ベーチャの誤算
意識の浮上は、肌にまとわりつく蔦の感触と共に訪れた。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた遺跡の入り口と、自分と同じように「オブジェクト」と化した部下たちの情けない姿。ベーチャの記憶は、あの悪趣味なピンクストライプのシャツを纏った男が拳を固めた瞬間以降、無慈悲にも断絶している。
「おい、誰も動けねぇのか……?」
「……無理ですよ。この蔦、化け物じみた強度です。二日近く足掻いてますが、繊維一本引き千切れやしない」
二日。その単語が、ベーチャの脳内で警鐘を鳴らす。
計画は完璧だったはずだ。内通者が「獲物」を釣り上げ、自分たちが美味しく頂戴する。アリア・エルナードという大物を捕らえた瞬間、金貨数千枚という眩い幻想が彼の理性を曇らせたのは否定できない。
(……詰めが甘かったな。即座に奴隷船へ放り込んでいれば)
勝利の美酒に酔い、二日の猶予をこの場所に費やした。それが致命的な「失敗」を招いた。
逃げ出した三人の冒険者がルウラへ戻り、増援を連れて戻ってきたとしても、最低四日の歳月を要する。ベーチャの脳内は、その論理的な数値に基づいていた。
だというのに。あの「派手シャツ」は、計算を無視して現れた。まるで距離という概念を、最初から持ち合わせていないかのように。
「ベーチャさん! 誰か来ますぜ!」
地響き。規則正しい蹄の音。
現れたのは、銀のフルプレートに身を包んだ「秩序の番人」──王国騎士団。
ベーチャは、もはや抵抗する気力もなく、重い溜息を吐き出した。
驚愕すべきは、その騎士たちの列に、あの赤毛の「聖女」が平然と混じっていたことだ。二日前に「派手シャツ」に強奪されたはずの彼女が、早くも王国騎士を連れて戻ったというのか。
視線を走らせれば、アリアの背後には、あの夜に逃がした三人の一人──ロングソードの男の姿もあった。
「よう。元気そうだな。……例のピンクストライプはどうしたんだ?」
「あ? 何の話だ? しっかし、ざまぁねぇな。俺たちの寝込みを襲った盗賊共が、ここで無様に転がってるとはな」
ベーチャは、自分を囲む不可解な状況を、彼なりのロジックで推理する。
あの「派手シャツ」は、〝ヤツ〟が送り込んだ刺客に違いないだろう。自分たちが聖女を拘束した直後、油断した隙に派手シャツを使って自分達を騎士団へ差し出す。
つまり、最初から聖女をおとりにした裏切りで。理由は、自分の首にかけられた多額の賞金に決まっている────と。
「私は王国第一騎士団副長、バーレン・イサックだ。ベーチャ・ラーマ、貴様を法に基づき監禁する。……だが、その前に問おう。貴様に加担した内通者がいるな?」
騎士の問いは鋭利だったが、ベーチャに隠し通す義理など欠片もない。自分を嵌めた裏切り者を地獄の道連れにするのは、裏社会のマナーですらある。
そこへ、アリアが断罪の神を思わせる険しい足取りで詰め寄った。
「さあ、白状しなさい! 貴方はレオンたちと共謀して、私を売ったんでしょう!?」
レオン?と共謀?
ベーチャの脳裏に、僅かな困惑がよぎる。自分を陥れた〝者〟の名は「レオン」では無い。しかし、そんな事はもはやどうでもよかった。
裏切り者の名を吐き捨てることに、一秒の躊躇もなかった。
「……レオン?誰だそれ。それが偽名か本名か知らねーが。俺に『聖女を売る』って話を持ちかけてきたヤツの名は確か────」
ベーチャの言葉の後に静寂が訪れる。
アリアの表情が凍りつき、レオンの顔からは血の気が引いていた。




