その02 魔物
「院長先生! 森の方に魔物が出たかもだって!」
「ばかお前ェ、タイミングが悪いぜ!」
「おや、おやおやぁ!? 我々『ティカイ自警団』の出番なのではございませんか?」
おっとり刀で戻って叫び、私は自分の軽率さに頭を掻いた。まだ居たのね『自警団』!
修道院の東側は使われなくなった旧街道と野原、森が広がっている。そっち側は稀に魔物や大きな獣が現れる。
院長先生は慣れたもので、普段はティカイの街の衛兵や冒険者に駆除依頼をしてくれる。
でも、今はどうなのだろうか。ティカイでは『自警団』が幅を利かせている以上、衛兵にお願いするのは難しそう。
「イウノ、状況は?」
「ボゥお姉さまとエーコちゃんが動物の死骸を見聞しています。場所は旧街道沿い、森に差し掛かった当たりです」
「……四半刻どころか目と鼻の先じゃねェか」
話を聞かれてしまったからには仕方がない。『自警団』にも聞こえるように説明をする。
「シスター、我々で対処をいたしましょう」
「金はねェぞ?」
「確かに私が欲しいのは最終的には金銭です。しかし、その為にはまず信頼と有用性が必要でしょう」
小綺麗な男は真面目な顔で姿勢を正す。
慇懃な態度ではあるが、何やら違和感がある。本気の丁寧さではないと言うか。
なにやら偉そうで小馬鹿にしたような態度が透けて見えるというか。
それは、院長先生も同様らしい。立派な鷲鼻をこすりながら、疑いの眼差しを彼に向ける。
「思う所はあるが、まあいいさね。頼りにさせてもらおう。冒険者ギルドに頼むより安くすみャ儲けもンだ。
とりあえず今晩の不寝番は頼ンだぜ。夕飯と朝飯は出してやる。寝泊まりは家畜小屋の隅でも使いな。修道院は男子禁制さね」
「いいでしょう」
「おい婆さん、罠は仕掛けていいのか?」
「口を慎めガッマ」
「金を出さないなら依頼人じゃねェだろ」
ガッマと呼ばれた男の人は、三日月みたいにズルそうな目をしていた。シミだらけのガビガビの毛皮と汚れたコートを着込み、うねる黒髪は垢と脂で固まっていた。
変な臭いもする。
「危険度次第だね。誤ってうちのが引っかかって死ぬようなのは困るぜ」
「時間が無いからな、せいぜい鳴子だ」
「なら構わンよ」
鳴子、踏んだら音の出る紐の罠だ。
「アルフさんよォ、応援は呼ばねェンですかい?」
「別に私たちだけで十分だろう」
「冗談キツイぜ…………仕方ねェな。婆さん、余ってたら毛布をくれ」
「いいぜ、イウノ」
私は頷いて、幼年学校用の毛布を取りに行った。あの痩せた子供は防寒着を着ていない。一人一枚、彼だけ二枚でいいだろうか。
取って来ると、ボゥお姉さまとエーコちゃんが戻っていた。
「…………」
「戻りました……その、院長先生」
「分かったことを頼むぜ、そこの『自警団』にもな。お手並みを拝見する事になっちまった」
エーコちゃんは三人の男を不審そうに見た。司書先生の授業の後に、『自警団』を好意的には見れないよね。
「獣の死骸は死後数日。寒いせいで腐敗が進んでいませんが、野生動物に食い荒らされて正確な死因は不明です。
しかし、一般的な狼や熊ならばあんな風に放置はしない、食べるためよりも『狩りをして遊んだ』可能性があります」
「『遊んだ』?」
「数は分かるかい嬢ちゃん」
小綺麗なアルフさんの質問を無視して、小汚いガッマさんが尋ねた。
エーコちゃんは一瞬二人を見比べる。どう見ても立場はアルフさんが上だ。
「少なく見積もって五、武器は石か骨」
「…………チッ」
不機嫌そうに舌打ちするガッマさん。私は身震いした。息が詰まる。不機嫌な大人の男の人は、近くにいるだけで怖いものだ。
だが、エーコちゃんは全く動じていない。
「アルフさんよ、こりゃァ手に余るかも知れませンぜ」
「なんだ、ビビったのかよチキン野郎!」
苛立った顔で凄むアルフさん。やだ、怖い。
腰が引ける私を庇うように、ボゥお姉さまが前に出る。身長2メルトのお姉さまに、アルフさんが口を噤む。
「やれと言われりゃァやりますがね」
「ならつべこべ言わずにやるんだ! ブチ殺すぞ!」
ボゥお姉さまに怯んだのを隠すかのように、つばを飛ばして怒鳴るアルフさん。最初の小綺麗で丁寧な仮面は既に崩れて、その下の粗暴で短気な本性が透けて見える。
ガッマさんは肩をすくめた。逆にこの人は冷静に状況を分析していた。
「分かりやしたよ…………そっちのデカいの、案内してくれ。それと婆さん、門は暗くなる前にちゃんと閉めてくれ。
可能なら洗濯紐と薪、ナタを貸してくれ。鳴子じゃ済まン」
キビキビと指示を出すガッマさん。
ボゥお姉さまが彼を案内する。不機嫌そうに付いていくアルフさんと荷物持ちの男の子。
「…………エーコちゃん、結局何が出たの?」
私の問いにエーコちゃんは一瞬すごく冷たい視線を向けて来た。
だがすぐに相手が私だと気が付いていつものツンとしたすまし顔に戻る。
「『ゴブリン』です。『人間以外のヒト』の中でも、最も向こう見ずで面倒くさい、ほとんど野獣の厄介者」
口調からあふれる嫌悪感。
『ゴブリン』。私はそれを物語でしか知らないことに気が付いた。




