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減給された40代社畜、深夜バイトで国家級ダンジョンの管理者になる  作者: Gaku


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第8話「替えの利く男」 〜小さな歯車は、誰かの夜を回している〜

朝の事務所には、乾いた紙の匂いが満ちていた。


 窓際のブラインドの隙間から、白く薄い日差しが斜めに入っている。光は机の上に積まれた書類の角を照らし、ホチキスの針やクリップの銀色を小さく光らせた。空調の風が天井からゆるく降り、誰かの机に置かれた付箋をかすかに震わせている。


 佐藤誠司は、自分の席で伝票の数字を見ていた。


 目の奥が重い。


 昨日の夜、眠れたのは三時間ほどだった。布団に入った記憶はある。だが、眠りは浅く、何度も途切れた。暗闇の中で、画面に浮かんだ赤い表示や、区画内人員という冷たい文字が何度も脳裏をよぎった。


 そのたびに、胸の奥が少しだけ詰まった。


 救えたのだろうか。


 あれでよかったのだろうか。


 自分が選んだ道の先で、本当に全員が外へ出られたのだろうか。


 答えはなかった。


 会社に来れば、目の前にあるのはいつもの数字だった。納品数。発注数。品番。差異。単価。そこに人の呼吸はない。けれど、昨夜から数字の見え方が少し変わっていた。


 一つのズレの向こうに、誰かがいる。


 そう思うと、ただの表の線まで、以前より重く感じた。


「佐藤くん」


 背後から声がした。


 誠司は振り返る。


 矢沢が立っていた。


 細いネクタイをきつく締め、片手に紙の束を持っている。眉間には薄い皺が寄っていた。朝から不機嫌なのか、それとも不機嫌でいることが癖になっているのか、見分けがつかない顔だった。


「はい」


「これ、今日中にまとめておいて」


 矢沢は机の上に紙の束を置いた。


 どさり、という音がした。


 誠司の机の上で、書類が少し滑る。端の一枚が斜めになり、朝の光を受けて白く光った。


「今日中、ですか」


「そう。こっちも忙しいんだよ。上から急に言われてさ」


 矢沢は、誠司の返事を待たずに続けた。


「在庫表。品番ごとに数量、納期、保管場所。あとは欠品リスクの確認。いつものやつだから、できるでしょ」


 誠司は書類の一枚を見た。


 品番がずらりと並んでいる。その隣に部品名。


 階層安定センサー。


 退避経路制御ユニット。


 外壁振動検知モジュール。


 目が、その二つの言葉で止まった。


 階層安定。


 退避経路。


 胸の奥で、小さく何かが引っかかった。


 夜の作業室で見た画面には、区画安定値や退避経路という文字があった。完全に同じではない。だが、どこか似ている。近い匂いがする。


 誠司はしばらく書類を見つめた。


「どうかした?」


 矢沢の声に、誠司は顔を上げた。


「あ、いえ。こういう部品も扱ってるんですね」


「今どき、どこのメーカーも絡んでるよ。国の関連案件は金になるからね。うちみたいな中堅でも、下請けの下請けくらいは回ってくる」


「そうですか」


「知らなかった?」


「……あまり、そちらの部署ではないので」


「まあ、佐藤くんはそういうところに入らないもんね」


 矢沢の口元が、わずかに歪んだ。


 その笑い方は、大きな声で馬鹿にするよりも痛かった。音もなく、机の上に薄い刃を置かれたようだった。


 誠司は書類へ目を戻した。


 深く考えない方がいい。


 夜の仕事では、余計な詮索をするなと言われている。そもそも、ただのデータ入力だ。偶然、似た言葉が出てきただけかもしれない。ダンジョン関連の部品など、今の日本では珍しくもない。テレビでも新聞でも毎日のように見る。


