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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第六話【イグアナの娘】

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その01 試射

 |アーティバルの月(12月)も二週目になり、聖パトリルクス修道院では年末に向けて準備を始めていた。

 『冬を呼ぶものイスワーン』の大天使アーティバルは芸能とお祭りを司る。新年には一年が終わり、新たな年が生まれる『来訪祭』が待っていた。


 『来訪祭』は神聖なお祭りだ。

 年末の日暮れ前から始まり、夜明けまで続く。『聖冠教会』はお説法の後にワインやごちそうで過ぎ去る年をねぎらい、新しい年を歓待する。

 月末なので当然新月、邪神の眷属が最も力を持つ夜であるのだが、その日に限っては勝手が違う。


 『来訪』祭。名前の通り、偉大にして万物の父たる神がいらっしゃる。

 その晩は月必ず晴れ渡り、太陽のような輝きが空に昇る。清浄な光が地上を照らし、その晩は凍えることも飢えることもない。


 人々はお酒を飲み、歌い踊り、盛大に祝うのだ。


 聖パトリルクス修道院では、毎年皆で街まで行く。お小遣いを握り締めて屋台を見たり射的や宝引きのゲームを楽しんだりする。

 もちろん、院長先生は司祭様だから、お祭りの前にはありがたい説法を話してくれる。


「私たちに協力をして頂くことで皆様には……」


「おや、『自警団』の方々、また来ていらっしゃる?」

「院長先生、アレで意外と偉いみたいだから修道院を抑えるといいことあるんじゃない?」


 正門の方に三人組の男の人が見える。

 中心に立つのは長身で小綺麗な服の人。なんか笑い方が気持ち悪い。

 その横に、小太りで背の低い人。垢と脂で汚れたくせ毛がテカテカしていて、だいぶ臭そう。

 最後に荷物持ちの痩せた子供。薄着で寒そう。少し震えている。


 あまり好きになれない雰囲気だ。


「結構いい男ですね、手前はもう少し若くて元気な方が好みですが。あの子供は痩せすぎですね」

「ええー? やめときなよヘアルト。アレは良くない男の目よ。お姉さんは隣の彼の方が好みかなー?」


「ニカトール様、正気ですか? 目と頭は大丈夫ですか? あんなカエルと豚を足したような赤ら顔の醜男、はじめて見ましたよ?」

「あのいやらしい目を見なよ、絶対にこの修道院を攻める方法を考えてるわ」


「ほうほう、難攻不落のシスター攻略ですか? ニカトール様ったら比喩が露骨ですこと」

「露骨どころか比喩じゃないんだけど、攻め方が分かれば守り方も自ずと分かるというものよ」


 背負籠と鎌を用意した私の近くでヘアルトと、珍しくニカお姉さまが野次馬をしている。


「てめェら! 品がねェぞ!」

「きゃ〜!」


 院長先生の一喝に蜘蛛の子のように散らされる二人、なにをしているのだか。


「先輩、お待たせしました」

「…………」


 振り向くと、エーコちゃんとボゥお姉さまが連れ立ってやって来た。

 ふたりとも少なからず照れた顔をして、雰囲気はぎこちないながらも明るい。


 離れた場所からニカお姉さまの視線を感じて、私は手でお詫びをした。前に二人を近づけない方が良いと言われたのだ。

 だが、ボゥお姉さまとエーコちゃんの雰囲気を見て、ニカお姉さまはいつもの朗らかな笑みで頷いた。申し訳ありません!


「待ってないから平気だよ。でも何かあった?」

「ボゥお姉さまに、これを……」


 知らんぷりして聞いてみると、エーコちゃんははにかみながら小振りな弓を見せてくれた。

 長さ50セルト程度で一見おもちゃみたいなサイズだが、ボゥお姉さまの力でギュッと張り詰めた弦は強い。


 作るのを手伝った私が言うんだから間違いない。


「イチイではない弓を持つのは初めてです。安全な場所で試射もしたいです」


 腰の矢筒には矢が二本、矢を作る時間が足りなかったのだ。鏃は獣牙製で、羽は野鳥のもの。

 ボゥお姉さまも試行錯誤しながらだったから、上手く飛ぶかは分からない。


 何しろ私は弓なんて使ったことがないし、ボゥお姉さまには小さすぎたからだ。

 私たちは森へ向かい、荒れた旧街道の途中で一時停止した。


 比較的見晴らしが良い、エーコちゃんは目についた木を指差す。20メルト以上は離れてそう。


「あれを狙います」

「遠くない?」

「弓次第ですね」

「…………ッ!」


 素人の手作り弓だ。慌てるボゥお姉さま。

 エーコちゃんは素早く矢を番えると、弓を引いた。


「意外と重いですね、何人張りですか?」

「…………ッ」


 これは弦を張るのに何人がかりかという単位の話だ。三人張りでかなりの強弓だという。

 ちなみに、この弓はボゥお姉さまの一人張りだ。


 エーコちゃんは軽く狙いをつけて矢を放った。すぐにもう一本を番え、射つ。

 一発目は右に逸れて、二発目は木の幹に命中。エーコちゃんは飛んでった矢よりも弓が気になる様子。


「少しねじれがありますね。練習すれば癖も分かると思います」

「狩りにも使えそう?」


「24メルト半に向かって速射して幹に突き立つ威力ですから、有効射程は40メルト程度でしょう。十分ですね」

「そっか、良かった!」


 今までに無いほど多弁なエーコちゃんに、私は自分のことのように嬉しくなった。

 その間に矢を拾いに行っていたボゥお姉さまが戻ってくる。その手には二本の矢と同時に、狩りに使う鎖分銅と手斧が握られていた。


「…………」

「どうされました?」


 矢を受け取りながらも、私はボゥ先輩に尋ねた。何か居たのか? それなら急いで戻るとは思えない。

 ボゥお姉さまが行った方向に目を凝らすも、何の異変も見当たらない。


「…………しまった。私としたことが。浮かれていましたね」


 だが、エーコちゃんは何かに気付いた。

 緊張に鋭く細まる目。少し顎を上げて、深い鼻呼吸。


「強い死臭と腐臭がします。通常の動物ならば死体は残しません、なにか異様な相手と遭遇し殺されたのでしょう」


 草ぼうぼうのススキ畑に踏み込むエーコちゃん。その背後をボゥお姉さまが守るように付き従う。

 一人残された私は、落ち着かずにキョロキョロ周りを見ながら待つしかない。


「ボゥお姉さま、イウノ先輩、戻りましょう。

 この森に危険な生物が出現したかもしれません」


 その表情から極めて剣呑な状況だと察して、私たちはすぐに修道院に戻ることにした。

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