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トカゲさんの育て方  作者: きぬごま
第六章
21/23

21話 告白


 翌日の午前中。

 龍彦はフトアゴヒゲトカゲのベビー達に餌を与える。

 その表情はどこか明後日の方角を見つめたまま、ケージ内に次々とコオロギを放り込んでいく。

 そのお陰で、ベビー達はわんさか跳ね回るコオロギに翻弄され大興奮だった。


「ちょ、ちょっとちょっと!? タツさん入れすぎ! バイキング状態じゃないっすか!」

「え? あ、うん」

 生返事をする龍彦の手は止まらず、もう床はコオロギのカーペット状態だ。


「いや、うんじゃなくて! もうヤバイって、手止めてぇ!?」

 渋谷の叫びでようやく龍彦は我に返り、目の前の光景に驚愕する。

「うおっ、なんじゃこりゃー!? 山盛りじゃねぇか! くそ、誰がこんなことをっ……」

 

 (……あんただよ)

 コオロギを必死に戻す龍彦の背中を、渋谷は心のツッコミを入れながら眺めていた。

  

「あの……一応聞いときますけど、どうしたんすか?」

「なんだよ、その適当な聞き方は」

 渋谷の態度に不満を感じ、龍彦は恨めしそうに睨む。

 

「まぁ適当って言うか……だいたい想像はつくんで」

「……実は、昨日トカゲちゃんがさ」

「ほらぁ、やっぱり」

 龍彦はムッとしつつも、話を続ける。


「……トカゲちゃん、昨日風邪で寝込んでて。様子を見に行って、俺が帰る頃には少し良くなったみたいだったけど……まだ少し心配で」

 景子の不調を聞いて、渋谷は一転して真剣な表情に変わった。

 

「そうだったんですか、だから昨日慌てて……彼女一人暮らしだし、確かに心配っすね」

「おう……今日は病院に行ってるはずだけど、どうだったか気になってよ」

 心配する龍彦を見かねて、渋谷はある提案をする。

 

「タツさん、メンテが終わったら、様子を見に行ったらどっすか? どうせお客さん少ないし、午後は俺が店番しとくんで」

「ヤス……お前ってやつは」

「あ、タダって訳じゃないっすよね? 今月の給料、期待してますから」


「チッ、くそが」

 感謝の言葉を言おうとした瞬間、しっかり見返りを要求する渋谷に舌打ちをする龍彦だった。


 ◇


「えぇ? 顔が緑色にぃ? ひゃひゃひゃ、そんなの見たことない。実物を拝めなくて残念ですよぉ」

「あはは……はぁ」

 

 近所のクリニックを受診した景子は、怪しげな高齢の先生に面白がられていた。

 

「ま、今は熱も風邪症状も無いようですし……他におかしな所がなければ様子を見ましょうか。一応風邪薬も出しとくから」

「はい、ありがとうございます」

「お大事に〜」

 

 この時期にしては空いてたのが気になっていたが、歯の抜けた笑顔で手を振る先生に、景子は妙な不安を感じる。

 (うーん……大丈夫かな? まぁ、お薬出して貰えたしいっか)


 病院を出てスマホを見ると、何故か母からメッセージが数件入っていた。

「あ、そういえば朝に来てたの、返事してなかったっけ」

 景子は夜中に連絡があったのを思い出して、内容を見ていく。


  

『景子、まだ山田さんに連絡してないでしょ! あんたが何も言わないから、私が山田さんと食事の約束しといてあげたから。ウジウジしてないで、絶対に行きなさいよ? 場所は……』


 自分の気持ちを無視した母の行動に、景子はぎょっとして声を上げる。 

「えっ、何で!? 山田さんって」

 混乱する頭で考え、以前母に渡されたメモの事を思い出した。

 

「あ、あの時の!?」

 鞄の中を探すと、奥底からシワシワになった紙切れが出てくる。

 景子はそれを見て、長いため息を漏らした。

 

「もう、お母さん……なんでこんな勝手なこと」

 

 見ず知らずの男性と食事など、考えただけで胃痛がする。

 まして、龍彦の想いを裏切るような事は、出来るはずもない。

 景子はふらふらと、病院に行く時より具合の悪そうな表情でアパートに戻った。


 ――――


「はぁ……どうしよう」


 帰ってからも、景子はソファーにだらりと座り悩ましい声を上げる。

 結局母への返事はまだ出来ず、画面を開いたまま悶々と考え込んでいた。


 (何て言えば……まだ、タツさんとは何でもないけど、絶対に行きたくない。でもあの感じ、断るのは難しそう) 


 堂々巡りになっていると、不意に部屋のインターホンが鳴る。


 ――ピンポーン


 「ん? 誰かな」


 立ち上がり画面を見ると、なぜか龍彦の姿があった。

 (えっ、どうしてタツさんが!?)

