その01 宣戦布告
|イニアンの月(11月)が終わり、|アーティバルの月(12月)がやって来る。
これから冬は深くなり、|リムエロの月(2月)までは厳しい寒さが続くだろう。
その間は幼年学校は無し、農家は冬野菜や糸紡ぎ、内職で日々を過ごす。
聖パトリルクス修道院はいつもと同じ、自給自足とお勉強だ。
さて今月から、聖パトリルクス修道院には新たな仲間がやってきた。
銀色のふわふわ髪に深い緑の瞳、大人びた言動の少女、エーコちゃんである。
「エーコです。『結晶葉の森』から来ました」
「聞いたことのない地名ですが、その田舎はどこにございますの?」
子供たちが帰った午後、お茶の時間に中庭で一礼したエーコちゃんに、案の定絡んだのはロドゥバだった。
私の非難の視線などものともしないで高慢な態度。しかしエーコちゃんは大人だった。冷めた表情で平坦に答える。
「ハインラティア王国、西部にある針葉樹林帯にありました。ご存知ないのも当然でしょう。三年前に『カーツ=マイレン』の侵攻を受けて地図から消えました。
残っているのは一面の雪原だけですので」
「…………そ、それは」
ロドゥバが青ざめる。というか、平然としているのは院長先生とニカお姉さまの二人だけだ。
『カーツ=マイレン』。『冬の魔王 カーツ=マイレン』は北方のハインラティア王国を侵略する災厄の名だ。
恐ろしく強力な魔族で、氷と吹雪の支配者である。
ハインラティア王国史に幾度となく姿を表し、何度もその時代の勇者に討伐され、数百年の眠りを経て蘇るらしい。
「みんなもう自己紹介はいらないよね。明日から『見習い』として働いてもらうんだけど、朝当番は重労働だし夜当番の方に入ってもらおうかな」
「え、贔屓ではございませんの!?」
「ロドゥバさんはイウノより身体が大きいんだからできるでしょ? こんな小さい子に朝のお仕事は難しいわ。もう少し大きくなったらね」
エーコちゃんの過酷な過去など聞こえていないかのように。朗らかに微笑みながらニカお姉さま。
私達がやっている、早朝の水汲み動物小屋の掃除、朝ご飯までが朝当番。
動物の収納と夕ご飯、消灯の確認が夜当番。
現在朝当番は私とロドゥバ、ヘアルト。
夜当番はチオットとボゥお姉さま、ニカお姉さまで行っていた。
朝当番の方が大変なので、エーコちゃんが慣れたらニカお姉さまが朝当番になるだろう。
そしたら当番が回ってくるのが四日に一度。やったね!
「チオット、任せて平気? 難しいならお姉さんがやるけれど」
「だ、大丈夫……です。よろしく、ね。私もハインラティア西部の、トークの街の出です」
「トーク、私が最後に寄った時には最前線でしたね。チオット先輩、よろしくお願いします」
エーコちゃんの大人びた雰囲気は、これまでの殺伐とした環境のせいなのだろうか。
そう考えると胸が締め付けられる。私はとても幸せな、平和な世界にいるのだと実感させられる。
「これで『見習い』も六人か、悪くない数さね」
「そういえば手前らが来る前に、人数が減ったと聞きましたが?」
ヘアルトの問いに私は肩をすくめた。あまり楽しい記憶ではない。
「『お行儀見習い』に来てた娘がね、『見習い』を根こそぎ連れてっちゃったのさ。六人もね。残ったのはイウノとチオットだけ」
そうなのだ。あれは|リトスダニの月(10月)のことだから、一ヶ月前になる。
『お行儀見習い』に来る貴族の娘は、春から秋の半年間が多い。
『貴族学校』の入学は年始で、|イニアンの月(10月)までの十ヶ月を全寮制の宿舎で過ごすらしい。
|アーティバルの月(11月)と|レイビスの月(12月)は長期休暇で実家に帰る。つまりロドゥバは学期末に追放されたのだ。
もう少し早ければ『貴族様』が二人になってたいそう面倒くさかっただろう。
「六人も平民を連れて行ったのですの? 貴族の誇りというものがございませんの?」
「ロドゥバがあの時期に居なくてよかったよ、すごくうるさそう」
当時いた『貴族様』は、自分では食器の一つも運ばないような娘だった。
伯爵令嬢だとかなんとか、つまりロドゥバよりも家の格は上だ。
とにかく、貴族学校に連れていってもらえば、平民の娘の見たことのないキラキラした世界だ。
彼女はそれを餌に『見習い』たちを誘惑し、そして全員連れて行った。
本当に嫌な奴だった。
まあ、向こうはくるものは拒まずで来ないものは無視だったので、私とチオットはほとんど口も効かずに過ごしたんだけども。
「ロドゥバは趣味じゃねェみたいだが、実際流行りなのさね。
うちも就職先の斡旋ができて大助かり、向こうさんも安い人件費で忠実なしもべが手に入って大助かり。
親元も仕送りが多くて助かるし、当人たちも憧れの世界を楽しめる。
みんなハッピー、それでいいじゃねェか」
魔女の笑みで院長先生。しかしロドゥバは不服の様子。
「貴族と平民では生き方も考え方も違いますのよ。相容れないものなのです」
「そうてすよ、いいように使い潰されないか心配です」
ロドゥバに賛同する私であるが、『貴族様』は私の言い方にも文句がある顔。
しかし小さく息を吐き、胸を張ってふんぞり返る。
「前から思っておりましたがあなた、わたくしへの敬意というものが足りておりませんことよ!
これから、格の違いというものを身を持って教えて差し上げますわ! オホホホホホ!!」
立ち上がり高笑いするロドゥバ、久しぶりに見た気がする。もしかして子供たちの前では遠慮してた?
「何を仰っているか分かんないんですけど?」
「うふふ、こないだのイウノちゃんの考えを聞いたロドゥバちゃんがね」
おばあちゃん先生がニコニコしながら手を頬に当てる。
「かか、関係ございません! 単に! わたくしが真実学力優秀だと知らしめようというだけですのよ。
今週の勉学は地理か歴史と聞きましたの。地理歴史政治言語学なら、あなた方平民なんぞに遅れは取りませんわ!」