 そう自分に言い聞かせる。


 けれど、紙の上の文字は、なかなか視界から消えてくれなかった。


 矢沢は机に片手をついた。


「昼までに一次版。定時までに確定版。いけるよね」


「今抱えている分もありますので、少し確認してから――」


「いや、確認じゃなくて、やるの」


 矢沢の声が少し低くなった。


 周囲のキーボードの音が、一瞬だけ薄くなった気がした。


 誰もこちらを見ていない。


 だが、見ていないふりをしているだけだということも、誠司にはわかった。


 空調の風がブラインドを揺らし、窓辺で細い金属音が鳴った。外には青い空が広がっているはずなのに、事務所の中の空気は重かった。


「君、替えが利く仕事しかしてないんだから」


 矢沢は言った。


 その言葉は、低い声なのに妙によく通った。


「こういう時くらい、ちゃんと穴埋めしてくれないと」


 誠司は何も言わなかった。


 言い返す言葉はいくつも浮かんだ。


 自分にも仕事はある。


 今日中と言われても、他の納期がある。


 急に押し込まれても、できる量には限界がある。


 だが、そのどれも口に出る前に、胸の中で折れていった。


 反論したところで、仕事が減るわけではない。揉めれば、また評価に響く。減給されたばかりの今、自分がこれ以上立場を悪くするわけにはいかない。


 美咲の家計簿。


 湊のすり減った靴。


 陽菜が描いた、小さな父親。


 思い出すたび、喉の奥が硬くなった。


「……わかりました」


 誠司はそう言った。


 矢沢は満足したように、鼻で短く息を吐いた。


「助かるよ。まあ、佐藤くんなら時間はかかっても間違えないでしょ」


 褒めているのか、釘を刺しているのか、わからない言い方だった。


 矢沢が去っていく。


 革靴の音が床を叩き、やがて他のキーボード音に混ざった。


 誠司は書類の束を揃えた。


 紙の角が指に触れる。わずかに鋭く、冷たい。指先に小さな痛みが走った。


 替えが利く。


 その言葉が、胸の奥でゆっくり沈んでいった。


      *


 昼休みの休憩室は、電子レンジの匂いがしていた。


 温められた弁当の白米、ソース、冷凍食品の油の匂いが混ざり、窓のない部屋にこもっている。壁際の小さなテレビでは、音量を絞ったニュースが流れていた。画面の下に文字だけが流れ、誰も真剣には見ていない。


 誠司は隅の席で弁当箱を開けた。


 美咲が詰めてくれた卵焼きと、昨夜の残りの煮物。隙間に冷凍の唐揚げが一つ入っている。湊が好きなやつだ。自分の弁当に入っているということは、家の残りは少なかったのかもしれない。


 箸を持ったまま、誠司は少しだけ止まった。


 ふと、矢沢の声が耳に入る。


 休憩室の入り口近くで、矢沢が別の社員と話していた。


「いや、こっちも上から詰められてるんだよ。住宅ローンだってあるしさ。評価下げられたら本当に困るんだよ」


「矢沢さんも大変ですね」


「大変だよ。家じゃ子どもの塾代が上がるって言われるし。こっちだって余裕ないっての」


 矢沢は笑っていた。


 だが、その笑いには乾いた音が混じっていた。誰かを見下している時の笑いとは違う。喉の奥に小さな石でも詰まっているような、苦い笑いだった。


 誠司は、卵焼きを口に運んだ。


 甘い味がした。


 美咲の卵焼きは、いつも少し甘い。陽菜が小さい頃から好きだった味だ。


 矢沢も追い詰められているのかもしれない。


 そんな考えが、一瞬だけ浮かんだ。


 それでも、だからといって押し付けられた言葉が消えるわけではなかった。誰かが苦しいからといって、その苦しさを別の誰かの首にかけていい理由にはならない。


 誠司は黙って食べた。


 休憩室の窓はすりガラスで、外の景色はぼやけていた。昼の光だけが白く滲み、誰の顔も少し疲れて見えた。


      *


 午後の事務所は、朝よりも空気が乾いていた。


 プリンターが何度も紙を吐き出し、電話が鳴り、誰かが小声で謝っている。窓の外では風が強くなったのか、街路樹の葉が揺れていた。ブラインドの隙間から見える緑が、光を受けてちらちらと動く。


