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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第五話【残酷な神が支配する】

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その08 宿敵

「今日で紹介するテキストは終わり〜、明日はレポートを書いてもらって、明後日はその内容の発表かな〜。

 難しくて重い話題だったけど、みんなよくがんばったね〜」


 翌日、まだ授業開始時間なのに司書先生はまとめに入っていた。


「今日のテキストはこちら、『ティカイルクス伯爵の嘆願書』」

「は?」

「もちろん、現在の子爵じゃあなくて、先代だね〜。領土が目減りして爵位が下がったのかな?」


 思わず声を上げた私に、司書先生は瓶底眼鏡を動かしながらニヤニヤ笑った。

 そして読み上げる挨拶、皇帝陛下へ治世と慈悲深さの称賛、長い前置き。積み重ねられた美辞麗句を越えた先にあったのは、果たして懇願の言葉であった。


「『賢明にして偉大なる皇帝陛下に御座いましては、我々の帝国に真に必要となるものなどご理解していらっしゃるとは思います。

 しかしご無礼を承知で申し上げます。民は帝国の礎、土台にて御座います。真に必要なもので御座います。


 土壌に不揃いな礫石が混ざっているからとて、それを取り除いてしまっては土だけになりましょう。石による基礎無くしては強固な城を建てられは致しません。

 どうか何卒、慈悲深き心と思慮にて、もう一度考え直しては頂くことは出来ませんでしょうか、


 彼らは我が国にとって大事な民です。その全てを放逐するなどあまりにも殺生に御座います。どうか、どうかご慈悲をお願い致します』


 これはつまり、当時のティカイルクス伯爵は『人間以外のヒト』に対して友好的だったという事だろうか。

 補足を求めて司書先生を見ると、ヘラヘラ笑いながら次の羊皮紙を広げている所だった。


「当時の帝国は魔王天冥相手に負け続き、しかも内側に『人間以外のヒト』という爆弾を抱えていたからいつどこで内乱が勃発してもおかしくない状況だったんだよね。

 実際『人間以外のヒト』たちの反乱は少なくない数があって、帝国は専用の『亜人狩部隊』なんてのまで作って彼らを抑圧してたんよ」


 体が震えた。私は顔に出ていないことだけを祈った。


「皇帝は国内に『亜人追放令』を出した。これは国外退去という名の虐殺政策だった。

 追放されたヒトたちは、帝国内で買い物も許されず、着の身着のままで国境を目指して歩くしかなかった。伯爵はこれに反対したのさ」


 誰かが息を呑んだ。私は喉の奥に重い鉛を流し込まれた気分だった。

 身近な場所、身近な名前。やはりここにも、『人間以外のヒト』差別はあったのだ。


「二枚目はこちら、ティカイルクス伯爵の内密の手紙」


 何でそんなもの持ってるの? いや、一枚目の嘆願書も手元にあるのおかしいよね?


 手紙の一枚目はシートラン貴族への依頼だった。ティカイ領内の『人間以外のヒト』をそちらに送るので生活を支援してくれというものだ。

 結局追放するしかなかったのだ。私は悲しい気持ちになった。皇帝に拒絶されたのだろう。


 そしてもう一枚。


「『『ワタリガラス(レイヴン)』へ。この期に及んでお前を頼る私を許して欲しい。

 正規兵が留守の間、お前とお前の部下たちはよくやってくれた。領内の治安を守り、ヒトビトの諍いを止めてくれた。

 ティカイ領内が周辺のどこよりも平和であったのは、ひとえにお前と『ワタリガラス(レイヴン)傭兵団』の手柄であった。

 しかし、世の流れには逆らえぬ。忸怩たるものあれど、ヒトビトを追放せざるを得なくなった。


 このような身勝手な願いを出来るのは、正式には帝国に仕えていないお前達のような者だけなのだ。

 私に出来るのは、彼らの旅費をお前達への報酬という名目で渡すことだけ。


 彼らと、他領からの難民は現在トリシスが匿ってくれている。

 彼らの道中の護衛を、場合によっては合流する他領のヒトビトの分まで頼みたい。


 私を恨んでくれても良い。だが、彼らの命を守るために、一人でも多くを目的地であるシートランまで送り届けてやってほしい。

 重ね重ね、お前たちには感謝をしている。不甲斐ない私を許してくれ。』


 ティカイルクス伯爵から、傭兵団への手紙。本当にどうやって手に入れたの?

 いや、それよりも。


「彼らは成功したんですの?」

「したよ」


 私を含め、皆が胸を撫で下ろす。もちろん、いの一番に訪ねたロドゥバもだ。


「べ、別に『亜人』がどうなろうとこのわたくしは知ったことではございませんわ。ただその、平民風情に頭を下げてまで領民を守った伯爵に心打たれただけでしてよ」

「傭兵団は成功したよ〜」


 司書先生はへらへら笑いで頷いた。

 そして、変わらぬ口調で続ける。


「だけど、ティカイルクス伯爵はこの事から失脚、領地を削られた上に隠遁を余儀なくされちゃう。

 彼の息子は帝国と、伯爵を守らなかった民を憎み何もかもを投げ捨てて放蕩の日々……さて」


 寝耳に水だ。嘘だ。とは言えなかった。先日のロドゥバも似た気持ちだったのだろうか。信じてきたものが違うと突きつけられるグラつき。

 私の敵。悪辣なるティカイルクス子爵。そこに悲しい過去があるからって、虐げられた私たちは忘れない。


 痛みを、憎悪を。


「では、明日のテストの内容を発表しちゃうよ〜ん。

 『『天冥戦乱』が始まりました。あなたはどんな政策で自領を守りますか? 理由も合わせて述べよ』だ!」


 司書先生の言葉を、私はどこか遠くに聞いていた。


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