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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第三話【マージナル】

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その09 好きの気持ちは嘘じゃない

「わたくしがこの巻を知らなかった理由がわかりましたわ」


 朗読会の後、厨房で司書先生に喉に優しい薬湯を飲ませていると、興奮冷めやらぬロドゥバが入ってきた。


「どうしたのいきなり」

「リノイン先生、五巻は帝国では売られておりませんわね?」

「わかる〜?」


 その場にいた私とチオット、そしてトチェドの三人で顔を合わせる。

 売られていない? 販売禁止ってこと?


「この本は……刺激が強すぎますわ」

「……お姫様の事ですか?」


 あの後、吸血鬼(ヴァンパイア)の姫は別れを惜しむカルマに『妾を傷物にした責任を取れ』と言い放つ。

 姫はカルマに名前を伝える。その名を知るのはこの世に一人。良人になる男だけだとも。


「前々からカルマは『亜人』を大事にしていましたが……『亜人』との恋愛や婚姻まで描いてしまうと、帝国の役人が黙っていないと思いますわ」

「目の付け所がいいね〜、そうなの。売っちゃ駄目らしくてさぁ。まあ、毎回チキンレースだったんだけどね〜」


 私はハッとした。チオットたちも気付いたようだ。カルマ・ノーディは単なる娯楽小説じゃなかったってこと?


「『亜人』との恋愛は、正直ゾッとしませんわ」

「そうですか?」


 ロドゥバに口答えをしたのは意外なことにトチェドだった。彼女はちょっと悲しそうに、あるいは寂しそうに言葉を続けた。


「好きな人が、『人間以外のヒト』だったとして、好きな気持ちは嘘にはならないですよ? お互い言葉が通じるし、わかり合えるなら、友達にも恋人にも……」

「なれませんわ!」


 一喝して飛び出していくロドゥバ、平民だけでなく『人間以外のヒト』も差別対象か。何がしたかったのやら。


「あらら〜、感想会をしたいなら素直に言えばいいのにね〜」


 へらへら笑いの司書先生、私はふと、チオットとトチェドが気になった。

 真っ赤になってもじもじしてるチオットと、自分が言ったことに恥ずかしくなってるトチェド。んん? んんん?


 もしかして私、チオットの夢を見ない方がいいのかなぁ??




 幼年学校も今日で最終日、今日の夕飯は厚焼きベーコンとカブのスープで、明日の朝にはかぼちゃの包み焼きだ。

 年少組は二桁の足し算引き算、九九、簡単な割り算までを終わらせた。文字も少しは読めるようになったので、午後は好きな本を読んだり、あるいは指さしながら読み聞かせをしたりとなる。


「トチェドはさ……」

「え? なんでしょう」

「やっぱりなんでもない」


 今日も寝不足気味な顔のトチェド。

 詳しく考える必要はないし、知らないほうがいい。


 もしもトチェドがへアルトの言う通り男の子だったとしても、あるいはただ女の子が好きなだけかもしれなくても。

 トチェドは優しくて賢くて、何よりもいい奴で、チオットの事が好きで、ついでにチオットもまんざらじゃないならそれでいい。


 おやつの時間を見計らい、私はチオットの視線を感じながらエーコちゃんに近付いた。

 今日のおやつは乾燥豆。今晩と明日のごちそうの下ごしらえの関係で、かなりの手抜きだが子供たちは喜んでいる。


「エーコちゃん」

「イウノさん、どうかされました?」


 豆を齧るのをやめて、大人びた視線が私に向けられる。

 私は隣に座り、自分の分の豆を齧りながら口を開いた。


「アクリスの話、もしかして詩人さんに聞いた?」

「あれをご存知なのですか?」


 あれ扱いとは酷い言われようだ。

 確かにだいぶ胡散臭い人だけれど。


「年齢不詳で性別も分からない詩人さん?」

「名前は名乗らないし、そもそもフードのせいで顔もほとんど見せない詩人です」


 同一人物だ。私は安心した。


「じゃあ、多分エーコちゃんの聞いた話は本当だ。だけど私は力になれない」

「………………」

「私は『人の秘密を調べること』に拒否感があるみたい」

「ニカトールさんよりも口が軽いかと思って聞きましたが、人選を誤ったようですね」


 私は苦笑いした。

 新人ぽいロドゥバとヘアルトは論外。喋れないボゥお姉さまも聞きようがない。

 チオットとトチェドは性格的に情報収集に向いていなさそう。


 そしたら残るのは私とニカお姉さまになるわけか。


「残念ながら、ニカお姉さまの方が口が固いので人選は間違ってないかな。

 所で一つ確認したいんだけど、アクリスが見つかったとして、害意はないんだよね?」


「…………ないです」

「そっか」


 ならばエーコちゃんの目的は、武器とか技術とか知識だろう。


「だったら、ソバ村に戻らずこのまま修道院に残ったら?

 詩人さんの紹介なら院長先生も受け入れてくれると思うよ」

「でも、私にはお金が……」


 私は笑い、エーコちゃんの背中を叩いた。

 聖パトリルクス修道院は寄付金を求めない。他の修道院は知らないけど、少なくとも院長先生はお金を要求しないのだ。


 聖パトリルクス修道院の門は、求めているすべての女性に開かれている。


「院長先生に相談してごらんよきっといい返事がもらえるからさ」

「…………はい」


 さて、これでもう少しで今年の幼年学校もおしまいだ。

 問題ごとの片も付きそうだし、聖パトリルクス修道院は今日も平和だ。

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