 誠司は在庫表の修正を続けていた。


 階層安定センサー、保管数二十四。


 退避経路制御ユニット、保管数八。


 外壁振動検知モジュール、納期未定。


 数字を打ち込み、照合し、差異を赤で拾う。


 目は痛かった。


 こめかみの奥が鈍く脈打っている。眠気はもう通り過ぎ、逆に頭の表面だけが妙に冴えていた。指だけが機械のように動いている。


 夕方、ようやく一次版がまとまった。


 誠司は矢沢にデータを送った。


 すぐにチャットが返ってくる。


【これ、明日の朝一までに確定版にして。部長に出すから】


 誠司は画面を見つめた。


 今日中と言われていたものが、明日の朝一に変わっただけだった。つまり、今夜も持ち帰りか、深夜勤務前のわずかな時間でやるしかない。


 指先が少し震えた。


 怒りではない。


 疲労だった。


 ただ、疲れていた。


 誠司は小さく息を吐き、返信欄に文字を打った。


【承知しました】


 送信したあと、しばらく画面を見たまま動けなかった。


 自分の名前が、社員名簿の一行に過ぎないように思えた。


 消しても、別の誰かを入れれば表は埋まる。


 抜けても、代わりの歯車が差し込まれる。


 そんな感覚が、肩の上に静かに積もっていく。


      *


 同じ時刻、別の場所で、ひとつの画面が青白く光っていた。


 部屋は暗かった。


 窓には厚い遮光カーテンが下ろされ、外の夕方の色は入ってこない。空調の音だけが低く続き、壁一面に並ぶモニターが、見る者の顔を淡く照らしていた。


 机の上には、紙の資料が整然と並んでいる。


 そこに座る人物は、薄いフレームの眼鏡を指で押し上げた。


 画面には、名前ではなく記号が表示されている。


【対象:S.S】


【操作時間帯:23:00~05:00】


【日中操作記録:なし】


【推定:本業を持つ民間人】


 黒い画面に、白い文字が静かに増えていく。


【操作特徴】


【慎重】


【段階的】


【安全優先】


【人命保護を最上位判断として選択】


 沈黙があった。


 それは会社の沈黙とは違っていた。


 誰もが見ていないふりをする沈黙ではない。見落とせないものを前にした人間が、言葉を慎重に選ぶための沈黙だった。


 分析官は、最後の欄に短く入力した。


【評価】


 指が一度、止まる。


 モニターの光が、その目の奥に小さく映っている。


 やがて、文字が打ち込まれた。


【この操作者は、替えが利きません】


 送信音は鳴らなかった。


 ただ、画面の端で、小さな保存完了の表示だけが静かに点いた。


夜の帰り道、風は昼より冷たかった。


 駅から自宅までの道には、低い街路樹が並んでいる。葉は夜風にあおられ、暗い空の下でざわざわと乾いた音を立てていた。街灯の光が歩道に丸く落ち、その光の端で、細かな砂埃がかすかに舞っている。


