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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第六話【イグアナの娘】

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その07 神話

 朝食の場でヌーヨドを紹介したところ、やはり困惑が多かった。

 ヘアルトはギャアギャアとわめき、エーコちゃんは冷たく睨みつけ、チオットは半分寝ていてぼんやりしていた。


 その点おばあちゃん先生はいつもと変わらず、ゆっくりニコニコしていた。


「まあまあ、こんなに小さな修道服は無いわね。採寸して丈を詰めないといけないかしら」

「そうではなくおばあさま、『ゴブリン』ですよ、『ゴブリン』!」

「あら、ヘアルトちゃん『ゴブリン』ははじめて?」


 エーコちゃんの敵対的な視線は気にるが、多分野生の『ゴブリン』と遭遇したことがあるのだろう。

 害獣も同然の野生の『ゴブリン』。身勝手ながら、ヌーヨドの群れができるだけ穏便に退散してくれれば嬉しい。


 ちなみにこの間、ヌーヨド本人はスプーン相手に四苦八苦していた。

 野生の『ゴブリン』は文化的とは言いづらい生活をしているようで、食器もスプーンも、そして煮物もお粥も初体験なのだ。


「む、むむ、むっかしいヨ……!」

「ああもう、なんて汚らしい食べ方かしら。見ていられませんわ! スプーンは握りこぶしではなく、こう! 指で摘んで持つのでしてよ!!」


 私は午前中のお仕事を免除され、代わりにおばあちゃん先生の手伝いでヌーヨドの採寸をした。


「修道院ではみんなおそろいの服を着るんだよ」

「なんで?」


 おばあちゃん先生を見ると、ニコニコしたままこっちを見つめ返してきた。

 説明をするように求められている。私は軽く咳払いをした。


「神の家である修道院では身分も種族も関係ないので、外見による差を少しでも少なくするためだよ」


「それと、女の子の教育の場であり、駆け込み寺であるからよ〜。

 魅力的なきれいな髪とか、大きなおっぱいが見えないようにしているの」

「なるほど」


 私とヌーヨドは納得した。そりゃあ私みたいな寸胴はともかく、ニカお姉さまみたいなセクシーの塊には必要だろう。


「お祭りまでにベールも縫いましょう。そしたら一緒に年始のお祭りを見に行けるわ」

「へえ」


 お祭りを知らないのだ、ピンとこない顔のヌーヨド。


「この変な布も、おそろいだから外しちゃだめヨ?」

「変な布? あ、履物も必要ですね」

「麻紐でサンダルを編みましょうか。『ゴブリン』は裸足を好むけれど、極端に寒さに強いわけでもないのよ」


 そうしてお昼前には、新しい小さな修道女が出来上がった。

 サンダルは編みきれなかったので、ヌーヨドは素足でペタペタと着いてくる。私はヌーヨドに井戸の場所と落ちないように注意を促し、厨房で薬湯のためのお湯を沸かす。


「そういえばヌーヨド、神様を知ってる?」

「ファンガロッツ?」

「偉大なる神様が、大いなる六色の世界龍と十二の大天使をお作りになったの」


 ヌーヨドは『ゴブリン』で、『島龍 ファンガーロッツ』の眷属だ。

 神様よりも龍を主に信仰しているのだろう。


「イウノ先輩。『亜人』は人間の言う『神様』の存在を信じていませんよ」

「え?」


 いつの間にか厨房に来ていたエーコちゃんだ。


「…………そうなの?」

「それぞれの種族がそれぞれの龍を主神格であり、他の五龍は従属龍だと考えています」


 それは不思議なものだ。

 私は神様への信仰心がすごく高い訳では無いが、神様を信じているし、困った時にはお祈りする。

 その存在そのものを信じていないとは、イメージが沸かない。


「なんていうか不思議だなって思ってさ。スプーンの使い方も知らないのに龍は知ってるのが」

「おれたちはファンガロッツの背中の森から生まれたヨ。ファンガロッツの背中にはたくさん生き物がいたのヨ」


 突然、ヌーヨドが話しだした。『島龍 ファンガーロッツ』は文字通り背中に島を乗せた巨大な亀の姿で描かれる。

 当然、『ゴブリン』の神話ではその島が舞台になるのだろう。


「『ゴブリン』は中でもいちばんかしこくてつよかった上に数も多かったヨ。

 『ゴブリン』はファンガロッツの背中だけで収まらないから、ファンガロッツは世界中に『ゴブリン』を置いたヨ。いちばんかしこくてつよくて数が多いから、『ゴブリン』はだれから何を奪ってもいいヨって」


 本でも読んだことのない、初めて聞く話だ。感心していると、ヌーヨドは腹を叩いてゲラゲラ笑った。


「バカ! うそっこヨ! 『ゴブリン』バカでよわっちいヨ!」

「ンヌーヨドは、自分の神話を信じていないの?」


 エーコちゃんの質問にヌーヨドは頷いた。


「『ゴブリン』強くない。たくさん増えて、頭もいいなら、もっとうまく生きれるヨ。

 『ゴブリン』バカだから、あたたかい服も、おいしいごはんも、スプーンもないヨ」


 エーコちゃんはそんなヌーヨドを見て小さく息を吐いた。


「ごめんね、ンヌーヨド。私はあなたを警戒していた。お人好しの先輩に襲いかからないか心配で見に来たの」


 え? 私はびっくりした。エーコちゃんもしかして私のこと危なっかしい妹みたいに思ってる?


「気にしないで。お前、名前よぶのうまいヨ」


 エーコちゃんはヌーヨドの『ヌ』の前に、口を閉じない唸るような『ン』を付ける。

 帝国ではあまり使わない発音だ。


「ハインラティアではたまに使うのよ。私はエーコ」

「よろしくヨ、エーコ!」


 発音、神話。『人間以外のヒト』のことを私は全然知らないんだなと実感させられる。

 今度、そういう授業を司書先生にお願いしてみよう。


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