その09 修道院襲撃
夕飯は、煮詰めた肉と野菜をパンで包んだものだった。肉饅頭と呼べばいいのかな?
汁物でなかった理由は簡単で、この暗くなってきたタイミングで野生の『ゴブリン』たちの襲撃があるかもしれないからだ。
片手で食べれる物ならば、ガッマさんたちはすぐに身構えることができる。ニカお姉さまの気遣いである。
ヌーヨドはまずパンに驚き、次に中の肉に驚いた。そもそもパンを食べたことがなかったのだ。
今朝食べた雑炊粥は形がなくなっているのでノーカウントね。
食後、私たち『見習い』六人とヌーヨドは広間に押し込まれた。
「罠もある、不意も打てる。その状況で失敗するとは思えないんだけど、一応ね」
というのはニカお姉さまの談だ。安全第一と言われて従わない理由はない。
「全く、落ち着きませんわね」
「問題ありません、お嬢様。手前が付いておりますので」
「でもヘアルトあなた、もしもの時にはわたくしを盾にいたしませんこと?」
「さすがはお嬢様! 体を張ってしもべを守るなんて、一生ついて行きます」
「えぇ……」
チオットとトチェドもそれぞれ落ち着かない様子で、エーコちゃんは例の弓を片手に持っていた。
ただ一人ヌーヨドだけはリラックスした様子で、ランタンの明かりの下で例の虫の図鑑を広げていた。
私のそわそわした様子に気を使ってくれているのか、読み聞かせはせがまれていない。
それが逆に申し訳のない気持ちにもなるのだが。
そんな折、にわかに外が騒がしくなった。男の人の怒号が響く。すると、身の毛もよだつような悲鳴が響き渡った。
「ななな、なんですの!? 今の悲鳴は! どうなっておりますの? こんな所に閉じこもっていて大丈夫なんですの!?」
居ても立っても居られなくなったロドゥバが恐慌をきたして飛び出す。
「…………」
「ぎえええええぇぇぇッッッ!!?」
ドアの外には巨大な人影。ボゥお姉さまだ。
過剰な威圧感に悲鳴を上げてひっくり返るロドゥバと、逆に困惑するボゥお姉さま。
「イウノ、鍋にお湯を沸かして! チオットは清潔な布を用意!」
胸壁の上からニカお姉さまの指示が飛ぶ。誰かが怪我をしたのだ。背筋がゾッとする。
私はあのアルフという男を好きではない。だからって、怪我をしてはほしくない。当然ガッマさんやあの荷物持ちの男の子もだ。
男の人の怒声と、甲高い悲鳴が響く。私は怖くなって厨房に飛び込み、水瓶から鍋に水を移して火にかけた。
くすぶるかまどに薪を放り込み、火の勢いを強くする。
「イウノちゃん……怪我した人、広間に、運ぶって……」
「分かった、沸いたら運ぶよ」
つまり、戦いはケリが付いたのだ。そして『ゴブリン』たちはもう脅威ではなくなり、何人居るか分からない怪我人の治療の段階に入るのだ。
「男子禁制だろッいいのかよ!?」
「うるせえ! 早く何とか……ぐぐ、痛え……」
アルフの小綺麗だった服の襟首を掴み、ガッマさんが門から入ってくる。
顔や服に青黒い汚れが飛び散っていて、それが『ゴブリン』の血液だと分かり私は血の気が引いた。
「うそ……」
「あ……? ははっ、マジかよ」
硬直するチオットを見て、ガッマさんが凶暴な笑みを浮かべた。
今の一瞬で二人に何があったのか分からないけれど、すぐに互いに目を逸らした。
「どこに運ぶ?」
「痛えぞガッマ! もっと優しく……!」
「黙れ無能が! 相手が雑魚で助かったな!」
過剰に嘲笑われながら引きずり込まれたアルフ、服はひどく汚れているが、目立った傷や血は見えない。
「だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫じゃねェよ! ざけんな!」
怒鳴り散らすアルフに、私は身を固くした。
「そいつを黙らせて、イウノが怖がってる」
「だとよ間抜け野郎。このまま外に放りだしてやろうか?」
「や、やめろ! てめェ、雇い主になんて態度だ!」
震え上がるアルフ、この後は夜だ。邪神の眷属がうろつく時間である。修道院の外は危険すぎる。
「雇い主? ああ、残念だなアルフ。お前の無様は『雇い主』に報告させてもらうぞ、お前は終わりだ」
「なんだと……?」
ニカお姉さまが院長先生を連れて来る。院長先生は修道院で唯一魔法を使える。
魔女の笑みを浮かべて屈み込む院長先生。ニヤニヤしながらアルフの身体を押す。
「ぎゃあぁぁあ!!?」
「布」
「ぐももも、ぐむむむむ!!!?」
ガッマさんがアルフの口にボロ布を詰め込む、涙を流して暴れるアルフ。
「骨折か?」
「この間抜け、『ゴブリン』を大声で脅したんだよ、ガキ相手じゃねェンだ。頭を沸いてンのか?」
「もしかして松明振り回してかい?」
「笑えねェだろ?」
「ヒッヒッヒ」
つまり、アルフが威嚇してタコ殴りにされて、ガッマさんが残りを相手にしたのだ。
「逃がしたかい?」
「問題ない」
「なら、体洗って今日は休みな、臭ェぞ」
「うるせェ、余計なお世話だ」
沸かしたお湯はアルフには使わないようだ。でも、ガッマさんの体と髪を洗ったら使い果たしちゃいそう。
私の考えが顔に出ていたのか、ニカお姉さまがクスクス笑う。
「お姉さんが洗ってあげようか?」
「そこまでさせられるかよ…………あー、クソ。仕方ねェ」
「イウノ、お姉さんが案内するから後は任せて。それと『見習い』みんなに念の為にもう寝るように伝えて。明日の朝当番もいらないから」
もう今晩の襲撃はないだろう。しかし、朝には他の『ゴブリン』が様子を見にやってくるかもしれない。
剣呑な時間は、まだ続くということだ。
聖パトリルクス修道院は、今日は平和とは行かないようだった。




