その04 姫ちゃん
女商人カルミノさんの旦那さんは、驚くほどに若かった。
二十代から三十代のはじめ、貴公子と呼ぶに相応しい白皙の美形、烏の濡羽色の髪と、同じ色のコート。ご丁寧に襟元には羽の意匠。
明るいオレンジ色の左目で右目はカルミノさんとお揃いの黒革の眼帯覆われている。
「知っとる顔がいくつか減って、知らん顔が増えとんなぁ。僕はデディ商会のカルミノ。よろうしゅうな。
どや、ウチの姫ちゃん、イケメンやろ〜?」
「その呼び方どうにかならんか? わしは姫という歳でも面でもないんじゃが」
カルミノさんが取り出したのは、シートランの焼き菓子だった。砂糖とバターがたっぷりで甘い!
へアルトが淹れたお茶は、私が淹れるのの三倍くらい香りが良く、渋すぎず、爽やかで、これが本物かと感心するものだった。
お菓子によく合うが、それ以上にへアルトにも特技の一つはあるんだなと感心した。
「デディ商会の、カルミノ……? 『冒険商人カルマ・ノーディ』を出版している、デディ商会ですの??
え? それで、片目で若く美しい、新月の闇より深い黒髪の? は?」
せっかくの美味しいお茶もお菓子も口に入れずに、ロドゥバが呆けている。
目が合うと、ロドゥバはカップを置いて自分の頬を指さした。
「申し訳ありませんけれど、少し叩いて頂けませんこと?」
「えー? そういうのはへアルトに頼みなよぉ」
「ごふっ」
軽くお腹にパンチを入れると、ロドゥバ耐えきれずには膝を付いた。
殴れと言ったのになぜ腹筋に力を入れないのか。
「なぜ……お腹を…………?」
「え? 顔の方が嫌じゃない?」
「うぷぷ、ロドゥバったら、『夢かもしれないから軽く叩いてもらいたい』なんて言わなきゃ分かりませんですよ」
あ、そういう! そもそも何をそんなに驚いているのやら。
「……ハァハァ、それともみんなご存知過ぎて驚くような事ではないのですか? うう……」
口元を拭いながら不屈の熱意で立ち上げるロドゥバ、でも軽いパンチだし、正直そんなに痛くないよね?
「カルマ・ノーディのモデルになったお方ですわよね? お会いできて光栄です。第一巻から愛読させて頂いておりますわ!」
何を仰るロドゥバさん、カルマは男の人でしょう?
「僕のファン? いややな、照れる。でもお嬢さん、言うて四巻まででっしゃろ?」
「いいえ、この修道院で六巻まで読ませて頂いておりましてよ! 『姫君』とのやり取り、感動致しましたわ。しかも……まさか事実だとは!」
え? 私はカルミノさんと、彼の旦那さんの『姫ちゃん』を見比べた。
同じ色の瞳、すごく若い旦那さん、左右でお揃いの眼帯。
「え」「やっぱり気付いておいででないだけでしたの!?」
「隠してないんやけどね、気障なロマンスグレーのイケジジやのうてスマンなぁ」
ニヤニヤ笑いのカルミノさん。
まさかこの、元気でお調子者のお婆さんが、前に司書先生が言っていたカルマ・ノーディの元ネタだなんて。
私とロドゥバだけでなく、トチェドやチオット、エーコちゃんも驚いている。へアルトは露骨にがっかりしていた。ニカお姉さまが涼しい顔なのは知っていたからだろう。教えてくれてもいいじゃないですか!
「カルミノ、軽率じゃぞ」
「あ、そうすると『姫ちゃん』さんは『姫君』……長命な『虚無守り』なんですね?」
トチェドの問いに『姫ちゃん』さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ええんちゃう? ゴブちゃんがおるんやし平気やろ? 知らんけど」
「『姫ちゃん』が定着してしまうじゃろ! わしの威厳の問題じゃぞ!」
え? そういう問題?
「仕方ない。貴様らはトリシスの教え子じゃろう、特別にレイと呼ぶことを許す」
「失礼でなければなのですが、昼間でも大丈夫なのですか?」
エーコちゃんの問いに『姫ちゃん』さん改めレイさんは眉を上げた。
『虚無守り』とはつまり『吸血鬼』だ。陽の光に弱いものだと相場は決まっている。
カルマ・ノーディでも『姫君』は昼間は幌馬車の中で過ごしている。直射日光さえ当たらなければ平気なのだという話があったが、レイさんは平然と外に立っていた。
「わし程の位階になれば日光下でも眠い程度で済む。そもそも我らは偉大なる夜の女王が、月光届かぬ闇夜から人々を護るために創造した秩序の守護者、ヒトより神に近いものじゃ。
邪神の眷属では無いのでな、日光下でも燃えたりはせんわい」
『吸血鬼』などと呼ばれているが、それは『黄昏の邪神』によって歪んだ不老不死を与えられた怪物と混同された蔑称らしい。
と、本に書いてあった。
「運がいいなお前ら、この姫君は『冬』の魔法使いとしては最高峰だぜ? ついでに『悪龍』の『戦争魔道士』であるカルミノも居るから魔法の師匠にゃ困らンぜ」
「ティカイでの逗留は半月程度やけど?」
「基礎だけで構わンよ、報酬は『そちらの頼みを聞く』でどうだ?」
院長先生の提案に、カルミノさんはニヤリと笑った。
「交渉成立やな」




