その02 少女A
「子供に男の子も混じっていますけれど、修道院とは男子禁制ではないのですか?」
「もちろん男子禁制さね。さてイウノ、なぜだと思う?」
おやつを配りながらのヘアルトの問いに、院長先生が魔女の笑みで私に尋ねる。なぜに?
ニカお姉さまの警告からこちら、ロドゥバへの悪態を除いて礼儀正しく仕事も早いできる奴、それがヘアルト。かれこれ一週間の付き合いになるが、私はすっかり気を許していた。
食事の時なとは仕方ないが、できるだけロドゥバとは近付けない方針が暗黙の了解となっている。
ヘアルト自身も陰で意地悪をしたりする気はないようで、なにかにつけてロドゥバの陰口を叩く以外は害がない。
「『貴族樣』のお嬢さんを預かるからですか?」
「それは最近の理由さね、ヘアルトもそこまでは分かってるだろ?」
「イウノさんはロドゥバと違ってハキハキ答えて気持ちがいいですね。しかしまあ、伝統的に男子禁制ならば別の理由がありますでしょう?」
私は子供たちがケンカしたり逃げ出したり井戸に飛び込んだりしないように目を光らせながら考え込む。
ごめんムリ、考え込めない。
「あの……いいですか?」
珍しくチオットが会話に入ってきた。
警戒心の足りない私と違い、内気なチオットはヘアルトやロドゥバと面と向かうことすらできていない。
「女の人が、逃げ込むためだったのでは……?」
「チオット、そりゃ反則さ」
「ご、ごめんなさい院長先生……」
尻すぼみに謝るチオット。……反則? 私はすぐに理由に気がついた。
なるほど、反則だ。そして私は気が付かなければならなかった。
そうだった。チオットは男の人が苦手で修道院に来たのだ。
「あー、ごめんねチオットちゃん」
「なるほど、乱世で一族皆殺しから逃れた妾腹の娘とかの避難場所だったのですね」
ヘアルト、殺伐としすぎてません?
まあね、近年は平和だというけれど、私が生まれる前はそこら中で戦争だなんだと大変だったらしいしね。
ちなみに帝国以外では、北にも東にも魔王がいるらしいし、南の方では戦争しているらしい。まるで実感ないけれど。
「今もいるさね。政略結婚逃れの貴族子女、暴力男から逃げる女……うちの司書もそうだな」
「司書先生?」
「誰ですか」
「アイツ食事時に寝てっからな……」
司書先生、リノイン先生は夜型の上に常に図書室に引きこもっているため、ほどんど顔を出さない。
悪い人ではないが、かなり偏屈ではある。この狭い修道院で一週間も顔を合わせないとか、恐らく一度も図書室を出ていないのだろう。
「おっと、失礼しますね」
私は飛び出した。隣の子の肘が当たってミルクをひっくり返されて泣き出した子供がいる。泣きながら掴みかかり、相手のコップを奪おうとする。
相手も同じ目に合わせようとしているのだ。
「そこー! ケンカしないの! まだお代わりあるからさ!」
子供たちは出身村ごとで集まる傾向にある。喧嘩が始まったらすぐに村の全員が参加しての大乱闘だ。
ケンカが始まる前に止めなければならない。目を光らせるのが院長先生と私の仕事だ。
「こら」
だが、今回に関しては事態は悪化前に収束した。私が飛び出る必要もなかった。
ひっくり返した方もわざとではない、しかしその子の頭をポンと叩き、頭を下げさせる同じ村の子。
「……ごめんなさい」「うー……いいよ」
「よく言えました。わたしのを飲んでいいよ」
大人びた雰囲気の女の子だ。ふわふわの銀色の髪、お人形みたいにかわいい。
「ありがとう、ケンカ止めてくれて」
「いいんです、こっちの子がぶつかったんだし」
初めて見る子だ。十歳か、それに近い年齢だろう。引っ越して来たとかなのかな。
「お代わりいる?」
「みんなの分もありますか?」
「ううん、こぼしちゃう子とか居るからさ」
彼女は少し考えて頭を振った。大人びているとは言ったけれど、落ち着きがありすぎる。私やロドゥバよりも、ニカお姉さまぐらいの年齢に見えた。
「なら結構です。他の子にあげてください」
「わかった。それと私に敬語はいらないよ、修道女でもただの『見習い』だからね。
私はイウノ。スグ村のイウノ」
「ソバ村のエーコです」
私は手を振り、院長先生たちの所に戻る。泣いていた子を同じ村の男子が慰めている。
十歳なのに身体が大きいビーンくんだ。ということはあそこはチョイ村だな。
「いよーう、我らが『国家間調停官』殿。見事なお手前でございましたな!」
「院長先生、なんですかそれ?」
「昔そういう仕事があったンだよ。聖冠教会が『神聖ホリィクラウン法国』だった頃だな」
歴史で習った記憶がある。三十年以上前だ。聖冠教会は修道院も属する組織、神様を信仰する人たちの権威なのだが、昔は他の国の政治に口を出せるほど力が強かったらしい。
「どんな仕事なのですか?」
さっきのエーコちゃんとビーンくんがにこやかに話をしている。それを眺めながらヘアルト。
「名前通り、国境での揉め事の仲裁さね。不満を解消したり、逆に煽って爆発させんのさ」
「はぁ? 爆発させちゃダメなんじゃないんですか?」
「色々あンだよ。力を持ちすぎた国ってのはロクな事をしねェからな」
「あ、ごめんなさい」
院長先生の話しの途中だったが、私は飛び出した。井戸を覗き込んている子供たちをふん縛らねばならない。




