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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第二話【11月の幼年学校】

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その03 些細な揉め事

 おやつの後は片付けの時間だ。

 お料理組は地獄の食器片付けタイムである。


 その間に私たちは子供たちと寝る場所の準備だ。


「さあさあ、藁を運ぶよ! 敷き詰めて敷き詰めて!」


 この所天気が良くて本当に良かった。しっかり乾燥させておひさまの匂いの藁を、普段食堂にしている広間に敷き詰める。

 ここに毛布やシーツをかけて、雑魚寝ベッドの出来上がりだ。


 しかし、当然始まる藁遊び。飛び込む、埋まる、投げ合う。楽しいのは分かる。


「これは大惨事ですね」

「あれ、食器はいいの?」

「メイドはベッドメイクが得意なんですよ」


 そんなお上品なものではないけれど。

 当然だけどいたずら小僧もたくさんいる。部屋の向こうではトチェドが頭からシーツを被せられてスカートをめくられている。


「こらー!」「なんですのこの有り様は!!」


 雷みたいな声がした。止めようとした私も含めて、子供たちが全員動きを止めていた。


「代表者! 各村の代表者は統率をなさい! トチェドもトチェドですわ! 貴族たるもの毅然となさいまし!」


 目を三角にしたロドゥバが無駄に、いやこの場合はいつもと違って有効だ。

 とにかく優れた肺活量とよく通る声で一喝した。


「代表者は挙手なさい! それ以外の者は座りなさい!」


 言われて四人の子供が手を上げる、さっきのエーコちゃんもいる。

 ビーンくん、シーナちゃん、ディーノくん。


「スグ村の代表者は?」

「イウノお姉ちゃんでは?」


 村の子に言われて、なにか違うとは思いつつも私が挙手。

 スグ村は規模が小さいので四人しかいないし、最年長も八歳だ。代表になるのもやぶさかではない。


「人数が多い村が二つありますわね。ドアから右を半分に割って、自分らの領土として整備なさい。

 残りの三村もできますわね?」


 ロドゥバのくせに仕切るとは生意気……と言いたいが、私はこっそり感心していた。

 前にいた『貴族樣』は自分で動きも考えもしないタイプだった。しかしロドゥバは率先して命令する。


 大上段からの命令では反発もあるだろう。だがこの手際、貴族学校で成績優秀は嘘ではないのかもしれないぞ。


「村ごとに分かれたらロープを引いて、カーテンで仕切りを作るからね」


 雑魚寝ではあるが、よく知らない人たちと仕切られるだけで安心感が違う。

 私はスグ村の子供たちとさっさか毛布を引き、シーツをかけて整えた。

 隣はエーコちゃんのソバ村と、ビーンくんのチョイ村だ。それぞれ六人ずつ。


 つまり残るソコ村とフキン村はそれぞれ十人以上なのだ。


「もうちょっと詰めなさいよ」

「なんだようっせえな!」


 その二つで早速揉め事だ。陣地の広さでシーナちゃんがディーンくんに文句を言っている。

 正当な要請だが恐らくディーンくんは聞く耳持たない。なぜならさっきまでトチェドに率先してイタズラしていたのはディーンくんで、今は咎められてふてくされているからだ。


「こっちの村は人数少ないから、もうちょっと寄っても平気だよ」


 揉め事は困る、仲良く譲り合いでやっていきたい。これは私にも言えることで、子供たちがいる間はロドゥバが気に食わなくても許す気持ちを忘れてはならない。

 私たちがギスギスしてたら、子供たちも嫌だもんね。


「オホホホホ! わたくしの素晴らしい統率力が冴え渡りましたわね! その調子でしっかり命令を聞きなさい平民ども!」

「ロドゥバ、その言い方はないでしょ!」


 反射的に怒鳴りつけてしまった。

 許しの心は忘れがち。


 いがみ合う私達を横目に、ヘアルトがビーンくんとディーノくんの方へ行き、境界線の調整をしてくれる。

 助かるなあ。


「どうだーい? 進んでる? お、今回は早いね、みんな偉いじゃん」


 入口を開けて覗き込んだのは、司書先生だ。砕けた雰囲気でウィンプルも被らず、栗色のボサボサ髪を露わにしている。

 瓶底眼鏡にヘラヘラ笑い。一見先生には見えないけれど、凄い学者さんでもあるのだという。人は見かけによらない。


「誰ですの?」

「誰? イウノん、おせーて」


「司書先生、あちらは先週から修道院に入ったロドゥバさんで、こっちはヘアルトさん。

 二人共、こちらはリノイン先生。いつもは図書室に居るよ」


 司書先生はふむふむと頷き、しかしすぐに興味を失った顔で部屋を見回した。


「さっさと片付けてね〜。夕飯の後はお楽しみの読み聞かせがあるからさ」

「読み聞かせねぇ……子供向けの寓話でもありますの?」


「いんや、『冒険商人カルマ・ノーディ』さ。ご存知? 大衆向けの娯楽物だけど、結構な人気だよ」

「ご存知も何も、全巻揃えておりますのよ!」


 ちょっと意外だ。司書先生の言う通り、大衆向けの娯楽小説をロドゥバが読んでいるだなんて。


「お、やっぱりアレかい? 本の印刷と大量生産に興味を持った親御さんが?」

「そうですわ。しかもまあ読んでみたら止まらない。英雄譚に下賤も高貴もないということですわね」


 本というものは、基本的に写本で増える。大変な労力を必要とする代物だ。

 しかし、『冒険商人カルマ・ノーディ』を出版した商会は、『印刷』という技術を発明して、質の悪い紙で安い本を売り出したのだ。


 なんでも院長先生は商会と仲が良いらしく、印刷技術にも一枚噛んでいるらしい。

 それで新刊が書き上がったら、初刷を回してくれるのだ。それが入ったのが……|タバドの月(9月)だったかな?


「ならさ、六日目を楽しみにしてなよ。最新六巻を読んだけるよ」

「待って待って待ってくださいまし……最新は今年春に出た四巻なのでは……?」


 どうやら、流通の方はまだまだ課題があるみたい。


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