↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/96

隠密猫の情報

ケットシーという亜人は、その種族の存在自体は知られているものの、公の場に姿を晒す事は極めて稀だ。

 いや、正確に定義するならば「人前に姿を晒していても、人間の脳がその存在を正しく認識できない」という、極めて高度な『認識阻害』の種族特性を持っている。

 当然、物理的に透明になっているわけではなく、そこに見えているし、特徴的な猫耳という目立つビジュアルも持っているのだが。


それらも周囲の人間にとっては、道端の小石や環境音と同じように脳内で自動処理され、全く〝気にされない〟空気のような存在へと変貌するのだ。

 グレンが直ぐに彼女の存在に気付けたのは、過去の記憶から彼女の固有シグナルを知っているという例外に他ならないだけで。

 現に周囲の冒険者たちは、誰一人としてチャミィの特異な姿に視線を向けていなかった。


 何とも物理法則を無視した不思議な現象だが、存在感が希薄に補正されるというだけで、彼女の発した音声データは普通に周囲の空気を震わせて伝わる。

 故に、こんなオープンスペースで彼女にここへ来た核心的な理由を聞いた所で、口の堅い彼女は今は何も話さないだろうが、とりあえず表向きの要件くらいは尋ねてみた。


「チャミィがわざわざ中央大陸からここへ来たって事は、僕に何か(ソティラスの)用事でもあったの? 後からで良ければ時間を作るけど」

「それは助かるにゃ。でも、にぃ様。実は今、この西方大陸が色々と騒々しい事になってて。その事で調査に来ただけで、にぃ様がこのルウラ支店にいる事は、スッパリ完全に忘れてたにゃ」

「あ、ハハハ……。そうなんだ」


 グレンは思い出した。

 そもそもチャミィという個体は、凄まじく〝忘れっぽい〟という欠陥を抱えているのだった。


 彼女はどんな些細な情報も瞬時に脳に焼き付け、暗号化して保存できる天才的な能力者なのだが。同時に、重要度の低い古い記憶から即時消去していく極端な癖がある。

 決して頭が悪いのではないと言う。

 彼女いわく〝不要な記憶を削除し、常に最新の必要な情報へ再構築する〟という工程らしいのだが。

 要するに、脳内の容量が絶対的に足りていないだけなのではないか? と、グレンは邪推している。

 

 ちなみに、チャミィはグレンの事を「にぃ様」と呼ぶが。

 彼女の脳内アルゴリズムにとって、知っている男は全て「にぃ様」であり、女は全て「ねぇ様」というタグ付けで一括管理されているだけの事らしいのだが。

決して、相手の固有名詞を忘れてしまっているわけではない……と、信じたい。


「夜は少し用事があるんだ。昼の休憩の時に少し外で話そう。何となくだけど、チャミィの調べてる事に僕の持っている情報が役立つかもしれない」

「うにゃ? ならば昼まで、横の酒場で一杯やりながら待ってるにゃ」


 そう言い残してチャミィは、残像を残すような素早さでギルドを出ていった。

 その後、グレンが自分の定位置であるカウンターの方へ戻ると。フィルネがジト目でグレンを射抜くように質問してきた。


「ねえ、さっき誰と何をヒソヒソ話してたの?」

「えっと……それは、アリアさんの事?」

「あー、うん。アリア様ともイチャイチャ話してたわよね。でも、その後よ。見た事ない女の子と話してたよね?」


 (……バカな)と、グレンは驚愕した。

 常人であれば、ケットシーを視界に捉えても、後になれば男性か女性かすらも曖昧なノイズとしてしか記憶にはあまり残らない。

 しかし、フィルネの記憶には、何故かチャミィの認識阻害を貫通し、彼女の存在を多少なりとも印象付けてしまったらしい。乙女の直感とは、かくも恐ろしい。

 しかし、彼女の種族特性や裏の顔を一般人であるフィルネに説明するのは少々リスクが高いので、ここは適当な言い訳で上手く誤魔化す事にした。

 

「ぼ、冒険者の人とは話したかなぁ……なんで? 何か不審者でも気になった?」

「はっ!? いや、別に! キミが女の子と親しげに話してるからって、私が気にして嫉妬してるとか思ってるわけ!? ちょっと自意識過剰なんじゃないの!」

「いや、そんな事は一言も……」

「もういいから! 余計な口動かしてないで、早くコレ手伝ってよ!」


 ドンッ! と、グレンの予想を遥かに上回る質量の書類の山を、フィルネがカウンターの上に叩きつける。

 彼女の機嫌が物理的な重さとなって表れている事を察し、グレンは一切の反論を諦め、黙ってその仕事を手伝うのだった。


 それから数時間の業務処理を経て、昼休憩に入ったグレンはギルドを出て、急いで隣の酒場へと足を踏み入れる。

 薄暗い店内を見渡すと、一番奥のボックス席で、チャミィは自身の身体の三分の一はあろうかという大きなビールの空ジョッキを、既に大量に並べていた。


「……こんな真っ昼間から、一体何杯飲んでるの?」

「おおお、にぃ様。なに、準備運動でまだ十杯程にゃ。もう休憩に入ったのかにゃ? では、情報交換といくにゃ。外に出るにゃ」


 その細く小さな体の何処に、そのアルコールの質量が収まっているのだろう? などと人体の神秘を疑っていると。チャミィは、テーブルの上にジャラジャラと無造作に大量の硬貨を撒き散らし、「勘定置いとくにゃ!」と、店主に向かって野太く叫んで席を立つ。

