その07 神話
朝食の場でヌーヨドを紹介したところ、やはり困惑が多かった。
ヘアルトはギャアギャアとわめき、エーコちゃんは冷たく睨みつけ、チオットは半分寝ていてぼんやりしていた。
その点おばあちゃん先生はいつもと変わらず、ゆっくりニコニコしていた。
「まあまあ、こんなに小さな修道服は無いわね。採寸して丈を詰めないといけないかしら」
「そうではなくおばあさま、『ゴブリン』ですよ、『ゴブリン』!」
「あら、ヘアルトちゃん『ゴブリン』ははじめて?」
エーコちゃんの敵対的な視線は気にるが、多分野生の『ゴブリン』と遭遇したことがあるのだろう。
害獣も同然の野生の『ゴブリン』。身勝手ながら、ヌーヨドの群れができるだけ穏便に退散してくれれば嬉しい。
ちなみにこの間、ヌーヨド本人はスプーン相手に四苦八苦していた。
野生の『ゴブリン』は文化的とは言いづらい生活をしているようで、食器もスプーンも、そして煮物もお粥も初体験なのだ。
「む、むむ、むっかしいヨ……!」
「ああもう、なんて汚らしい食べ方かしら。見ていられませんわ! スプーンは握りこぶしではなく、こう! 指で摘んで持つのでしてよ!!」
私は午前中のお仕事を免除され、代わりにおばあちゃん先生の手伝いでヌーヨドの採寸をした。
「修道院ではみんなおそろいの服を着るんだよ」
「なんで?」
おばあちゃん先生を見ると、ニコニコしたままこっちを見つめ返してきた。
説明をするように求められている。私は軽く咳払いをした。
「神の家である修道院では身分も種族も関係ないので、外見による差を少しでも少なくするためだよ」
「それと、女の子の教育の場であり、駆け込み寺であるからよ〜。
魅力的なきれいな髪とか、大きなおっぱいが見えないようにしているの」
「なるほど」
私とヌーヨドは納得した。そりゃあ私みたいな寸胴はともかく、ニカお姉さまみたいなセクシーの塊には必要だろう。
「お祭りまでにベールも縫いましょう。そしたら一緒に年始のお祭りを見に行けるわ」
「へえ」
お祭りを知らないのだ、ピンとこない顔のヌーヨド。
「この変な布も、おそろいだから外しちゃだめヨ?」
「変な布? あ、履物も必要ですね」
「麻紐でサンダルを編みましょうか。『ゴブリン』は裸足を好むけれど、極端に寒さに強いわけでもないのよ」
そうしてお昼前には、新しい小さな修道女が出来上がった。
サンダルは編みきれなかったので、ヌーヨドは素足でペタペタと着いてくる。私はヌーヨドに井戸の場所と落ちないように注意を促し、厨房で薬湯のためのお湯を沸かす。
「そういえばヌーヨド、神様を知ってる?」
「ファンガロッツ?」
「偉大なる神様が、大いなる六色の世界龍と十二の大天使をお作りになったの」
ヌーヨドは『ゴブリン』で、『島龍 ファンガーロッツ』の眷属だ。
神様よりも龍を主に信仰しているのだろう。
「イウノ先輩。『亜人』は人間の言う『神様』の存在を信じていませんよ」
「え?」
いつの間にか厨房に来ていたエーコちゃんだ。
「…………そうなの?」
「それぞれの種族がそれぞれの龍を主神格であり、他の五龍は従属龍だと考えています」
それは不思議なものだ。
私は神様への信仰心がすごく高い訳では無いが、神様を信じているし、困った時にはお祈りする。
その存在そのものを信じていないとは、イメージが沸かない。
「なんていうか不思議だなって思ってさ。スプーンの使い方も知らないのに龍は知ってるのが」
「おれたちはファンガロッツの背中の森から生まれたヨ。ファンガロッツの背中にはたくさん生き物がいたのヨ」
突然、ヌーヨドが話しだした。『島龍 ファンガーロッツ』は文字通り背中に島を乗せた巨大な亀の姿で描かれる。
当然、『ゴブリン』の神話ではその島が舞台になるのだろう。
「『ゴブリン』は中でもいちばんかしこくてつよかった上に数も多かったヨ。
『ゴブリン』はファンガロッツの背中だけで収まらないから、ファンガロッツは世界中に『ゴブリン』を置いたヨ。いちばんかしこくてつよくて数が多いから、『ゴブリン』はだれから何を奪ってもいいヨって」
本でも読んだことのない、初めて聞く話だ。感心していると、ヌーヨドは腹を叩いてゲラゲラ笑った。
「バカ! うそっこヨ! 『ゴブリン』バカでよわっちいヨ!」
「ンヌーヨドは、自分の神話を信じていないの?」
エーコちゃんの質問にヌーヨドは頷いた。
「『ゴブリン』強くない。たくさん増えて、頭もいいなら、もっとうまく生きれるヨ。
『ゴブリン』バカだから、あたたかい服も、おいしいごはんも、スプーンもないヨ」
エーコちゃんはそんなヌーヨドを見て小さく息を吐いた。
「ごめんね、ンヌーヨド。私はあなたを警戒していた。お人好しの先輩に襲いかからないか心配で見に来たの」
え? 私はびっくりした。エーコちゃんもしかして私のこと危なっかしい妹みたいに思ってる?
「気にしないで。お前、名前よぶのうまいヨ」
エーコちゃんはヌーヨドの『ヌ』の前に、口を閉じない唸るような『ン』を付ける。
帝国ではあまり使わない発音だ。
「ハインラティアではたまに使うのよ。私はエーコ」
「よろしくヨ、エーコ!」
発音、神話。『人間以外のヒト』のことを私は全然知らないんだなと実感させられる。
今度、そういう授業を司書先生にお願いしてみよう。




