その01 人口密度が五倍超
|イニアンの月(11月)も半ばが過ぎて、森の木の葉も色付いてきた。
朝晩の冷え込みがひどく、水汲みが大変な時期がやってくる。そんな折に、聖パトリルクス修道院の人口密度は普段の五倍以上になった。
お日様ぽかぽかの|狼の半刻(午後1時)、中庭は子どもの大群で埋め尽くされていた。
「はい、みんなお姉さんたちに挨拶をしてください」
「「「よろしくおねがいします!!」」」
「ヒヒヒ、元気がいいねェ、こりゃあ食い出がありそうだァッ」
「魔女だぁ!」「キャー!」「あはは!」「院長先生、脅さないで!」
ティカイの街の外れにある聖パトリルクス修道院には、年に数回周辺の村の子供が集められる。
私こと聖パトリルクス修道院の修道女『見習い』イウノの出身であるスグ村だけでなく、ソバ村、チョイ村、ソコ村、フキン村。
集められるのは三歳から十歳までのちびっこたち。
聖パトリルクス修道院は臨時の託児所件学校として、一週間ほど子供に蹂躙されることになるのだ。
「…………何が起こっているんですの?」
「昨日夕飯の時に院長先生が言ってたでしょ?」
「子供が一週間勉学を学びに来るとは聞いておりましたけれど、この数はおかしくありません? 手に負える気がいたしませんわ……何人おりますの?」
荷馬車で次々運び込まれる子どもの分量に愕然としたロドゥバ、彼女はまだ何もわかっていない。馬車に揺られてやってきた子どもたちは今現在は疲れていて、とてもお行儀がいい。
「はーい! じゃあ元気よく人数を数えましょ! 順番に手を上げながら数字を言って!」
「いち!」「にい!」「さん!」「し!」
ほとんどの子が、何度も修道院に遊びに来ている。慣れた様子で点呼が進む。
「さんじゅなな!」「さんじゅはち!」
「はーい! みんな元気に数えられました!」
「…………統率できてますのね」
「私も農民出身だからね、まだ野良仕事を手伝えないお姉ちゃんがまわりのお家の子の面倒を見るのよ」
実は子供の扱いが手慣れてるのは先生方を除けば私だけ。なのでこの子達の引率は自動的に私になるのだ。
「という訳でロドゥバ、明日からは当番の仕事一人でやってね」
「はぁ!? 冗談ではありませんわ!」
「ロドゥバさん、本当は一人でやるべきお仕事なのよ。それともイウノの代わりに子守りやる? 大丈夫、朝ご飯はお姉さんが作るから、動物のお世話と水汲みと掃除だけだよ。いけるいける」
軽やかな笑みでニカお姉さま。誰にでも優しく、朗らかなニカお姉さまなのだが、実は子供の相手は得意ではない。
修道院に入るまで子供と接してこなかったのだという。ちよっと驚きだ。
ニカお姉さまは頭がいい。そして、とっても理知的な人だ。だからなのか、論理的に話し合えない相手を苦手に感じてしまうらしい。理詰めが効く子ならなんとかなるらしいけど、年少組は完全にお手上げだ。
体が大きなボゥお姉さまは初対面では泣かれるが、子供はすぐに慣れるもので大人気。けれどもいかんせん喋れないのが辛すぎる。
はにかみ屋のチオットは論外。意外と子供の扱いの上手いのが『貴族樣』のトチェドだ。
先月まではもう少し人が居たのだが、ある事情で大幅に減った。お陰で一人頭の仕事量が倍近い。
「私含めて三人でこの人数は難しそうですね〜、ロドゥバちゃんかヘアルトちゃんは頼れなさそうですか?」
「ロドゥバは無理そうです。ヘアルトは…………どうだろ?」
いつも柔和なおばあちゃん先生。ぽっちゃりとしていて動きもゆっくり。子供を追い回すのは正直無理だ。
トチェドも、動きが機敏な方ではない。
「ヘアルトに任せてはなりませんわ」
「あの、どうしてですか?」
「言えませんわ」
不機嫌そうにそっぽを向くロドゥバ。勇気を出して聞いたのにつれなくされて泣きそうな顔のトチェド、君たちは大人なので自分の問題は自分で解決してください。
「は、はぁい、おやつ、ですよお」
「みんなの分があるからね! 並んで並んで! ちっちゃい子が先、大きい子は面倒を見てあげてね〜!」
蚊の鳴くような声のチオットといつも通りのニカお姉さま。
料理上手の二人と、元メイドのヘアルトが大鍋料理やおやつを担当することになっている。
今日のおやつは温めた山羊乳と、この日のために購入された丸パンだ。
この一週間、調理場は戦争となる。洗っても洗ってもなくならない食器と、作っても作ってもなくなるお料理との。
私の趣味、薬湯のための小部屋は片付けた。と言っても、広げなければ一箱に入るようにしているので手間ではないのだけど。
そこに、子供たちを荷馬車で連れてきたおじさんたちとボゥお姉さまがエッサホイサと荷物を運ぶ。
子供たちの食料と勉強と面倒を見る費用もとい寄付の野菜や香辛料、漬物、塩漬け肉、チーズにお酒、麦や穀物みたいな食料品だけではなく、革製品や帆布なども。
聖パトリルクス修道院は卵と畑の野菜で自給自足に近い生活をしているが、やっぱり本業には敵わない。これから冬になるし、蓄えも必要だ。
「じゃあロドゥバちゃん、トチェドちゃん。今のうちに職人さんたちを案内しますよ〜」
一緒に来た職人さんに、壊れた場所の修理もお願いしている。
「イウノはどうしますの?」
「子供の相手でーす」
おやつを食べ始める子供たち、しかし目を離すと何が起きるか分からないからね。




