魔道具技術大会
フィルネの背中を見送った後。夜の帳が下りた視界不良の森という本来なら最悪なコンディションの中、グレンは単独でアダマンサイホン狩りへと出掛けた。
そして、幸運なことに運命の女神は彼に微笑む。
アダマンサイホンがいそうな候補地点を次々と転移魔法で回ったグレンは、三つ目の地点で驚くほど活きの良い正真正銘『生きた』アダマンサイホンに遭遇出来たのだ。
しっかりと魔力を湛えたその角を得るのに実質一時間もかからなかった。
そして、翌日の朝。グレンがその新鮮なツノを抱えてレビルの店へ納品に行くと、彼は徹夜明けの充血した目を子供のように輝かせた。
「──素晴らしい! これは文句の付け所がない、最高ランクのツノです! これなら良い魔導回路を構築できますよ。……追加の報酬の支払いは来月からで良いでしょうか?」
「あ、はい。それなら…実は前の冒険者さんが、あちこちで頻発していたゾンビ魔物の件を知って全額報酬を返却してくれたんですよ」
グレンの口から出た「返却された」という真っ赤な嘘に対し、レビルの張り詰めていた表情がフワッと緩む。
「そ、そうなんですか!? それは良かった!」
そう短く答え、レビルは手に持ったツノを愛おしそうに眺めながらも、その瞳は既に目前に迫った品評大会だけを見据えているようだった。
「この恩は忘れません。……ぜひ当日、大会を見に来てください」
「あ、はい。ルウラの〝魔道具技術大会〟は、年に一度の最大イベントですからね。もちろん見に行かせてもらいます」
「最高の作品を見せますからね!」
レビルの威勢の良い声を背にグレンは店を後にする。
実際、魔道具技術大会はグレンの好奇心を刺激するイベントだった。大会では毎年、既存の魔法を無視したような突飛なアイデアが誕生しており。その中には、実用性を極限まで追求して世界中で標準仕様となった道具も少なくない。
レビルの実家──〝ワーフ魔道具店〟からも、過去に何品もメジャーなアイテムが市場へ排出されている。
今年からは代表職人が若きレビルへと変わるが。魔晶石を完璧に扱った彼の技術ならば、きっと素晴らしい魔道具を生み出すだろうと、グレンは確信していた。
──そして 〝ルウラ魔道具技術大会〟の開催当日。王都の中央広場は溢れんばかりの群衆で埋め尽くされていた。
近隣の村や他の都市からも数多くの魔道具店が臨時の露店を出店しており、型落ちの魔道具などが激安価格で投げ売りされている事もあり、買い物客で広場は凄まじい混雑を見せている。
そして、太陽が真上に昇った頃。
大会の司会者が広場中央に設営された巨大な特設ステージの上に登場した。
「さあ、今年もやってきた! 栄光の〝ルウラ魔道具技術大会〟の開幕だぁ! 各商店の渾身の商品を見て、『スゴイ!』と思ったり『欲しい!』と感じた店に、清き一票を投じてくれ!」
開会の言葉に呼応して、周囲の観客のボルテージが一気に跳ね上がり、大会は華々しく幕を開けた。
大会のルールは簡単。店の代表職人が順番にステージに登壇。自身が魂を込めて製作した魔道具を与えられた時間内で観客にプレゼンしていく。
優勝をもぎ取るためには純粋な性能だけでなく、見せ方の工夫も必要だ。
故に、この大会では、どうしても分かりやすい〝派手な演出〟が出来る作品が多くなる傾向にある。
たった今、グレンが見ていたのは、『魔法の踏み台』と呼ばれるユニークな魔道具であり。その台に乗って軽く跳躍すると。滞空中に二回までなら、そのジャンプした高さに合わせて足元の踏み台が瞬時に自動伸長するという代物だった。
一見して地味に見えるが、高い所の荷物を取りたい時などには非常に実用的だ。使用時の「ポンッ!」とリズミカルに伸びる物理的なインパクトはなかなかのもので、観客からは大きな歓声が上がっていた。
浮遊魔法を扱えるグレンには全く必要ないが、喉から手が出るほど欲しくなった者も多いだろう。
一方で、踏み台の上で連続ジャンプした後の着地バランスを維持するのに相当な運動神経を要求されそうではある。
……要するに、使うユーザーを選ぶ『惜しい』魔道具だ。
しかし、この大会では実用性より、そんな特殊な魔道具を形にできるだけの『高い加工技術』をアピールする事も重要だ。
完璧な完成度を求めるより、職人のポテンシャルを競う場だと言ってもよい。そんな中、一人の若い職人が会場を揺らすほどの大歓声を浴びた。
その職人──『タナトス・ルーザー』は、〝ルーザーズ・マジックショップ〟の次期二代目であり、レビルの宿敵とも言える青年だった。
