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カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第三章 転ガル運命
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フタリノ茶会

「どうぞ」

 差し出されたお茶を一口飲んで、小乃美は自分の向かいに立つ女に目を向けた。


 武林咲乃、階級は准尉巡査。優秀な成績で軍警学校を卒業の後、一ノ一町に配属、その頃から既に境内日陰と行動を共にしており、彼が組も持たなかった頃より実質的な彼の腹心の部下に当たる女。


 彼女ともう一人の男、鷹狩空太については一通り調べは終えてあった。けれどこうして面と向かい合って二人切りで言葉を交わすのは初めてであり、小乃美は僅かな緊張を隠して自分の目をじぃと見つめてくる彼女に同じく視線を返していた。


「お怪我の方は大丈夫でしたか?」


「片腕は剣を握れない目も片方潰れたが、命に関して言えば問題は無い」


「そうですか」

 お茶を上品な仕草で口元に運び音を立てずに一口飲んで見せる。その立ち振る舞いは上流階級出の淑女を想わせる雰囲気だが、調べではごくありふれた一般家庭の出である筈だ。


「茶の飲み方は日影様に習いました」


「え?」


「それが聞きたかったのでは?」

 眼鏡の奥から覗く瞳は分かり辛いが、とても鋭く、威圧感がある。思わず身体を後ろに下げながら小乃美は頷く。


「鋭いな」


「職業病です」

 サラリと言って咲乃は手に掴んでいた湯飲みを机の上に戻し、グッと胸を張って小乃美と目を合わせた。ここから話は始まるようだと、小乃美も手にしていた湯飲みを同じように机の上に移動させる。


「一ノ宮さんは日陰様とはどういった関係なのですか?」

 一ノ宮さんと言う珍しい呼び方に違和感を覚えつつ、彼女が口にした言葉を考える。


 どのような、と一言で問われたからと言って一言で返せるような関係では無い。只でさえ複雑だった想いが昨日の出来事のせいで更に絡み、もはや自分でもその感情を把握することは難しい。


「幼なじみで、私の基本となっている男だ」

 何とか言葉に出来る部分だけを掻き集め、言葉にしてみると思っていたより単純だった。


「基本、ですか」


「昔から私は、日陰の後を追いかけて来た。遊ぶ時でも剣術を習う時でも文学を学ぶ時でも、日陰の傍にいられればそれで良かった」


「……」

 無言のまま続きを促された小乃美は昔を懐かしむように目を伏せて、自分の心の中で絡まっている感情をゆっくりと解きながら言葉を選び紡いで行く。


「ただ、私は日陰に対等を求めていた。何をするにしても、日陰と同じ立場でいたかった。けれど、日陰は私に対等を求めてはいなかった。幼少期日陰は母親に憧れていたんだろう、軍警官になると言い出した。当然私も日陰と同じ道を選ぶつもりでいた。勿論対等な仲間としてだ」


「対等」


「そう、けれど日陰は私の家の事情を知っていたからそうは見てくれなかった。部下として私を欲しい。そう言われたよ、それに反発して私は日陰から離れた。そうして日陰を見返す為に努力し現在の地位に立ち、ようやく奴を見返せると思ったらその矢先にこの様で、その上片腕と片目を失い武人として使えなくなった私を欲しいと言い出した奴を罵倒してしまった。情けない話だ、あれでは単なる八つ当たりだな」


「今でも、その気持ちに変わりはないのですか? 対等でいたいと」

 咲乃の言葉に昨日の日陰が頭を過ぎる。


「いや、正直なところもうそんな意識はしていないよ。けれどもうん、今更彼奴の下に着くには私はもう、意地を張りすぎている。残念ながら」

 残念。そう口にした瞬間。小乃美は自分の気持ちが垣間見えた気がした。


 ああそうか。本当の自分は今でも日陰の下に着くことを望んでいるのはでは無いか。意地とか、立場などを無視して、子供の頃のようにただ日陰の傍にいる。それだけを望んでいるのかも知れない。


「意地を張っていても、日影様はそれを気づくお方です。その上でそれ事欲しがる、そんな方です。私が見てきた境内日陰という方は」

 茶を飲んで、瞳だけを小乃美に向ける咲乃。その目が込めた意志を確かに受け取り、されど彼女は簡単に頷くことは出来なかった。


「意地ごと欲しがるか、言い得ている。私などより、よほど君の方が日陰を知っているらしい」


「いえ、私は何も知りません。それが悲しいけれど、私はそれで満足している器の小さな女と言うだけです」


「満足、か。君は日陰が……いや、やめておこう」


「愛しますよ、彼がどんな物を抱えていても、彼流に言うのならばそれ事愛して見せます」


「知っているのか?」


「いいえ、恐らく貴方が知っていることを私は知りません」

 瞳を捉えて放さない、そして捕らえさせたら逃さない。彼女と日陰のどこが似ているのか、小乃美は気がついた。


 この強引さと強く揺るぎない意志。自分のようにぶれることの無いその強さが、小乃美には堪らなく眩しく映っていたのだろう。日陰にしても、この目の前にいる彼の腹心の部下にしてもだ。


「そろそろ失礼させていただく。話せて嬉しかった」


「私もです。貴女と話せて、良かった」

 片腕を椅子の肘置きに乗せ一気に押し込んで立ち上がり、小乃美は部屋を後にしようと歩き始める。


「一ノ宮さん」

 その小乃美の脚を咲乃は止めた。


「ん?」


「日影様が貴女を欲しいって言った意味。もう一度考えてみて下さい」


「だから私は」

 腕と目がそう続けようとした言葉を口にする前に、咲乃は首を横に振った。


「あの人は、その傷ごと欲しいと言うに決っています。ですからもう一度考えてみて下さい。その時はまた、ご一緒にお茶をしましょう」

 ずれ落ちた眼鏡を持ち上げながら、その奥の瞳をぎらつかせて言う彼女に、小乃美は一度首を振りかけてから、しかし縦に下ろすこともせずにその場を後にした。


「傷ごと欲しい。か」

 案外あっさりと口に出しそうだ。そんなことを思いながら小乃美は吊されている動きを失った指を残った手でそっと撫でた。


「傷食いに傷ごと欲しい。なんて」

 自分の言葉に嗤いながら、小乃美は心が少しだけ軽くなったような感覚を抱いていた。


「なあ。お前ももう一度戦いの場に帰りたいか?」

 動く腕を片眼で見下ろしながら、何度か拳を造り感触を確かめてみる。当然拳は物を言うことは無く、最終的な結論は小乃美の一存に任せられることとなる。


 このまま政治的な立場で軍警内部の残ることは勿論可能だろう、失態も家の名を使えばそれなりに回復させることは可能であり、なにより自分はまだ若い。今からならばやり直しは効くだろう。


 それとももう一度剣を取り、今度は境内日陰の元で彼の為に剣を振るい続けるのか、また傷を負うだろう、女としての幸せも手にすることはないだろう。なにより生き残れるかすら定かでは無い。


 それでも尚、その道を選ぶのか。


 それを決める最後の一手はやはり。


「ここまで来ると、私の意地もまた病気だな」

 心より沸き立つ想いを止めることは出来ない。握った拳の中に熱い血潮がまだ流れているのを彼女は感じ取った。今の自分にあるのは片腕片目そして、この血だけ。


 低く嗤いながら、軍警署の中を彼女は出口に向かって歩いて行く。


 出した結論を形に変える為に。


 その腕に再び剣を取る為に。


 彼女は新たなる自分の道を歩き出す。


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