。ここで言う『茶』は私の趣味の薬湯ではない。

 大事なお客様が来たときなどにお出しする本物のお茶である。


「お、イウノ元気やね〜、背ェ伸びた?」

「伸びてません、お久しぶりですカルミノさん」


 カルミノさんは院長先生より年上のお婆さんだが、背筋はしっかり伸びてるし動きもキビキビしている。

 暴れまわる剛毛を無理やりまとめた白髪頭に、いつでも自信満々の笑み、明るいオレンジ色の瞳で左目には黒革の眼帯。


「トリシスが自分語りしてんて? アイツも老けたな〜」

「てめえにゃ言われたかねェな」

「僕のは自分で書いてへんし」

 

 広間から出てきた院長先生、二人は顔を合わすと憎まれ口の叩き合いになる。つまりとっても仲良しなのだ。


「まあ、心の若さの違いやね。やっぱり若い旦那がいると違うわぁ」

「その旦那はどうした? ティカイか?」

「姫ちゃんなら外で待たしとるよ、男子禁制ちゃうん? 知らんけど」

「いいよ、寒いから入りな」


 カルミノさんが旦那さんを呼びに行っている間にお湯を沸かす。見たことないけどどんな人なのだろう。

 と、厨房にロドゥバとへアルトが入って来た。珍しい。


「お茶があると聞きましたわ! 種類は何ですの? 産地は? ブランドは?」

「平民がそんなもの知る訳無いじゃない」


 食料棚の上にある、院長先生秘蔵のお茶、ガラス瓶にコルクの蓋で密閉されたお茶を差し出す。

 ラベルは無い。ちなみに淹れ方もいつも適当だ。


「全く役に立たない平民ですわね。どれ……どうやって開けるんですの?」

「コルクを掴んで力技」

「…………ぐぬぬ!」


 力不足の貴族がいくら力んでもコルク栓はびくともしない。


「おやおやおや、手前にお茶を淹れろと言いますが、その前にご自分で蓋も開けられないとは、ロドゥバは非力が過ぎるのではございま…………くぬぬぬぬ!」

「揃いも揃って……役に立たない平民に貸してよ」


 コツがあるのだ。軽くひねりながら引っ張るとあっさり開いた。


「なかなかやりますわね。平民にしては上出来ですわ! …………このベルガモット系の香り、シートラン産の輸入茶ですわね? ブランドは分かりませんが茶葉に何やら粒のようなものが混じっておりますわ」

「山羊乳しかありませんよお嬢様」


「浅はかですわよへアルト、この粒がドライフルーツの類ならばミルクではなくストレートで頂くのが常道でしてよ。

 しかし、そうすると蒸し時間が難しそうですわね」


 楽しそうね。私はかまどの上でグラグラ沸き立つ薬缶の蓋を開け、茶葉に匙を突っ込んだ。


「ぎええぇぇ!!? そんな! わたくしの前でそんな蛮行は許されませんわ!

 へアルト! イウノを止めて!!」


 逆に面白くなってきたが、せっかくなので本当に美味しい貴族のお茶は飲んでみたい。

 私は後の事を二人に任せてニヤニヤしながら見守った。


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