シャトルファング盗賊団
それから四日目の夜────
閉店が近付く冒険者ギルドで騒ぎが起きた。
遺跡に行っていたレオン達『ヴァルハラ』の三人が大慌てで店内に飛び込んできて〝依頼失敗〟を報告したのだ。そこにアリアの姿はなかった。
『あのヴァルハラが逃げるしかなかったらしい』
『嘘だろ? 聖女様の行方がわからない?』
『ドラゴンが出たって? マジかよ!』
店内を飛び交う冒険者の話を纏めると。
レオン達は遺跡付近でドラゴンに襲われ、逃げる途中でアリアとはぐれたようだ。
その後レオン達は再び遺跡付近に戻ってみたが、暫らく探してもアリアが見つからなかった為、ルウラに戻り捜索隊を募集する事にしたという。
グレンは何か腑に落ちなかった。
ドラゴンは本来高い岩山や草原、海などで獲物を探す生き物だ。森林や都市部など、降りると狭くて羽が当たるような場所には余程理由がないと近付かない。
レオンに話を聞くと何か言われそうだし、行動した方が早い──と、グレンは騒々しい店内を然り気無く抜け出した。
夜のルウラの街を少し歩き、路地裏に入ると人っ気のない所で立ち止まりキョロキョロと周りを見回した。
直ぐに淡い緑色をした小さな粒状の発光体が、グレンを囲むような感じで中空を無数に飛び交う。
その全てが泡のように弾けて消えた時には、グレンの肉体はルウラの路地裏から一瞬で、遺跡近くの森の中へと移動していた。
この世界において〝転移魔法〟は、各国の宮廷魔術師達の間で度々話題にあがっており。様々な理由から人間に転移は不可能という結論が既に出ている。
しかし、海を渡るような非常識な距離や、行った事もない所への転移じゃなければグレンには可能だった。
それは幼い頃から直感で出来たので、転移の原理は本人にすらわからない。
何にせよ人前で使えば大変な騒ぎになるだろう。
しかしグレンが遺跡の依頼の打ち切りを急がなかった理由には〝転移を使えばいつでも解決出来る〟という余裕があったのも確かだ。
とりあえず転移した周辺を見て回ったが、少なくともドラゴンのような大型の魔物が暴れた様な痕跡は見られない。
だが遺跡の入り口辺りに、不自然に踏み散らかされた複数の足跡があり、それを見たグレンは「やれやれ……」と呟いた。
それと同時くらいに一本の矢が頭上から降ってきたが、グレンは冷静にその矢を手で掴んだ。
間髪いれず、木の上から三人の男が同時にショートソード片手に威勢よくグレン目掛けて飛び降りてくる。
──だが、突如発生した竜巻が男達は上空へと打ち上げ。翼を射ぬかれた鳥の様に男達は変な体制でバタバタと地面に転げ落ちた。
全身を強く打って叫び声をあげる男達に、地中から何本もの植物のツタが襲いかかり体を拘束していく。
盗賊に襲われるという展開も最初からグレンは予測しており、転移した瞬間から風魔法〝オールセンシス〟によるサーチを始めていた。
森の中には幾つもの生体反応があったが、その殆どが動物で魔物すら殆どいなかった。
しかし最も警戒すべき〝複数の人間の反応〟がすぐ近くであった為、この奇襲は楽に対応出来たのだ。
そして、のたうち回る男達の服装等を見てグレンは確信していた。彼等はシャトルファング盗賊団の一味だろう。
昼間、サヴァロンの話を聞いた時から懸念していたが、こうなるとアリアの行方がわからない事も盗賊が関与しているだろうと思った。
既にグレンの感知では、遠くの方で更に複数の人物が移動しており。目の前の男達より、そちらの方が優先だとグレンは判断した。
「風の速さを我が身に授けよ……レジス・ルーザ・アクセラレーション」
詠唱ののちに、グレンが目的の方向へ足を踏み出すと視界が少し狭まり周りの景色が飛ぶように流れだした。
〝アクセラレーション〟は、己の動きを数倍向上させる魔法で、使う魔力量により速度の倍率が変わる。
グレンは常人の二十倍以上は速い速度で〝目標〟に向けて森の中を疾走していた。すると暫くして目標の集団に追い付いたのだ。
間違いなく彼等は盗賊だった。全部で六人おり、のんびりと北に向かって歩いている。
一人は小さめの荷車を引いていた。
別の大柄な男は、ロープで縛られた女性を担いでいる。
それがアリアだという事はグレンには直ぐにわかったので、その一団を疾風のごとく抜き去る。
と同時に大柄な男からアリアを奪い取った。
「す、すいません。その荷車少し見せてください」
とグレンが盗賊達に声をかけると、盗賊達は現状を把握しきれていないのか。突然目の前に現れたグレンを見て、全員が絶句していた。
ただ一人。頭に黒いターバンを巻いた色黒の男だけはグレンの顔を睨み付け、悔しげな表情を見せた。
グレンはその男に見覚えがあった。
直接の面識はないが酒場やギルドはもちろん。王国の至る所々の壁に貼ってある〝賞金首一覧〟に載っている男だ。
シャトルファング盗賊団の幹部、ベーチャ・ラーマである。




