ルウラからの旅立ち
その日の夜。ルウラの街の活気を象徴するギルド隣接の酒場にて、グレンの送別会、王宮への栄転が決まったフィルネの祝賀会&送別会。そして新人──ベロアの歓迎会を兼ねた、かつてない規模の飲み会が開催された。
グレンは人の密度が高い空間を苦手としていたが、蓋を開けてみれば場の空気の九割以上をコミュ力おばけであるベロアがかっさらっている。
主役の片翼であるはずのグレンとフィルネには、狂乱の渦から切り離されたテーブルの端で静かに食事を楽しみながら二人っきりで対話するという、二年間の業務期間を通じて初めての貴重な機会が訪れていた。
「────でも、まさかフィルネがナルシーさんの補佐に入るとはね。予想外だったよ」
「……正直、私もかなり迷ったわよ。でも、収入面は改善されるし。何かあっても王国騎士に優先的に守ってもらえるから。……正直、私みたいな庶民には勿体ない話よね。でもまあ、もうギルドに居ても最高のストレス発散だったサンドバッグがいなくなっちゃうし。……丁度良かったわ」
フィルネは毒舌混じりに笑いながら答えるが、その瞳の奥には隠しきれない「寂しさ」が揺れている。
グレンとて、この二年間の大半を彼女と共に過ごしてきた。なんだかんだ想い出は多いので、「別れ」を目前にすると感慨深いものがあった。
もっとも、グレン自身は空間転移を使ってちょこちょこルウラに戻る予定だ。それは秘密保持規約に抵触し、フィルネには言えなかったが。そうじゃなくても、ルベリオン王国とグレンが向かうピュアル公国は、軍事・経済における友好国だ。
手に負えない高難度の事件や魔物災害が発生した際、ルベリオンの精鋭騎士団が技術支援に乗り出す場面は過去に幾度となくある。
詰まるところが、ナルシーと共に行動する彼女とは何処かでバッタリ遭遇する可能性も十分にあり得る話だった。
「それより、あの新人の事よ。あの若さでいきなり本部から送られて来るなんて、最初の頃のキミみたいよね。……それとも本部は、若手を現場へ放り出すのが伝統なの?」
「いや……。まあ、概ねそんな感じの認識で合ってるよ。ハハハ……」
笑って誤魔化しつつも、実のところグレンだってベロアの正確な素性は把握していない。だが、かつての自分がそうであったように彼もきっと理由があってギルドマスターに拾われ、その道を歩まされているのだろう。
ただ、彼の精神年齢の幼さを見る限り、ルウラの住人に対して「ソティラス」という機密属性を隠し通せるかは極めて不安だった。
特にフィルネは異常に鋭い。ベロア自身がウッカリとソティラスの事を漏洩させても不思議ではない。
故に、彼女がギルドを辞めるこのタイミングでベロアが派遣されて来た事は、結果的に良かったのかもしれないと、グレンは考えていた。
そんなグレンの考えを読み取ったかのように、フィルネは唐突に悪戯っぽい笑顔で質問を飛ばす。
「で。……結局、キミは何者なの?」
「何者って……。従業員だけど?」
「ただの従業員は、夜な夜な売れ残りの依頼を執行したりしないと思うけど?」
「まあ……あれは、単なる小遣い稼ぎというか、なんというか」
フィルネは楽しそうに笑っているが、グレンのその場しのぎの返答が、苦し紛れの嘘であることを完全に見抜いているようだった。
「……まあいいわ。これからも私の方が王宮職で更に立場は上なんだから。どこかで会った時は、ちゃんと挨拶しなさいよね!」
「……も、もちろんだよ。フィルネも、あまりナルシーさんを困らせないようにね」
「ここ最近、物怖じせずに言い返すようになったよね。当初のオドオドしてた頃の方が可愛げがあったかも……」
と、笑うフィルネを見て、グレンも自然と笑みが零れた。
彼女の言う通り、最近のグレンはルウラに来た当初よりも明るく、外交的なものへと自変化している事を自覚している。
だからこそ、次の街でも上手くやっていけるだろうと確信していた。
その後、宴の会場は相変わらずベロア中心に盛り上がり続け。最後は集まった同僚たちに向けて、グレンなりの精一杯の語彙を尽くした「別れの言葉」をスピーチし、会は無事にお開きとなった。
従業員たちが各々の帰路へ散って行く雑踏の中、フィルネが最後に少し照れくさそうに足を止め、グレンを振り返った。
「……じゃあ、元気でね。またルウラに来たら……絶対に私の所に来なさいよ」
「うん。フィルネも、元気で……」
フィルネは短くコクりと頷くと、小さく手を振って夜の街へと消えていった。
