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乱入者の正体は

 シャルは一軒家に暮らしているが、あくまでも単身向けの世帯であり、リビングの天井だってお世辞にも高いとは言えない。だから、複数人の成人エルフがひしめいているだけでも狭苦しかった。

 その上、室内に薄く広がる黒い霧は視界を(せば)め、天井全てを覆い尽くす次元の亀裂は不気味な赤黒い光を放ち、グロテスクな触手――もとい〝神〟は、圧倒的な質量と異様な存在感を放っている。幸か不幸か、神の興味関心はシャルただ一人に向けられているものの、それを見守る一行は身動きが取れない状態だった。

 少しでも顔を上げると、言いようのない恐怖心に体を支配されてしまうからだ。


「か――神って、ヒト族の聖書にはヒトやエルフに近い姿で(えが)かれてませんっけ……? エルフ族の間で一般的なのは、ご神木や太陽みたいなものを神に見立てた、自然崇拝とか……」


 アズは、床に漂う黒霧を目で追いながら、ようよう言葉を絞り出した。その額には冷や汗の玉が浮いている。

 なぜあの触手を見ると不安になるのか、直視するだけで体が震えてくるのかは分からないが、とにかく異質な存在であることは間違いないだろう。ただ「こちらは神です」と紹介されたところで「なるほど、こちらが」とは頷けなかった。

 少なくともアズは、こんな風に怪物じみた神の絵姿を見たことがない。あるとすれば、それはいわゆる〝邪神〟と呼ばれる存在だった。


「短命なヒト族は、エルフ族に虐げられていた過去の歴史さえ正しく継承できなかった。神々の形姿(けいし)についても同様だろう。むしろ、今では〝邪神〟と忌避(きひ)される絵姿の方がよほど実像に近いというのは……皮肉なものだよな」


 常と変わらず淡々と答えるシャルに、双子は声にこそ出さなかったが「そんなバカな」と思った。

 確かにヒト族は、自分たちにとって都合の良いように歴史改変するのが得意だ。しかし、だからと言って、自分たちの救世主の姿形まで都合よく捻じ曲げてしまうのはいかがなものか。これを罰当たりと言わずして、なんと言うのか。


「なんと言うか……ヒト族って、本当に――」


 トリスは、ため息交じりに「愚かですよね」と続けるつもりだった。ぽかんと開いた口が塞がらない兄も自分も、その愚かなヒトの血が混じっていいる。むやみやたらに批判したくはないが、純血種から見ればヒトとのハーフなど蔑まれて当然だとさえ思った。

 しかし、トリスが言葉を放つよりも先に、ダニエラが声を発する方が早かった。


「うん、可愛いよねぇ~?」

「……え?」

「分かるわぁ、トリシアちゃん~。ヒト族って本当に、そういうところが可愛いのよねえ~? ドジっ子ぉ? 天然系ってぇ、最近は言わないのかしらぁ……ちょぉっと不出来な子の方がぁ、余計に目をかけたくなるものだよねぇ」

「いや、何を……」

「――可愛い、でしょう? 自分にもヒトの血が流れてるからって謙遜していないで、復唱しなきゃ」

「はっ……ぇ、か、可愛いです、ね……?」


 ダニエラの間延びした喋り方が鳴りを潜めた瞬間、トリスは瞬時に背筋を伸ばしてそう答えた。戸惑いから疑問形になってしまったのは仕方がない。

 一体ダニエラは、いつからヒト族贔屓(びいき)になったのだろうか。ヒト狂いのエドゥアルトの前だから、点数稼ぎのつもりなのか――いや、トリスの暴言を察知して遮った辺り、むしろ助け舟を出したと見るべきか。

 そうしてトリスが困惑していると、補足するかのようにロロが呟く。


「チビシア、詳しいことは後で話してやるから、お前ら双子は下手なこと言うな。あと、ダニエラさんには感謝しろ」

「は、はあ……」


 下手なことと言われたって、詳細な説明がなければ何が下手に該当するのかも分からないのに。ロロの言葉は、遠回しに「口を開くな」と言ったに等しかった。

 そもそも、この異形の正体は本当に神なのか。それが事実だとして、なぜシャルの家に姿を現したのか。ダニエラの言う〝ボーナス〟とはなんなのか。先ほど、トリスにヒト贔屓な発言を強制した理由は――。

 疑問だらけなのに問うことすらも禁じられた双子は、どちらも納得のいっていない表情のまま黙り込んだ。いつもなら常識知らずな言動を繰り返すはずのアズも、好奇心よりも神に対する恐怖心が勝つのか、おとなしかった。


 誰も言葉を発することなく、しんと静まり返った室内には、ただ黒い霧が漂うばかりだ。

 しかし、その静寂を切り裂くように、一行の鼓膜を異音が襲う。それは、まるでガラスを爪で引っ搔くような高音だった。かと思えば、機械のスイッチを切り替えるようにピピッカチカチッと電子音が聞こえてきて、その後には獣の唸り声のようなものが続く。合間に混ざっているのは、ヒトの呼気に近いだろうか。あまりに統一性がなくて不気味である。

 それらの音は、どれも天井に広がる次元の裂け目から響いているようだった。そうして意味の分からない異音が鳴り響き続ける中、シャルだけが相槌を打つように何度も頷いた。


「いえ、まだ何も――決まった暁にはご相談するかも知れませんが、僕は公平に、不正なしで……ええ。いつも気にかけてくださり、ありがとうございます」


 相槌だけでなく異音と会話まで始めたシャルに、双子はますます困惑した。

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