心得その1
新米冒険者しか来ないダンジョンならではの問題――それは、とにかく死傷率が高いことである。
正直な話、エルフ族からすれば、ヒト族の冒険者がどうなろうが知ったことではない。自ら修羅の道を歩むと決めたならば、己の命を守るのも冒険者の務めだ。しかし、冒険者という職業に憧れて浮かれ切ったヒト族の、なんと危ういことか。
気分が高揚しているせいで、浮き足立つ者。謎の万能感に支配されて、すっかり調子に乗っている者。逆に慎重すぎて、スライムの巣から先へ全く進めない者も居る。今までシャルが見てきた中で最長のビビリ冒険者は、丸一年間スライムだけを狩り続けていた。
「――つまりここクレアシオンでは、何よりも声掛けが重要になる」
「声掛け?」
再びダンジョンの外へ出たシャルは、「時間停止」の効果を受けない空を見上げた。まだ外は深夜帯らしく、黒々とした空には薄灰色の雲が漂っている。
「既にマイナス五百万ポイントの貴様は、よくよく理解しているはずだ。一日辺りに死んでも許される冒険者の数は?」
「ダンジョンにもよりますが、クレアシオンは三人までです。確か、四人目からはマイナス三千ポイント――ですよね?」
「その通りだ。しかし、ここは放っておくといくらでも死んでしまう。彼らは、初めてのダンジョンに浮かれているからな。だから僕らが入口に立って、声を掛けてやるんだ。ただ「気を付けろ」「無理せず落ち着いて頑張れ」と言うだけでも、結果は大違いなんだぞ」
冒険者は免許制だが、試験を執り行うギルドの仕事は割と雑である。座学だけで実地試験なし。ただ必要最低限の知識さえあれば、子供の小遣い程度の受験料で免許を取得できてしまう。
獅子は我が子を千尋の谷へ落とすと言うが、あまりにも無責任な制度だと思う。冒険者になったヒト族は、右も左も分からぬまま、とりあえずクレアシオンのダンジョンまでやって来る。それからなんとなくモンスターと戦って、よく分からない戦利品を獲得する。ただそれを繰り返して、我流で成長していくしかないのだ。
どう動けば良いのか、効率の良い探索の仕方はどうなのか。ギルドも鬼ではないので、聞けばなんでも答えてくれるだろう。ただ、何も分からない新米冒険者が、的を射た質問などできるはずもない。
運良く先輩冒険者とパーティを組めれば、様々な事を教授してもらえるだろうが――経験を積んだ彼らは、いつまでも始まりの街に居ない。さっさと別の街へ移動して、更に難易度の高いダンジョンに挑むのだから。
ちなみに、シャルの体感で言えば、入口で声掛けをした場合の死傷率は約五パーセントにまで下がる。逆に声掛けなしの場合、最弱スライム相手でも約三十パーセントの確率で受傷してしまう。中には、話をまともに聞こうとしない頑なな者も居る。そういう相手は、もう――無惨に死んでもらうか、いくらか痛い目を見たところでエルフが助けに入るしかないのだ。
「なるほど、理解できます。右も左も分からぬままガムシャラに突っ込んで行って、ヒト族が無駄死にしないように――という配慮ですね!」
「シャルルンはヒト族からも好かれやすいしぃ、私も男の子には人気だからぁ……比較的話を聞いてもらいやすいし、うちのチームではだいたい二人で声掛けしてるの~」
「トリスは小柄で舐められるし、ロロは人相が悪くて怯えられるからな……」
シャルとダニエラが同時に肩を竦めれば、アズはぶんぶんと何度も頷いた。
もちろんヒト族の中には「冒険者でもないくせに、なぜエルフがダンジョン前で声掛けを?」と懐疑的に思う層も存在する。しかし、エルフ族が長命種であることや、身体能力が優れていることは周知の事実だ。基本的には「ギルドは適当だったし、物知りなエルフの先輩からアドバイスが貰えてありがたい!」と好意的に受け取ってもらえる。
「確かにシャルルエドゥ先輩、美形が多いエルフ族の中でも図抜けてやばいですもん。まるでつくりものの彫像みたいで――ダニエラ先輩のエルフにあるまじきとんでもねえ服装と体つきも、俗物的なヒト族からすれば堪らないでしょうね!」
「いや~ん! シャルルン私ぃ、新人さんにまでセクハラされちゃったぁ~」
「全身全霊でセクハラを誘っておいて、ソレはさすがに酷な気がする」
しなだれかかるように抱き着いてきたダニエラに、シャルはどこかげんなりとした顔つきになった。別に本人が好きな服装をすれば良いのだが、胸と尻しか隠れていないような恰好で仁王立ちしておいて「体つきに言及するなんて、セクハラ!」と非難するのは、さすがに酷い。
シャルがダニエラの額に手をついてグーッと引きはがそうとしていると、アズが好奇心に満ちた眼差しを向けてくる。
「シャルルエドゥ先輩って、いかにもエルフ族っぽい無乳がタイプですか!? ダニエラ先輩の姿を見ても、何も思わないと!? 後学のためにコメントお願いします!」
「それを聞いて何になるんだ……僕はそういうのはよく分からない。ただ、ダニーは髪色と肌色、目の色に体つきや服装まで、遠目から見ても容易に判別できるから好ましい」
淡々とコメントするシャルに、ダニエラが「好かれちゃったぁ」と甘えた声を上げた。
「なるほど……胸派ですか、尻派ですか? ちなみに自分は、胸派で牧場の牛にも興奮するから、世界中の牛にブラジャーつけて欲しいタイプなんですよ! あれ、なんで放り出してるんでしょうね? いやらしすぎませんか、全く!?」
「貴様は一体、何に憤慨しているんだ?」
「んふふ、アズちゃん博愛主義が行き過ぎてて超やばい~」
マイペースなダニエラと不思議なアズに囲まれて、シャルは「なんなんだこいつら……」と項垂れた。




