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隠密猫の情報


 ケットシー族は存在を知られているが、あまり人前に姿を晒す事がない。

 というか不思議な事に、人前に現れてもあまり存在を認識されないのだ。


 もちろん誰の目にも見えており、印象的な見た目でもあるはずだが。

 あまり〝気にされない〟空気のような存在なのだ。


 グレンが直ぐに気付いたのは、彼女の事を知っているからに他ならないだけで。

 周りの者は、特にチャミィの事を見ていない。


 何とも不思議だが、存在感が薄いというだけで彼女の発した声は普通に周囲に聞こえる。

 故に、彼女にここに来た理由を聞いた所で、今は何も話さないだろうが、要件くらいは尋ねてみた。


「チャミィがここに来たって事は、僕に何か用事があったの? 後からで良ければ時間を作るけど」

「それは助かるにゃ。でも、にぃ様。実は今、この西方大陸が色々と騒々しい事になってて。その事で調査に来ただけで、にぃ様がルウラにいる事は忘れてたにゃ」

「あ、ハハハ。そうなんだ……」


 グレンは思い出した。

 そもそもチャミィは、凄く〝忘れっぽい〟のだった。

 彼女はどんな些細な情報も瞬時に脳に焼き付けられるのだが、同時に古い記憶は即時忘却する癖がある。


 決して頭が悪いのではないと言う。

 彼女いわく〝不要な記憶を必要な記憶に再構築する〟という工程らしいのだが。

 要するに容量が足りないのではないか? と、グレンは思う。

 

 ちなみに、チャミィはグレンの事を兄さんと呼ぶが。

 彼女にとって男は全て兄さんであり、女は全て姉さんであるだけの事だ。

 相手の名前を忘れてしまうわけではない……と信じたい。


「夜は少し用事があるんだ。昼の休憩の時に少し外で話そう。何となくだけど、チャミィの調べてる事に心当たりがあるかもしれない」

「うにゃ? では昼まで、横の酒場で待ってるにゃ」


 そう言い残してチャミィは、素早くギルドを出ていった。


 その後、グレンがカウンターの方へ向かうと。フィルネがグレンに質問した。


「ねえ、何を話してたの?」

「えっと……それは、アリアさんの事?」

「あー、うん。アリア様とも話してたよね。でも、その後にも見た事ない女の子と話してたよね?」


 普通の者は、ケットシーを見ても男性か女性かすらも曖昧にしか覚えていない。

 しかし、フィルネには何故かチャミィの事が多少なりとも印象付いたようだ。


 彼女の事を説明するのは少々難しいので、ここは上手く誤魔化す事にした。

 

「ぼ、冒険者の人とは話したかなぁ……なんで? 何か気になった?」

「はっ!? いや、別に。キミが女の子と話してたからって、気にするとか思わないでよね。ちょっと自意識過剰なんじゃないの?」

「いや、そんなつもりじゃないんだけど」

「もういいから、早く。これ手伝ってよ」


 と、思っていた以上の書類の山をフィルネがカウンターの上にバンッと置く。

 彼女の機嫌が悪い事を察して、グレンは黙ってその仕事を手伝うのだった。



 それから数時間が過ぎて、昼休憩に入ったグレンはギルドを出て急いで隣の酒場へと足を踏み入れる。

 店内を見渡すと、一番奥の席でチャミィはビールの空ジョッキを大量に並べていた。


「こんな時間から何杯飲んでるの?」

「おおお、にぃ様。なに、まだ十杯程にゃ。もう休憩に入ったのかにゃ? では外に出よう」


 その細い体の何処にその量の水分が入るのだろう? などと思っていると。

 チャミィは、テーブルにジャラジャラと大量のお金を置いて「勘定置いとくにゃ」と、店主に叫んで席を立つ。

 見た目は可愛いらしいが性格はおっさんなのだ。


 店を出たグレンとチャミィは、とりあえず路地裏の人っ気の無い所に向かう。

 辺りに誰もいない事を確認した後で、グレンが本題を切り出した。 


「で、チャミィは何を調べに来たんだ?」

「中央大陸のモーリス王国王都──ワーズサニーで、シャトルファングの大物が逃げ出したのにゃ。それが、西方大陸に来た可能性が高い」

「なんだ、てっきり水巫女の事かと思ったよ」


 チャミィは、大きな丸い目を数回まばたきさせて言う。


「にぃ様、水巫女の誘拐自体は知ってるにゃ?」

「こっちの大陸でも有名だよ。王国案件にはなってないけど……」

「まぁルベリオンにしたら、他人事だからにゃ。聖王国では初めての大事件だから。他国にも情報網を広げたみたいだにゃ」


 聖王国は、完全なる聖女主義の国家だ。

 内戦も起こらないし、殆ど孤立しているので兵隊自体を持っていない。

 こういう時に人手を動員しようと思うと、他国の冒険者などに頼る事になるのは当然だろう。 


「チャミィは水巫女は探してないの?」

「それよりシャトルファングだにゃ。これが解決しないとワーズサニーのギルドが機能しないのにゃ」

「それは王国が動くでしょ?」

「いんや。それがそうはいかにゃいのにゃ」


 チャミィの話では、現在中央大陸の国の多くは水巫女探しに必死なようで。

 他の事をギルドに丸投げしてでも、水巫女を追っていると言う。


 それを聞いてグレンが尋ねる。


「マールーン公国は? あそこも水巫女に全力なのかな?」

「もちろんにゃ。大体は、聖王国に恩を売って。何かしら友好的な繋がりを作りたいみたいだが、あの国の場合は……」

「いや実は、水巫女が海に沈んだかもしれない」


 チャミィが何かを言い終える前に、グレンが最大の秘密情報を提供した事で彼女は絶句した。

 さすがにこの情報までは知らなかったようで、前のめりになって猫のように摺り寄って来る。


「そ、それは重大な情報だにゃ。興味深いにゃ……何故、沈んだと思うのかにゃ?」

「ち、近いよチャミィ。 いや、僕もハッキリとは見てないけど、水巫女らしき少女が海に落ちたのは見たんだ。その後の確認は出来ていない。ただ、襲ったのはマールーン公国の軍艦だった」


 グレンは一部始終をチャミィに説明した。

 おそらく水巫女を拐ったであろう海賊船を、容赦なく攻撃して。

 最後には、少女の安全も考えずに発泡した瞬間を。


 しかし、チャミィは難しい顔をして「それはあり得ないにゃ」と否定した。

 

 何故なら。

 マールーン公国の君主──アールズ公爵の弟が、聖王国セルシアクベイルートの女王の夫、つまりは〝王配〟だというのだ。


 つまりは、弟の子供を手にかける行為になると言われれば、確かにあり得ないと思うのだが。

 それ故に、グレンには何かが引っ掛かった────


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