その07 翌日
習慣とはすごいもので、私は朝当番の時間に目を覚ました。
雨のせいで外はまだ暗い。しかし寝不足の頭でも、何となくいつもの時間だというのは分かる。
雨の日は動物たちを放牧しない、その分時間があるはずだ。私はノロノロと修道服に袖を通して朝の準備に動き出した。
修道服は生地が分厚いのでちょっとの雨なら大丈夫だ。しかし、水汲みで行き来するには頼りない。そういう場合、私たちはわらを編んで作った笠を被る。
ボゥお姉さまには少し小さいが、私達ならば肩まで雨から守られる。とっても便利。
食料棚にははちみつが戻っていた。私は見て見ぬふりをして料理を続けた。
朝ご飯の時間に集まった時、どことなくぎこちないボゥお姉さまを見て、私はまずやるべきことに気が付いた。
「ボゥお姉さまおはようございます、お返事最後まで読みましたけど、リクエストが書いてませんでしたよ? だから今日は大きな卵焼きです」
「…………ッ」
ボゥお姉さまが驚いたようにこちらに顔を向ける。私はなんでもないという顔で笑った。
結局、私がボゥお姉さまに出来ることは別にどうってこと無いという顔をして笑うことしか思いつかない。今まで通りに振る舞うことだ。
きっとボゥお姉さまは救いを、許しを求めているのだろう。でも、それは私が安易に与えられるものではない。
何も知らない、当事者ではない私から与えられる口だけの許しでは、ボゥお姉さまは傷付くだけだろう。
お姉さまを救えるのは当事者。排斥された『人間以外のヒト』からの許しだ。
だからボゥお姉さまは、エーコちゃんと仲良くならなければならないと、私は考えた。
ニカお姉さまは違う考えみたいだけど。どうしようかな。
おやつには、砕いた木の実をはちみつに混ぜて作った飴みたいなものが出てきた。
エーコちゃんの想像とは違ったみたいだけど。とっても甘くて美味しかった。
語学のテストで一番だったトチェドとロドゥバは多くのもらえる権利があったがふたりとも辞退した。
いつものすまし顔ではなく、頬の緩んだエーコちゃんにと渡していた。気持ちはわかるよ。
「今日のテキストは〜、こちら! じゃかじゃん、『六龍歴1049年 第二次ラッハ反乱軍討伐隊目録』『六龍歴1050年 対ラッハ連合軍目録』」
「手前は急用を思い出しました」
「そんなに数字が嫌い?」
「嫌いです」「数字ですの……?」
タイトルだけで数字の気配を嗅ぎ取ったヘアルトが逃げ出そうとするのをニカお姉さまが捕まえる。
その脇で青ざめるロドゥバ。
ひたすら貴族の名前と用意した兵科と装備、糧食なんかの数を羅列したこの二冊は、早い話が戦後の報奨のために誰がどれだけの出費をしたのかの目録だ。
司書先生によれば、対になる戦果関係の目録もあるのだそうだが、今回はこの二冊だけである。
タイトルの時点で想像つくことだけれど、これは中々に恐ろしい。
たった一年で、同じ家なのに多くの代表者が変わっている。『討伐隊』に参加した家の兵数は軒並み縮小傾向にある。
だけれど『連合軍』の総人数は『討伐隊』の三倍以上、これが何を意味するのか。
「『反乱軍討伐隊』は大敗したという事ですか」
「なんで数字を並べただけで変な絵を書いて、しかもそんな事までわかりますの?」
「数学だよ、数学」
私とチオット、トチェドの三人は、畑の取れ高の記録から表とグラフを作り、数年分の比較をするとかいう学者さんみたいな授業を受けているのだ。
それに比べると今回はかわいいものだった。
「馬が減って、この、なに? 攻城兵器っていうのが増えてるよね。『連合軍』はラッハを追い詰めて城攻めなのかな」
「違うんだな〜、ラッハは遺跡から掘り出した古代兵器や、竜騎兵が主力だったから、対処方法として大型兵器に頼らざるを得なかったのさ〜」
ここで言う竜とは『世界龍』やその眷属のような神聖な存在ではなく、野生動物に近い存在だ。
牛より大きな大トカゲや、空飛ぶ羽根トカゲに乗って戦う蛮族の戦士。『カルマ・ノーディ』にも登場していた。
「司書先生、その……この目録は、その……名前順でも、爵位順でも、ありませんよ、ね……?」
「いいトコ気付いたねチオちゃん。それは貴族の係累順だね〜。貴族の名字は『家名』と『主家名』を繋げてるんだよ」
「わたくしの『ヴェーシア侯爵家』は『シア家』を主家とする「ヴェース家』なのですわ。
この修道院も前四大公爵『ルクス家』を主家とする『パトリ家』の方が作られたのでしょう…………なんですの、その顔は」
私を睨みつけるロドゥバ。『聖冠教会』が『神聖ホリィクラウン法国』だった頃の貴族が建てたのだろうけれど、そんな由来があったとは知らなかった。
「いや、単純に知らなかったから感心してる、すごいねロドゥバ……」
「こ、これは貴族ならば当然の知識、大げさですわ!」
「そのルクス主家はまだ残っているんですか?」
「理由は存じませんけれど、没落か取り潰しですわね。ルクスを主家とする名前は残っておりますけれど、ルクスから始まる家名は記憶にございませんの」
「手前も存じ上げませんね」
二人の話で、私はルクスを主家とする貴族に心当たりがあることに気が付いてしまった。
ティカイの街の領主ティカイルクス子爵……私の、この一帯の人々の敵、圧政者。