 誠司は鞄を肩にかけ直した。


 中には、矢沢から押し付けられた在庫表の資料が入っている。紙の束は薄いはずなのに、肩に食い込む重さは妙に現実的だった。


 帰宅して、夕飯を食べ、子どもたちの話を聞き、湊のすり減った靴をまた目にして、それから資料を開いた。


 美咲が台所で洗い物をしている音が聞こえる。


 水が流れる音。


 皿が触れ合う音。


 その一つ一つが、誠司の背中に刺さるようだった。


「今日は、少し休んだら?」


 美咲が言った。


 誠司は画面から目を離さずに答えた。


「うん。これだけ終わったら」


「それ、会社の?」


「朝一で必要なんだって」


「……そう」


 それ以上、美咲は何も言わなかった。


 リビングに、短い沈黙が落ちた。


 テレビは消えている。子ども部屋からは、陽菜と湊が布団の中で小さく話す声が聞こえていた。外では風がベランダの物干し竿を揺らし、金属がかすかに鳴った。


 誠司は表の数字を埋めていく。


 階層安定センサー。


 退避経路制御ユニット。


 外壁振動検知モジュール。


 どれも昼間から何度も見た言葉だった。


 深夜勤務の端末で見る文字とは少し違う。違うはずなのに、目の奥で重なって見える。


 気にするな。


 ただの部品だ。


 ただの会社の仕事だ。


 そう思いながら、誠司は最後の欄を埋めた。


 時計を見ると、もう夜十時を回っていた。


 仮眠できる時間は、三時間もなかった。


      *


 深夜の作業室は、いつもより白く見えた。


 睡眠不足のせいか、照明が目に刺さる。三台のモニターの光が、暗い部屋の中で青白く浮かんでいた。机の隅には、柴田から渡された缶コーヒーが置かれている。缶の表面についた水滴が、ゆっくり滑って、机に小さな跡を作っていた。


 誠司は椅子に座り、こめかみを指で押さえた。


「……大丈夫。数字を見るだけだ」


 声に出すと、少しだけ自分をごまかせる気がした。


 端末が立ち上がる。


 今夜の表示は、赤ではなかった。


 黄が二つ。


 緑が多数。


 処理すべき区画はB-5。


【B-5区画 安定値補正】


【現在値:94.1%】


【推奨値:95.8%】


【補正幅:+1.7%】


 誠司は息を吐いた。


 緊急ではない。


 誰かが閉じ込められているわけではない。少なくとも、画面にはそう出ていない。


 だからこそ、油断してはいけない。


 そう思った。


 思ったはずだった。


 指が動く。


 補正値を入力する。


 目が数字を追う。


 だが、ほんの一瞬、視界の端で在庫表の数字が重なった。昼間見た部品数。納期。矢沢の声。明日の朝一。替えが利く。


 その言葉が、薄い針のように意識を突いた。


 入力を確定した瞬間、画面が短く点滅した。


【補正実行】


【現在値:95.6%】


【偏差:-0.2%】


【許容範囲内】


 誠司の指が止まった。


 喉が乾く。


「……ずれた」


 たった0.2%。


 画面は問題なしと言っている。


 許容範囲内。


 処理は通っている。


 警告音も鳴らない。


 だが、誠司にはわかっていた。


 今のは、自分のミスだ。


 確認が一拍遅れた。最後の数字を見誤った。疲れているから。眠いから。昼間の仕事を引きずっていたから。


 理由はいくらでも並べられる。


 でも、ずれたという事実は変わらない。


 背中に冷や汗が滲んだ。


 空調の風が首筋を撫でると、そこだけ氷を当てられたように冷たかった。誠司は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 もし、これが昨日のB-14だったら。


 もし、誰かが閉じ込められている時だったら。


 もし、0.2%が誰かの足元を崩す数字だったら。


 息が浅くなる。


 モニターの光が、目の奥でにじんだ。


「おい」


 扉の方から声がした。


 柴田が立っていた。


 いつから見ていたのかわからない。腕を組み、入口の壁にもたれている。表情はいつも通り読みにくかったが、目だけはこちらを見ていた。


「顔が白いぞ」


「……入力、ずれました」


 誠司は言った。


 隠しても仕方がなかった。


「0.2%。許容範囲内とは出ています。でも、ずれました」


 柴田はしばらく黙っていた。


 その沈黙は、責めるものではなかった。


 ただ、誠司が自分でその重さを受け止めるのを待っているような沈黙だった。空調音が低く鳴り、どこか遠くで水の流れるような音がした。缶コーヒーの水滴がまた一つ、机へ落ちた。