去年はレビルの父親に一歩及ばず惜敗しているが、それでも弱冠二十歳そこそこで二位という驚異的な成績を残しただけに、今年の最有力優勝候補である。
そんな彼がステージ上で披露したのは、〝鉄壁のリング〟と銘打たれた防衛用アイテムだ。
一見すれば装飾の施された小さな指輪だが、その金属の内側に特殊な多層魔道回路が組み上げられているらしい。
使用者がその指輪に自身の魔力を微弱に流し込むだけで、あらかじめ充填された高度な防御魔法が発動する。
使い捨ての道具かと思われたが、その指輪の真に驚くべきは、内部の魔法式が劣化せず、自身の魔力を供給し続ける限り『数回、数十回と連続使用が可能』な点にある。
組み込まれた回路が本人の魔力を増幅・変換し、内部の魔法テンプレートを再構築する仕組みらしい。
これは、今後の研究次第では、魔法の才能がない一般人であっても、指輪一つで複数の魔法を自在に扱えるようになるという、魔道の歴史を数十年分は進めてしまう可能性を秘めていた。
現状は単純な物理防御魔法しか展開できないようだが、将来的に回復魔法などの複雑な術式が扱えるようになれば、冒険者の生存率は劇的に向上する価値の高いアイテムとなるだろう。
間違いなく、王都のみならず世界中から注目される革新的な発明であると、グレンはもちろん、舞台袖で控えるレビルでさえもその発想に驚きを隠せないようだった。
会場全体から降り注ぐ熱狂的なスタンディングオベーションを浴びたタナトスの後を受け。いよいよ昨年のチャンピオン、本命の〝ワーフ魔道具店〟が満を持して登場した。
レビルは緊張に指先を震わせながらも、右手にアダマンサイホンのツノから削り出した『角笛』を握り締めてステージへ登壇する。
「さあ、凄まじい盛り上がりを見せたルーザーズ・マジックショップ! これを超えることができるのか!? 次は……いよいよ昨年のチャンピオン、ワーフ魔道具店の登場だぁ!」
司会者の熱のこもった紹介により、観客のボルテージは最高潮に達する。
そして入れ替わるようにステージ上でスレ違うタナトスとレビル。タナトスは、すれ違いざまに肩をぶつけ、レビルに向かって「勝負はついたな」とばかりに勝ち誇った笑みを浮かべた。
そんなタナトスの挑発に対しても、レビルは臆することなく前を見据え。静かにマイクの前に立ち、自分の商品の説明を始めた。
「……僕が今回作ったのは、〝迷わずの角笛〟です。説明よりも先に、まずはこの角笛の『音』を聴いてください」
レビルが角笛を力強く吹くと。中央広場全体に聴いた事のないような、不思議で透明感のある『音色』が響き渡った。
その音は、決して鼓膜を震わせるような大音響ではない。むしろ爽やかな春のそよ風や、せせらぎの音のように、聴く者の意識のすぐ傍に寄り添うような優しさを感じる。
しかしながら、この角笛の最大の特徴は──その音が『どこから』鳴っているのかを、聴く者全員が直感的に理解できてしまう事だった。
音源までの距離、方角、高さまでも。吹いている者の場所が脳内に直接伝わってくるような、圧倒的な〝定位感〟が備わっているのである。
その不思議な音色に、熱狂していた数千の観客がピタリと水を打ったように静まり返ったのは、決してシラけたからではない。
その独特な音の質感と、本能に訴えかけるような不思議な定位感の凄みに全員が言葉を失い圧倒されていた。
爆発的な歓声が消え、奇妙な静寂に包まれた場内で、レビルは解説を続ける。
「……この角笛を吹けば。たとえこの西方大陸の端、絶望的に距離が離れていようとも。その音を聴いた者は、吹いた者が『今どこにいるのか』を感じる事ができます。
これを仲間で共有していれば……視界の悪い森の中でも、暗い洞窟の中だろうと。この音色が仲間の場所を教えてくれる。
もう二度と、この世界から『迷子』や『遭難者』は現れないでしょう」
言い切って、レビルは真っ直ぐに客席を見つめた。
その場では、目の肥えた冒険者や商人たちの多くが、その〝角笛〟に秘められし可能性に唸っていた。
とはいえ。「誰でも魔法が使える」という分かりやすい万能感に比べると、この地味な道具の使い道を、この場の何割が想像できるのか……という懸念がある。
実際、盛り上がりだけで言えば、タナトスの時の方が爆発的だった。
「──それでは、観客の皆さん! 投票タイムの開始だ! 自分が一番心を動かされた職人の元へ、投票をお願い致します!」
やがて司会者の合図と共に、広場に集まった人々は各々、自分の心に最も深く刺さった作品を出展している商店のブースへと赴き。
運命の投票が開始された────。




