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覚醒


 ◇◇◇◇◇


 自分を羽交い締めしながら、頭の後ろで不快な言葉を並べ立てるサヴァロンの〝ふり〟をしていた男に対して、グレンは相当に気分を害していた。


 グレンには、ネジイの無念が痛い程に伝わってくる。

 父親を殺され。しかも、その父親に成り済まして家に住み平然と悪事を働かれていたのだ。


 それはグレンにとっても許せない。

 家族を奪われる痛み、辛さはグレンにもわかるから。


 リーヤマウンテンで、ウルドルを殺された事を知ったルアンダとミラの気持ちも。

 鍛冶屋のルクルが、家族を人質にされ必死で戦った気持ちもわかる。


 故に、諸悪の根元の〝戯言〟に苛立つのは当然だった。

 


「なんとも健気だね。家族の為に僕を追いかけて来たのかな? 父親の罪を聞いただろ。賞金首になってキミの父親を〝凄い人〟にしてあげたのさ。この僕、ダリオン様がね。喜んでくれたまえよ」

「ダリオン……、父の名を汚したお前、許さない」

「不服だった? 心配しなくても直ぐに父親と一緒になれるさ。胃袋の中でね……」


 グレンの拳に力がはいる。

 今日は冷静さに欠けていると反省したばかりなのに、沸き上がる不快感で全身が震えだした。


「おや、震えてるのかい? キミの剣技は凄かったけど、もう頼みの武器も無いし怖くなったのかね? 心配しなくていいとも。どうせ死ぬのだから。

 この後に来るアリア・エルナードもね。彼女が一番楽しみだよ僕は。喰わせる前に聖女の血とやらを飲んでみようかな。ああ……楽しみだ」


 さすがにもう無理だ……、グレンは思った。

 害虫がアリアの名前を口にした。その事実だけでグレンの中で〝何かが〟外れた。


 自分の後ろでべちゃくちゃ喋る〝それ〟は、既に人として認知する必要がない。

 不快な音を鳴らす羽虫でしかなかった。

 だから。



 ────〝別の自分〟が顔を出した。



「うるさいよ……」

「んん、なんだね、急に……」

「〝俺〟の耳元で気色悪い〝音〟たてないで〝くず虫〟さん。武器が無いから怖いって? 何勘違いしてんのさ。俺に武器なんて必要ないんだよ最初から……」

「……は?」

 

 突如人が変わった様なグレンを見て、ダリオンと名を改めた男はキョトンとした。

 その直後、グレンの周囲では勢いよく〝風〟が吹き巻いた。


 風は鋭利な刃物のように狂い吹き、グレンを羽交い締めにしていたダリオンの腕を切り落とす。


 辺りに風に乗った鮮血が踊り咲いた。


「ぐわぁぁぁぁぁ! う、腕……腕、俺の腕がぁ」

「腕の一本や二本で喚くんだね。キミは四肢全部を失くして這い回ればいいよ、芋虫らしくね」

「な、なんだよこりゃあ! ふざけんな、お前なんか僕の腕が無くても〝彼〟が……」


 血色を悪くしてのたうち回るダリオンが頼った〝(ゴブリン)〟は、既にぐちゃぐちゃになって地べたに〝落ちて〟いた。


 グレンの周囲に吹き荒れた風は、ダリオンの腕と同時にゴブリンをも切り刻んでいたのだ。

 それを見た途端、ダリオンは目を丸くして絶句した。


「キミの失敗は〝俺〟から理性を奪った事だよ」


 そのグレンの言葉を理解出来ぬまま、ダリオンは慌ててその場から逃げ去ろうとするが……走れない。


 いつの間にか両足までも無くなっており、頭がついただけの胴体はドシャッと地面に落ちた。


「あ、、、あぁぁぁぁぁぁあああ……」


 と叫んだ声がプツリと途絶えた。

 首すらも胴から〝外れて〟コロンと転がったのだ。


「キミ、本当にうるさいなぁ……」


 冷めきった目でダリオンを見下したグレンだったが、その直後。

 突然、ひたいに手を当ていつもの表情に戻される。

 それはつまり〝我に返った〟のだ。


 そして、自分の中の〝もう一人の自分〟を抑えきれなかった事に愕然とした。


 自分が何を言ったのか、何をしたのか。

 それは普段の自分とは違い、やたらと〝イキった〟態度だったと理解しているからこそ、顔から火が出る程に恥ずかしかったのだ。



 幼い頃からグレンには〝風〟が味方していた。

 少しだけ〝生意気で〟〝冷徹な〟〝風の精霊〟である。


 グレンは常にその精霊を抑えていた。

 時には力を借りたりするが、その〝風〟はとても扱いにくいのだ。


 子供の頃は仲良く喋っていたような気もするのだが、基本的にはグレンの内側に潜んでいる。


 それがすごく稀に〝出しゃ張る〟時があるのだ。




 やってしまった……、と自分の言動を振り返りながら、ここにアリアがいなくて良かった。と、グレンは胸を撫で下ろしていた。


「おい。あんた、意外とヤバいな」

「あ、あああ、ネジイさん!? これは何て言うか、僕であって僕じゃないんですよ」


 ネジイは「ふッ」と、初めて笑顔を見せたが。

 うわ、笑われた! とグレンは捉える。

 そして、頼むから事細かに今の現象について聞いて来てほしいと切に願った。


 そうすればきっと言い訳──もとい、説明をする事も出来るだろうからだ。

 しかしネジイは口数が少ない。


 グレンに何も聞いて来ることはなかった。

 聞かれなければ、自分からは話しづらいのがグレンなのだ。



 何はともあれ。

 サヴァロンの件がやっと終わった事には違いない……と思い返してグレンは改めた。

 いや。サヴァロンでは、ないのだった、と。


 その後、グレンはネジイから聞かされた。

 サヴァロンは、変わり者でいつも家族をほったらかしにして、あちこちの岩山で鉱石を採掘しては研究していたと。


 そんな彼についていけなくなったネジイの母は、離婚を決意。

 ネジイは母と二人、港街のシースに移り住んだそうで、以後は父親と殆ど会わなかったと言う。


 しかし父、サヴァロン・デミタスが賞金首として名を広め、ネジイはその真相を追ったという。



「────それで冒険者としては浅いんですね。しかも、リーヤマウンテンの依頼に参加する為に昇格試験を受けるとは。確かにその強さならAクラスなんて楽に合格でしょうが」

「父は強かった。俺はそれに憧れていた」


 なるほど、とグレンは息絶えたゴブリンに視線を向けて、ふと思った。


 あのゴブリンの強さは見ただけでわかる。

 そんな化物に鉄の拳で殴られたネジイが意外と平気なのは、ネジイの強さだけなのか? 


 それとも〝何かしら〟の、手加減があったのだろうか────



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