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戦闘狂


 グレンは、ビリディになんの〝悪意〟も感じなかった。

 では、何故彼は直ぐに自分を追って来たのかを考える。 

 

 アリアを助ける時に打った手刀。

 あれが思ったより痛くて腹が立ったのだろうか? などとバカな考えもよぎったが可能性は低い。


 何故なら、あれだけ上手く捌かれてはダメージなんて殆ど無いはずだからだ。


 では、アリアを奪い返す為か?

 それも考えられない。アリアを降ろしたが手を出すつもりは無さそうだし、そもそも興味が無さそうなのだ。


 今、彼の興味といえば戦闘そのものじゃないだろうか? と、グレンは思っていた。

 ビリディは純粋な〝戦闘狂〟である可能性が高い。


「一つ聞きたいのですが?」

「おう、何でも聞いてこい」


 と、言いながらも斬りかかってくる手は休めないビリディ。

 剣の形こそ湾曲しているが、真っ直ぐな彼の剣筋を紙一重でかわしながらグレンは確認する。


「あなたが水巫女を拐ったんですか? 一緒にいるんですよね?」

「間違っちゃいねぇが、正解でもねぇな。俺が拐ったわけじゃねぇ」


 ビリディの上段からの兜割りを、グレンは風を使い軌道を反らす。

 しかし直ぐに連続で横一線の斬り技が戻ってきた。

 上体を仰け反らせてかわしたが思った以上に速く、グレンの頬に一筋切り傷が入る。


 やはりこの男は強い、とグレンは思った。

 盗賊なんてやってなければ、英雄として名を広める事も出来ただろうにと思わずにはいられない。


「正直、僕は水巫女にはあまり興味がありませんが。返してもらわないと色々と困るんです」

「じゃあ俺を倒して奪えばいいだろうが」


 懐に飛び込んで来るビリディから、距離を離す為に一端後ろに飛び。その直後に〝浮遊移動魔法〟を発動し真横に移動。

 物理を無視したグレンの動きに、さすがのビリディもついてこれず舌打ちする。


「ちっ! おい、逃げてんじゃねぇーぞ」

「そういうあなたは、ワーズサニーの牢獄から逃げ出した盗賊さんですよね? ついでにもう一度捕まってくれると助かるんですが……」

「随分と冷静なのが気に入らねぇな。そうかよ……じゃあ、少し熱くさせてやるか」


 と、表情を険しくしたビリディは、次の瞬間。

 突然、明後日の方向にいるアリア目掛けて、魔法の剣を振った。

 発生した風の刃は、キョトンとしているアリアを目掛けて飛んでいく。


「なっ! 卑劣な」


 グレンは咄嗟に風魔法で、その風の刃を打ち消す。

 しかし、グレンが反射的にそう行動するのは予想されていたようで。それこそがビリディの狙いだった。


 一瞬の隙を見せたグレンの首に、恐るべき速さで狙いすましたビリディの剣が迫る。


 さすがに回避が間に合わない、と思ったグレンは〝仕方なく〟自分の中の〝風の精霊〟を解放した。


 一瞬の間にグレンの周囲に風が集まり、細く棒状に渦を巻く。


 それはまるで長さ一メートル程の、緑の光を放つ〝剣〟のようだ。

 その突如現れた〝光る風の剣〟は、ビリディの剣を寸前で受け止めた。


 これにはさすがのビリディも驚きを露にして、一旦グレンから距離を置いた。

 しかし今度はグレンが、その光る風の剣を握りしめて驚き戸惑っているビリディ目掛けて斬りかかる。


 己の中の精霊を解放したグレンの速さは、まさに刹那であった。


 ただ、ビリディもこれまで本気じゃなかったようで。

 明らかに数倍は速くなっているグレンの攻撃を、シッカリ己の剣で受け流して見せた。


 若干の焦りは感じていたようだが、彼の表情は喜悦の笑みへと変わっている事にグレンは気付いた。


「やっと本気出したかよ……」


 独り言のように呟いたビリディが、力を溜めるように姿勢を低くして大地を踏みしめた。

 まるでネコが獲物に襲い掛かる前のようだが、まさにその体制から、剣を突き出して飛び出してくる。


 かつて、騎士団長ナルシーに〝ゼロモーション〟からの突き技を見せられた事がある。

 それとは違うが、ビリディの突き技もそれに近い攻撃のように思えた。


 だが、その速さはナルシーより速く。グレンの目にも彼の姿がブレて見える程だった。

 が、目に追えない程ではない。まだ反応出来る。


 それにナルシーの時のような木剣とは違い、重さを感じない風の剣はグレンの動きを軽快にしている。

 ビリディのシミターとグレンの風の剣が衝突して、鍔迫り合いの状態へと持ち込まれた。


 しかし、小さく渦を巻くグレンの剣は無数の風の刃だ。

 ビリディのシミターに細かな傷を付け、耐久力を削っていく。


 このままでは剣を破壊されると判断したのか、ビリディはグレンの腹部に前蹴りを入れてきた。

 急な蹴りに対応出来ず、グレンの腹部を鈍痛が襲う。たまらずビリディから一旦距離を取った。


「ったく、急にムキになりやがって。そのけったいな剣は反則だろ。そんなに女を狙われたのがムカついたのか?」

「うるせいな。俺の女に手を出した事を後悔させてやるよ」


 正直、グレンも冷静を装っていただけで、肉体的にはギリギリだった。

 故に途中から自分の中の精霊が〝俺を使え〟と騒ぎだしていたので解放する頃合いではあったのだが。


 いざ解放するとやはり、少し余計な事を口走りがちだと感じていた。


「おいおい、本気になると性格が変わるタイプかよ。まあ、俺はそっちの方が好みだぜ!」

「その減らず口を黙らせてやる」


 一呼吸置いてグレンとビリディは、ほぼ同時に飛び出していた。

 そして再び打ち合いが始まる。


 グレンにとって、ここ最近無い程の激しい攻防が続いていた。

 風を駆使して高速移動で戦う自分に対して、並外れた身体能力だけで森の木々を利用し、縦横無尽に飛び回って対処するビリディにはグレンも驚かされた。


 互いの力は均衡しているように見える。

 だが、実際グレンは攻撃魔法を使用していない。使用すれば決着はつくかもしれないが、何故かそういう気分にはなれなかった。


 それは今までにない不思議な感覚で、グレン自身も少し驚いていた。

 目の前の男とは近接戦闘で決着を着けたい。


 こんな事を思うのは風の精霊のせいなのかもしれないが、思いがけずグレンの口元にも笑みが浮かんだ。

 どうやら自分の中の〝精霊〟は、ビリディに負けず劣らずの戦闘狂のようだった。

 

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