港町へのバカンス?
とりあえずアリアとの話し合いで、出発は三日後と決まったので、グレンはその日から五日程休みを取る事にした。
そこで、ルウラ冒険者ギルドの支店長──マルクス・レペットに報告すると、何の問題もなく承諾された。
そもそもグレンは〝ソティラス〟なので、場合によって無断欠勤も普通に許されたりするのだが。
それよりも。
グレンがギルドを空ける事に関してストップをかけるのは唯一、フィルネくらいなのだ。
ナルシーからの騎士団勧誘も、海軍参加も。マルクスに代わって、彼女が管理してるのか? と思う程に頑なに拒否しているのだ。
まあ、グレンとしては助かっているのだが。
今回も一応ギルドを空ける行為には違いないので……と、グレンはカウンターに向かい。
そこで仕事している、童顔に金髪でショートヘアーが似合う可愛いらしい女性──フィルネに〝御伺い〟を立ててみる。
「あのぉ、フィルネ? 今度、数日休みを取ろうと思うんだけど」
「へぇ、そうなんだ。で? なんで私にそれを言うわけ?」
「え? いや、まあフィルネは僕がギルドを空ける事に関していつも拒否するだろ?」
グレンの言葉にフィルネの仕事の手が止まる。
そして、心なしかプルプルと体が震えているようにも見えるし、顔もうっすら赤い。
やはり怒っているのか? と、ポリポリ頭を掻くグレンに対して、フィルネは意外と冷静に仕事を再開しながら答えた。
「なによ。それって、まるで私がキミを必要としてるみたいじゃない。ちょっと自意識過剰なんじゃないの?」
「いや、そんなんじゃないけど。ナルシーさんの時も、いつも頑なに拒んでるし。ってまぁ、それはありがたいんだけど」
「べ、別に数日くらいの休みで何も言わないわよ。何か用事があるんでしょ?」
「ああ、うん。アリアさんと、東の港街マリンルーズに行く予定があって」
作業していたフィルネの手は再び止まり、顔もあげずにボソリと呟いた。
「何それ……マリンルーズ? リゾートじゃない」
「リゾート? どちらかと言えば、海軍基地の印象の方が強いけど……」
「いや、リゾートでしょ……」
「そ、そうなのかな?」
「そうよ。青い海が綺麗で、良い宿もいっぱいあるしさ。へー、そう。バカンスってわけ? 人に仕事任せてバカンスってわけね? 良い御身分だわね」
急に不機嫌になるフィルネにグレンは慌てた。
何か地雷を踏んだようだ……と、考えたが特に変な事を言った覚えはない。
「いや、遊びじゃなく一応仕事なんだよ。怪しい船の調査の為、少し海に出るだけなんだ」
「く、クルージング……なのね。二人で……そう。勝手にすれば? わ、私は関係ないんだから」
「な、何かやっぱり怒ってない?」
「怒ってないわよ!」
フィルネはカウンターの奥に去って行った。
やはり怒っているようだが、これ以上は下手に話しかけない方が良いと、グレンの中の〝風〟が〝危険〟を知らせてくる。
とりあえずフィルネには伝えたわけだし、問題はないだろうとグレンは自分を納得させた。
考えて見れば、ナルシーからの誘いは断ったのに、アリアとは海に出るのだから若干の罪悪感を感じる所だが。
これは仕事であり、休暇でもある。
プライベートな事なので誰に気を遣う必要もないと、そう考えながら。
グレンは休みまでの残りの日々を仕事に打ち込んだ。
休みを貰う罪悪感を打ち消すように、ソティラスの仕事も一件こなしたし、雑用も苦手な接客も珍しくやった。
まあ、フィルネは口を聞いてくれなかったが。
────そして、休みの日の朝が訪れた。
アリアの住んでいる宿屋の一階にあるレストランで待ち合わせたグレンは、時間より少し早く到着し。
軽くコーヒーを飲んでいるとアリアが降りてきた。
「おはよう。お待たせ! グレンくん」
「おはようございます、アリアさ……ん?」
アリアを見てグレンは驚いた。
普段からお洒落着に近い格好の彼女だが、今日はより一層に私服というか、垢抜けている。
いつもより薄着で涼しげであり。
胸元も大きく開いており露出も多めである。まるで遊びに行くかのような格好なのだ。
「ど、どう? 変じゃないかな?」
「へ、変ではないです。ただ、随分と雰囲気違いますね……」
「あ、うん。ほら別に戦闘するつもりは無いし」
「ま、まあ。そうですよね。では行きましょうか」
少し目のやり場に困る格好のアリアと共にグレンは、ルウラの東門へ向けて歩く。
コミュ障のグレンでも、アリアやフィルネなど一部の人間とは普通に話出来る程にはなっており。
これからの行動を話し合いながら、二人は東門からルウラの街を出た。
少し急いで歩き続ければ、マリンルーズに翌朝には到着するだろう、などと考えていると道の先に人がいた。
その人との距離が近付き、全容が見えた途端グレンとアリアは驚いた。
「ふえ? ふ、フィルネ?」
「はえ!? あなた……な、何で?」
グレンとアリアは完全に不意を突かれた感じで、口から妙に腑抜けた声が漏れだしていた。
少し膨れっ面をしているフィルネは、普段の制服とは全然違い。
これまた比較的薄着の遊びに行くような格好で、お洒落なカバンを一つ持って立っていた。
「仕方ないから、私も休みを取ったのよ。仕事なんでしょ? 私もギルドの従業員として付き添うべきだと思ってね」
休みなのに従業員として付き添うとは? グレンはフィルネの言葉に疑問を感じて、苦笑いする。
「いや、フィルネ? 仕事はアリアさんの方で、僕は別に……」
「クルージ……じゃなくて、何かの調査でしょ? 知ってるわよ。っていうか、アリア様。その格好は何ですか? 遊びに行くような感じですが」
「あなたも似たようなもんじゃない。ってギルドを二人も休んでいいわけ?」
アリアの問いに、フィルネは少し罰の悪そうな顔をしたが。直ぐに開き直ったように言う。
「良いんです。どうせ彼は最初からいないようなもんだし、実質、私一人しか休んでいないのと同じです」
その言葉にグレンは思う。
──じゃあ何故、毎回僕がギルドを空ける事を拒否するのだろうか……と。