実際、転移魔法があればルウラに来る事は数秒のタスクだが。その時に『グレン』として彼女と会うかは、グレン自身もまだ決めていない。
ただ、かつては自分をゴミのように見ていた彼女が「再会」を求めてくれた事は、グレンにとっても最大の成長証明である。
飲み会を終えたグレンは、死角となる路地裏から〝転移〟し、森の屋敷へと戻った。
そして、二年以上もの時間を過ごした静かな部屋を見回した。
「……よし、最後の大掃除をやるか」
独り言と共に気合いを入れる。
今日は朝までかけて、世話になった屋敷を綺麗にすると決めていたのだ。
グレンが初めて西方大陸に上陸した際に見つけた〝幽霊屋敷〟は、元の持ち主が亡くなってから撤去もされず、廃墟となり長い年月放置されていると知った。
それでグレンがコツコツと掃除し、修理し、その場所に生活基盤を整えてきたのだ。
その屋敷の管理をベロアに引き継ごうとグレンが決めたのは、ギルドの掲示板の前で彼に教育方針を話していた時だった。
ベロアは当初、街の安宿を拠点にするつもりだったらしいが。ルウラから少し離れているこの屋敷を拠点とする方が、グレンが転移で訪れる際も人の目に触れる確率を限りなく減らせるので都合が良いのだ。
何より、口の軽いベロアを人の多い所から少しでも離せるという安全面でのメリットもある。
────そして、旅立ちの朝を迎えた。
グレンは屋敷の扉を閉める直前、次にベロアがスムーズに入れるよう、自身が敷いていた強固な〝魔力結界〟を解除した。
後は、彼なりに新たなセキュリティを構築するだろう。
屋敷を離れ、ルウラの街へと向かったグレンが、アリアの待つ宿屋のロビーへ顔を出すと。彼女は女将さんと最後のお別れの挨拶を交わしている最中だった。
「────アリアちゃん、寂しくなるね。ルウラに来たら、また是非ここに泊まりに来てちょうだいね」
「はい、女将さん! 絶対にまた戻ってきます!」
「うんうん。……ほら、アリアちゃん。『彼氏』が、迎えに来たみたいだよ……」
女将さんのニタニタとした含みのある視線を受け、アリアは「……えへへ」とはにかんでいた。
〝彼氏〟というタグ付けをされたグレンは、心拍数の上昇を抑えるため、逃げるように足早に宿を出て、外の石畳の上で彼女を待つことにする。
数分後。バックパックを背負い、宿から弾むように出てきたアリアが言う。
「お待たせ、グレンくん! さぁ、まずはどの方角を目指すの? まさか……ファジーロードまで『転移』、なんて言わないよね?」
「……さすがに未知の座標への転移は不可能です。僕も初めて行く場所ですから……。まあ、中継地点を使えば、ある程度は短縮出来ますが……」
「はいはい、少しの転移も禁止ね! せっかく『二人きりの旅』なんだから!」
アリアの顔が真っ赤に染まっていて、それが〝照れ〟なのか〝怒り〟なのかはわからない。
「……そ、そうですね。でも、徒歩だと到着まで結構な日数を消費すると思いますよ?」
「……急ぐ必要、あるの?」
「……いえ。特に到着日の指定は受けていないです」
目的地までは、幾つかの街や村を経由する事になるだろう。
道中、宿に寄る度に〝転移魔法〟を使って、ルウラにいるベロアを見に戻る事も出来るので。わざわざ急ぐ理由はなかった。
「じゃあ。ファジロードに着くまでに、私達の関係ももっと近付けたいな。……ねえグレンくん。これから先は、私の事を『アリア』って呼んでよ」
「よ、呼び捨てはさすがに……」
「……だめっ! 絶対に呼んで!」
語気を強めて言い放ったアリアはグレンの少し先をスキップするように歩き始めた。
グレンとて、彼女にはかなり慣れたつもりでいるが、恋人という(どちらかが宣言したわけではないが)関係になると、また別の種類の戸惑いが生まれていた。
だが、それは前を歩いているアリアも同じようだったので。それならば……と、グレンは勇気を振り絞ってアリアの細い手をキュッと握りしめた。
すると彼女は照れくさそうにしながら、グレンにくっつくように身体を預ける。
こうして二人は仲良く、新たなる地──ピュアル公国〝ファジーロード〟へ向けての旅路へと踏み出した。
これにて一旦完結とさせていただきます。
拙い文章で、読者ニーズも考えず書きたいように書いた作品でしたが。
ここまで読んで下さった読者の方々には心から感謝いたします。
本当にありがとうございましたm(_ _)m
とりあえず他にも勉強がてら書きたいものや挑戦したいジャンルもあるので。
また何処かで見かけた際は読んでくれると嬉しいです