 見た目は露出の高い可愛い獣人だが、中身の精神構造は完全に『オッサン』だ。


 店を出たグレンとチャミィは、情報漏洩を防ぐため、とりあえず路地裏の人っ気の無いデッドスペースへと向かう。

 オールセンシスで辺りに誰もいない事を確認した後で、グレンが本題を切り出した。 


「で、中央大陸の情報屋であるチャミィが、西方大陸まで何を調べに来たんだ?」

「実は、中央大陸のモーリス王国王都──ワーズサニーの鉄壁の監獄から、シャトルファングの『超大物幹部』が脱獄して逃げ出したのにゃ。それが、海を渡ってこの西方大陸に潜伏した可能性が極めて高い」

「なんだ、てっきりあの世界的誘拐事件……〝水巫女〟の件かと思ったよ」


 チャミィは、その大きな丸い目をパチパチと数回まばたきさせて言う。


「にぃ様、水巫女の誘拐自体は知ってるにゃ?」

「こっちの大陸でも当然有名だよ。報酬金が破格だからね。王国案件には昇格してないけど……」

「まぁ、ルベリオンにしてみれば対岸の火事(他人事)だからにゃ。聖王国建国以来、初めての特大テロ事件だから、向こうも国家の威信をかけて他国にも情報網を広げたみたいだにゃ」


 南方大陸のセルシアクベイルート聖王国は、完全なる聖女主義の宗教国家だ。

 内戦も起こらない平和な国であり、他国と殆ど外交を絶って孤立しているため、自前で動かせる『軍隊』というシステム自体を持っていない。

 こういう緊急事態に物理的な人手を動員しようと思うと、莫大な資金を投じて他国の冒険者や傭兵組織に頼る事になるのは、論理的帰結だろう。 


「チャミィは、その情報協力金目当てで水巫女は探してないの?」

「我輩の最優先タスクは、それよりシャトルファングだにゃ。この脱獄事件が解決しないと、ワーズサニーのギルド本部が責任問題で機能停止しちゃうのにゃ」

「そんな国際的テロ事件の捜索なら、各国の正規軍が率先して動くでしょ?」

「いんや。それが、そう簡単にはいかにゃいのにゃ」


 チャミィの極秘情報によれば、現在中央大陸の国家群の多くは、この水巫女探しに異常なまでの軍事リソースを割いているようだ。

 そのため他の治安維持業務をギルドに丸投げしてでも、血眼になって水巫女の痕跡を追っていると言う。

 それを聞いて、グレンの脳裏にあの日の砲撃音がフラッシュバックする。


「……じゃあ、マールーン公国は? あそこの海軍も、水巫女の捜索に全力を挙げているのかな?」

「もちろんにゃ。大体の国は、この機会に聖王国へ多大な恩を売って、何かしら軍事的・経済的な友好的パイプを作りたいという下心で動いているみたいだが。あのマールーン公国の場合は、少し事情が違って……」

「いや。実は、その水巫女は、既に海に沈んだかもしれない」


 チャミィが機密情報を言い終える前に、グレンが横から最大の物理的ファクトを差し込んだ事で、情報屋の彼女は完全に絶句した。

 さすがの世界のチャミィも、この現場の一次情報までは掴んでいなかったようで、前のめりになって猫のようにグレンの顔へと摺り寄って来る。


「そ、それは重大な情報だにゃ。極めて興味深いにゃ……。何故、沈んだと断定できるのかにゃ?」

「ち、近いよチャミィ。……いや、僕も双眼鏡越しだから完全に確証はないけど、水巫女らしき青髪の少女が、海賊と共に海に落ちたのは視認したんだ。その後の生存確認は出来ていない。……ただ、彼らを一方的に砲撃し、海賊ごと少女を銃殺しようとしたのは、他でもない『マールーン公国の軍艦』だった」


 グレンはマリンルーズ沖での一部始終を、感情を交えずにチャミィに説明した。

 おそらく水巫女を拐ったであろう海賊船を、拿捕ではなく容赦なく破壊攻撃して。最後には少女の安全などは、一ミリも考慮せずに一斉発砲した、あの狂気の瞬間を。

 しかし、チャミィはヒゲをピクピクと動かして難しい顔をし、「それは、あり得ないにゃ」と即座に否定した。

 

 何故なら。

 マールーン公国の絶対的君主──アールズ公爵の『実の弟』こそが、聖王国セルシアクベイルートの女王の夫。つまりは、リュシカの父親である〝王配〟その人なのだというのだ。

 つまり、マールーン公国の海軍が水巫女を撃つという事は、君主である公爵が『実の弟の愛娘(姪っ子)』を国家権力で直接手に掛けるという、異常な身内殺しの行為になる。


 言われてみれば、確かに政治的にも道義的にもあり得ない暴挙だと思うのだが。

 (……だからこそ、だ)

 グレンの論理的思考の奥底で、何かがが引っ掛かっていた。

 自分が見た光景、あれは救出ではなく『明確な殺意』を持って動いていたのだとすれば、それは単なる誘拐事件などではない。国家の根幹を揺るがす、極めてドス黒い〝血族間のクーデター〟の可能性も浮上してくるのだから────。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。