22話 ゆるい恋人
「それがですねぇ……」
景子は母とのやりとりを簡単に説明する。龍彦がやってきた事ですっかり頭の中から飛んでしまっていたが、現状何も解決しておらず、景子は話しながら再び気が重くなってしまった。
「お、お、お母様からの、男の紹介、だと!」
龍彦は予想外の話に驚き、わなわなと震えている。
「はぁ、情けないですけど、私がこんななので、母も何かと心配みたいです……」
景子はガックリと肩を落としながら野菜を刻む。
「ふむ、お母様の職場の男ってことは、やっちまう訳にもなぁ……」
(タツさん、何か今怖いこと言ったような……)
龍彦は腕組みをして、物騒なことを呟きながら何やら考え込んでいた。龍彦が何を言い出すか心配だったが、景子も何かいい案がないかと考えを巡らせる。
すると、龍彦は何か閃いたようで、突然「あぁ!」と大声を出した。
「トカゲちゃん! 俺って、トカゲちゃんの彼氏、でいいんだよね!?」
「えぇぇ!?」
「いや何でよ!? ビックリしないでよ! 俺また泣きそうなんだけど!?」
「すすすすみません! なんだか、まだ実感がなくて……」
景子は照れ笑いを浮かべ、頬をポリポリと掻く。そんな様子に龍彦は不安になったようで、ジトッとした目で見つめていた。
「むぅ、それで? 俺は彼氏、トカゲちゃんは彼女、なんだよね?」
「はは、はい! も、もちろんです!」
鼻息荒く言う姿が、面白くも可愛らしく、龍彦は思わず吹き出して大笑いする。
「ぶはっ! そんな意気込まなくたって! あっははは、だめだ、おもろすぎる!」
「も、もう、そんな笑わなくたって……真剣なのに」
しばらく笑い転げる龍彦を見てむくれていた景子だが、話の続きを聞こうと龍彦に尋ねた。
「それで、何か良い案が浮かんだんですか?」
「あぁ、ごめんごめん。ゴホン、えーつまり、お母様は、トカゲちゃんに恋人を作って欲しいわけだよ。と言うことは……」
「ん?」
「もう俺がいるんだから、それを正直に言えばいいんだよ!」
ドンと胸を叩き、龍彦は自信満々に話す。景子もようやく理解出来たようで、ワンテンポ遅れ「ああ」と大きく頷いた。
「で、でも、そんな事で良いのかな?」
「大丈夫だって。ほら、トカゲちゃん、こっち来てこっち」
「ん?」
龍彦は急にチョイチョイと手招きをすると、景子を側に座らせた。そして小さいバッグの奥底からニット帽を取り出すと、それを被ってスマホを自撮りモードにする。
「ほら、笑ってー」
「わわ……」
急に肩を抱き寄せられ、景子はバランスを崩して龍彦の胸に倒れるようになった。
龍彦は手際よくツーショット写真を撮影し「よし!」と呟くと、それを景子のチャットに送りつけた。
「今送った写真、お母様に彼氏出来たよーって送ってみてよ。一応髪色は帽子で隠したから」
「な、なるほど……でも、どうして隠したんですか? 似合ってるのに」
不思議そうに聞く景子に、龍彦は少し困ったように笑った。
「まぁ、俺は好きでこの格好してるけど、傍からみたら、ちょっと不良っぽいかもだし……お母様にちょっとでもよく思われたいしねー」
「ふふ、そういえば、私も最初は少し怖かったかも」
初めて龍彦と出会った時を思い出して、景子は懐かしい気分になった。
「でも、タツさんが優しいのはすぐにわかったので、いつの間にか全然気にならなくなってました」
「そ、そっか……えへへ、ありがと」
優しい笑顔で話す景子の姿に、龍彦はくすぐったくなり少年のような顔で笑うのだった。
しばらく二人は初々しくも幸せな時間を過ごしていたが、龍彦は仕事を抜けてきたことを思い出し、名残惜しいがショップに帰る事になった。
「じゃあトカゲちゃんまた今度ね! お母様にもヨロシク」
「はい、後で連絡してみます。そう言えば仕事中だったのに、長いこと引き止めてしまってすみませんでした……」
玄関での別れ際、申し訳なさそうに謝る景子を見て、龍彦は「うーん」と何か悩むような声を出す。
「そう言うのも、トカゲちゃんらしくていいけど……これからはもっとわがまま言って良いんだからね」
「わがまま、ですか?」
「そ、だって俺たち、もう恋人でしょ?」
「ここ、恋人……!」
その言葉に過剰に反応し赤くなる景子に、龍彦は不意打ちに頬に軽くキスをする。
「ふふ、隙ありってね。 じゃあねトカゲちゃん! また後で連絡する!」
龍彦はニヤリと笑うと、逃げるように帰っていった。残された景子は顔を真っ赤にし、玄関の前でしばらく時が止まったように固まるのだった。
「お、戻ってきた……お帰りっす! 平戸さん調子どうでしたか?」
ショップに戻ると、渋谷が奥のデスクに暇そうに椅子に座っていた。
「あぁ、風邪もよくなってた。明日から仕事も行けそうだって……なぁヤス、今からこれ、諒の店に貼ってきてくれ」
「なんすかこれ……うわヤバ! 店のポスターだ! カッケェ!」
龍彦は景子の作ってくれたポスターを何枚かコピーしており、渋谷に渡した。そしてなぜか自慢気に鼻を高くしている。
「ふふーん、すげぇだろ。実は、トカゲちゃんが作ってくれたんだー」
「平戸さんが!? へぇー、彼女こんなの作れるんすねぇ」
渋谷は感心するようにポスターをじっくりと眺める。その横で龍彦はテキパキとポスターを額縁にセットしていた。渋谷はそれに気づくと、まるでアホを見るような目を向ける。
「……あの、何してんすか?」
「見てわかんだろ! 額縁にいれて、これから毎日欠かさず拝むんだよ!」
バカなことを言っているが、彼の目は真剣そのものだ。渋谷はツッコミを入れるのもバカバカしくなった。
「……俺、ポスター貼り行ってきまーす」
嬉しそうに額縁を飾る龍彦をしらけた目で見ながら、その場から立ち去る渋谷であった。
(ふぅ、やっと腹が満たされたぜ……ってかげこ、お前さっきから何してんだ?)
