混乱
微妙な空気が流れた宇宙船シリウスの食堂より。
「さて、と…私は船内チェックに行くわー」
真顔に戻り組んだ両腕を戻し、自動ドアを通り過ぎざまにウェアの方向へ軽く手を振りながら食堂をあとにする。
「シューン」ドアの閉じる音。
「おう」ウェアはそそくさとアレイが座っていたテーブルの吹き掃除に取り掛かっていた。
ジーパンにライフジャケット風な服を着込み、がっしりとした体格の見た目に反して小まめな男である。
一方アレイは重力が掛かっている居住ブロックを抜け、シリウスのブリッジ(操縦室)へ向かっていた。
居住、農業ブロック(ウェアの趣味で色々栽培している)、その他一部のブロック以外は基本的に無重力で移動は通路の脇に設置されている補助移動装置を
使うか、通路の壁の適当な部分を掴んで引き寄せるか蹴った反動を利用
しながら自力で移動するのである。
その他に船体水平方向へ移動出来る移動装置もあるにはあるが乗り降りできる
場所が少ないので小まめな移動には向かない。
「よっと、おはようウメチル」
『おはよう、アレイ』
360度モニター、中央に座席が2つ浮いた状態のブリッジへ入ると同時に挨拶を交わし操縦席に座るアレイ、相手はシリウスの大部分のシステムを担当しているメインコンピューターAIウメチル。
ウメチルのサポートがなければシリウスの自給自足システムや色々な部分が立ち行かなくなってしまう、シリウスにとって重要なAIと言えよう。
「ウメチル、船体チェックシークエンスオール」
『了解』
『船体外部、居住ブロック、反重力キャンセラー、ムネ』
長いので以下省略
『異常なし』
「オッケー!有難うウメチル」
ふむふむと操縦席のモニターや計器類をチェックしながらウメチルの発した言葉にふと疑問を抱き「胸?」とつぶやくアレイ。
『ムネ』「胸?」『イエス、ムネ』「ああ、メディカルチェックって事ね。ありが…」
アレイがありがとうと言い終わる前にウメチルの被り気味な突っ込みが入った。
『否、胸とは人間の胸囲の事で、ジョセイハ…』
云々かんぬん
「私の胸囲が異常なしってどういう事なの、意味が分からないわよ!」
ウメチルの放っている言葉に動揺するアレイ。
『ここ半年以上アレイの胸囲は、変化してなく、イジョウナシ…』
今度はウメチルの言葉にアレイが被り気味に言い放つ。
「ああ…そういう事、うんうん……私の胸がちっぱいっていう事!?私の胸には夢と希望が詰まっているの!それに、これから成長すればもっとこう…アレなのよ!分かる!?」
『イミフメイデス』
「!?、AIの癖に、私の方が意味不明だわよ!」
軽く憤慨するアレイ。
「ははっ、あながち間違ってないかもしれないんだな、これが」
とそこへ操縦席の後ろの通路への開口部からウェアが不意に言葉を挟んできた。
「それってどういう?」
「お前のDNA(遺伝子)…、種族はその姿のままそれ以上は成長しないだろう」
結構重大な事をさらりとぶっちゃけるウェア。
「ええ!?そんな馬鹿な事って…」
「だが、寿命はえらく長い、いわゆる等価交換ってやつかもしれないな」
「DNA…種族…等価交換…」等価交換ってなんだよ、と思いつつ何かを思い出そうとすると頭が一瞬ズキッと痛くなるのを感じた。
アレイは5年前にコールドスリープから目覚めた時に記憶の一部を失っていた。
その後遺症なのか昔の事を思い出そうとすると頭痛に見舞われる。
ほんの暫くしたのちウェアがアレイを気遣ったのか声を掛けるが
「まぁなんだ、大丈夫か?」
「少し休憩してくる」とアレイはふわりと操縦席から浮きブリッジを出て行った。
「あいつにはいつか全て教えてやらんとな…」
『イエス』
去り行くアレイの後ろ姿を見送ったあとウェアは感慨深く言葉を発すると
それを承知しているのかウメチルも同意した。
数時間後、アレイはシリウスの船体外部に居た。
「うおぉぉぉ!私のちっぱい!夢と希望が詰まったちっぱい!」
小躍りするかの様にちっぱいと口ずさみながら船体外部から一門だけ剥き出しになっている左舷レーザー砲の透明な部分をモップでゴシゴシと磨くアレイ。
暫くすると疲れたのか砲門の透明な部分の上で座り込み、広大な宇宙の星星に見入っていた。
アレイの居る左舷レーザー砲からは一際輝きを放つ、ツセキ恒星系の綺麗な光が見えていた。
『警告、アラート2』
「!?」
不意にウメチルからの無線がヘルメットの中に響き、少し驚く。
「アラート2だとよ、そろそろ戻ってきな」
アラートは1から5まであり、数字が大きくなる程、重大な問題が起きた事を意味する。
「うん…」
と小さい声で返事をするとリモート操作で命綱を引き込みながらハッチからシリウスの船体内部へ戻って行く。
と同時に剥き出しになっていた左舷レーザー砲のひとつが船体外部隔壁に覆われて見えなくなった。