「完璧な人間なんぞ、ここには来ない」


 柴田は低く言った。


 誠司は顔を上げた。


「来るのは、不完全なのに諦めない人間だ」


 その言葉は、静かに落ちた。


 慰めのようで、慰めではなかった。


 甘やかす言葉ではない。だが、切り捨てる言葉でもない。


 誠司は唇を結び、もう一度画面を見た。


【許容範囲内】


 その表示は消えていない。


 だが、誠司の中には、別の表示が残った。


 ずれた。


 次は、ずらさない。


 彼は補正後の推移を開き、B-5区画の数値をひとつずつ確認した。十秒ごと。三十秒ごと。一分ごと。安定しているか。揺り戻しはないか。別の区画に負荷が逃げていないか。


 柴田は何も言わず、入口から離れた。


 扉が閉まる音がする。


 誠司はそれからも画面を見続けた。


 眠気は消えていた。


 代わりに、胸の奥に重い石が残っていた。


      *


 勤務が終わるころ、外はまだ暗かった。


 作業室のモニターを落とすと、部屋の青白い光がひとつずつ消えていく。最後に残った画面が黒くなった瞬間、誠司は自分の顔が映っていることに気づいた。


 疲れた顔だった。


 目の下に影があり、髪も少し乱れている。会社の洗面所で見る自分より、ずっと老けて見えた。


 それでも、逃げ出してはいなかった。


 誠司は鞄を持ち、廊下へ出た。


 受付の前で、柴田が缶コーヒーを一本投げるように差し出した。


 誠司は慌てて受け取る。


「ありがとうございます」


「礼はいい」


「……今日のこと、記録に残りますよね」


「残るだろうな」


「そうですか」


 誠司は缶を握った。


 冷たかった。


 その冷たさが、掌の熱を奪っていく。


「でも、お前は気づいた」


 柴田が言った。


「え?」


「気づいて、見直した。そこを飛ばす奴の方が危ない」


 誠司は何も返せなかった。


 柴田はもうこちらを見ていなかった。手元の古い端末に視線を落とし、いつもの眠たげな顔に戻っている。


「帰れ。ちゃんと寝ろ」


「はい」


 誠司は頭を下げた。


 階段を上がる。


 外へ出ると、夜明け前の空は濃い藍色だった。ビルの縁がぼんやり白み始めている。風が通り抜け、道路脇の雑草を揺らした。細い草の葉が互いに触れ、さわさわと小さな音を立てる。


 アスファルトを踏む革靴の音が、朝の冷たい空気に硬く響いた。


 スマホが震えた。


 一度ではない。


 二度。


 誠司は歩道の端で立ち止まり、画面を見た。


 一つ目は、矢沢からだった。


【在庫表、明日の朝一ね。遅れないように】


 誠司はしばらく、その文字を見ていた。


 深夜の冷たい風が、シャツの隙間から入り込む。肩が重い。身体の芯が眠りを求めている。


 もう一つの通知に指を滑らせる。


【勤務先システム】


【作業者S.Sの操作精度:極めて優秀】


【適性評価の再計測を推奨します】


 誠司は眉をひそめた。


 疲れた目で、もう一度読み直す。


 意味がよくわからなかった。


「……なんだこれ」


 会社の連絡アプリでもない。家族からでもない。広告なのか、迷惑通知なのか。


 誠司は小さく息を吐いた。


「こんなのまで来るのか」


 画面を閉じる。


 ポケットにスマホをしまう。


 朝の風の中を、誠司はまた歩き出した。


 彼の背中に、薄い朝日が差し始めていた。まだ弱い光だった。けれど、アスファルトに伸びた影は、夜の中に沈むことなく、前へ細く伸びていた。

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