龍彦が帰ってから、景子は母にチャットを送るべく、スマホとの睨み合いをかれこれ一時間は続けていた。
同じような文面を消しては打ちを繰り返し、その度に深いため息をつく。
「んー、どうやって伝えれば……」
難しい顔で呟くと、突然母からの着信があった。
「わっ!」
驚きスマホを落としそうになりながらも電話に出ると、母の大きな声が景子の耳に響き渡る。
「景子! あんた、ちゃんと返事しなさいよね!」
「ごご、ごめん、私、昨日は風邪で調子悪くって……」
「え!? 大丈夫なの? 仕事終わったら差し入れしようか?」
「大丈夫だよ、もうだいぶ調子戻ったから。明日から仕事も行けるし」
風邪だと伝えると、母は途端に心配な声色に戻り、景子は少し落ち着きを取り戻した。
「そう? なら良かったけど……最近めっきり寒いんだから、ちゃんと暖かくしなさいよ。ところで、山田さんの件なんだけど……」
母がその話題を口にすると、景子はゴクリと唾を飲み、勇気を振り絞って口を開く。
「あ、あの! お母さんっ……」
「え?……な、何よ」
なかなか次の言葉が出ないので、母は思わずズッコケそうになる。
「私! かかか、彼氏、出来たの! だから、山田さんには会えない、です……」
「へー、そうなんだ。彼氏出来たの……えぇ!? ホントに!?」
一瞬話が入ってこなかった母だが、予想外の報告に驚き電話の向こうで動揺しているようだ。
「ほ、ほんと。実は、さっきチャット送ろうと思ってたの」
「へぇ、あんたにもやっと恋人が出来たのねー 今日は帰ったらお祝いパーティーだわ」
「お、大袈裟だよ。それで、山田さんは……」
「あー、もういいわ! 山田さんにはうまく言っとくから! なんなら、お詫びの合コンでもセットしてあげれば問題なしよ!」
(そ、それでいいんだ……山田さんっていったいどんな人なんだろ……でも、うまく逃げられて良かった!)
「ところで……」
母の声色が少し変わり、ホッとしていた景子にまた緊張が走る。
「今度お母さんに紹介しなさいよね! 景子の彼氏!」
「あ、あぁ、うん。わかった、じゃあねお母さん」
なんとか無事に母に報告も済み、紹介の件も解決した事で景子は安堵し、だらりとソファーに埋もれていた。
「はぁ、良かったぁー。そうだ、タツさんにも報告しなきゃ!」
今度は晴れやかな表情でスマホを操作する景子だった。
(なんだよ、今度はうれしそうな顔して。ころころ忙しいヤツだなぁ……それよりホレ、俺様を出せ! 暇だんだよー)
「ん? アゴノスケ、外出たいの?」
景子はアゴノスケをケージから出して、自分の腕にしがみつかせる。アゴノスケは勢い良く駆け上がり、景子の肩まで登っていく。
「あははは、くすぐったい! あ、そうだ!」
パッと閃き、景子は肩に乗るアゴノスケの写真を撮る。
『タツさんお疲れさまです!
今、母から電話があって、タツさんの事を伝えたら、喜んでくれてました。
紹介の件はうまく断ってくれるそうです。
せっかく撮った写真は、送りそびれちゃって残念ですけど……
母が、タツさんに会いたいと言っていたので、良ければまた会ってくれると嬉しいです
あと、元気なアゴノスケの写真も送っておきます!』
チャットと共に、肩の上で大きく口を開けたアゴノスケの写真を送り、景子はニッコリと微笑む。
「ふふ、早く返事来ないかなー」
景子はアゴノスケの頭を撫でながら、早くも龍彦からの返事を待ちわびるのだった。