 

 驚いた景子は慌てて鏡の前で前髪を直し、ゆっくりと玄関のドアを開ける。

 

「……こ、こんにちは」

「トカゲちゃん! 良かった……顔色良さそう。病院は行った?」

 龍彦は出迎えた景子の顔を見て、ホッと安心したように微笑んだ。


「あ、はい。特にどうもないみたいですけど、風邪薬は貰ってきました」 

「そっか……あ、ゴメンね急に来ちゃって。じゃあ、俺は帰るから」

「えっ、もう帰っちゃうんですか?」

「ヤスにさ、午後の店番頼んでるし……それじゃ」


 俯いて背を向ける龍彦を見つめ、景子は咄嗟に彼の袖を掴む。

「えっ」

「あ、あの! 少し、お話しませんか?」

「……トカゲちゃん」


 景子の必死な表情に、龍彦は少し赤らんだ顔で静かに頷いた。


 ◇ 


 リビングに招かれ、龍彦は落ち着かない様子でテーブルの前に正座する。

 (う、昨日も来たけど……やっぱ緊張する)


「ち、散らかっててすみません……あの、お茶しかないですけど、いいですか?」

「……オレ、オ茶スキ」

 龍彦はギギギと首を動かし、何故か片言しか話さない。


 〈ははーん、おめぇ緊張してるな? カクカクしておもしれー! ほれ、もっとカクカクしろ、えーおい!〉

 アゴノスケはケージから面白そうに龍彦を観察していた。


「ど、どうぞ」

「アリガト」

 小さなトレーでお茶を運んだ景子は、龍彦の隣に座る。


 (タツさん、ちょっと変な感じ。もしかして、迷惑だった?……違う、そんな風に思っちゃ)


 咄嗟に引き留めてしまったものの、もう景子の気持ちは固まっている。

 景子は不安になる心を奮い立たせて、ぎゅっと両手を握り込んだ。


「仕事中なのにすみません。でも、どうしても……伝えたいことがあって」

「ふぇ!? だ、大丈夫だよ! 俺、どんなことだって……心の準備は、出来てるから」

「え? あ、はい」

 

 何となく話が噛み合っていないような気がしたが、景子はそのまま話を続ける。

 

「えっと、私……タツさんに、見てもらいものがあるんです!」

「え? 見る?」


 思っていた話と違い、龍彦はキョトンと呆けた顔で聞き返す。

 景子はテーブルの上のタブレットを操作し、ある画像を龍彦に見せた。

 

「これ……俺の、店の?」

「あ、はい。色々キャラクターを描いてみたんですけど。せっかくだから、ポスターも作ってみました」


 店にいる様々な爬虫類や両生類、色んな生き物が可愛らしく大集合で描かれている。

 その中央には特徴的なフォントで「レプタイルショップりゅうちゃん」の文字が大きくデザインされていた。


 龍彦は黙ったまま手で口元を覆い、真っ直ぐにその画面を見つめる。

 

「依頼のマスコットキャラクターも、それぞれ個別にあるので……イベントで売ってたようなグッズにも出来るかなって」

 ポスターの画像に釘付けになっていた龍彦は、話を聞いて不安げな表情で振り向く。

 

「もしかしてトカゲちゃん……これを描いてて、体調崩しちゃった、とか?」

「え、えへへ……ちょっと、根詰めすぎちゃったみたいです」

 

 照れ笑いを浮かべ鼻を擦る景子を、龍彦は唐突に抱き寄せる。

 

「もうっ、ゆっくりでいいって言ったじゃん! 無理したら、ダメでしょ?」


 華奢な体を強く抱き締め、龍彦は絞り出すように語気を強める。

 

「た、タツさん……泣いてるんですか?」

「……泣いてない。こんな凄いの見せられて、泣くわけない……嬉しいんだよ!」


 そうは言いつつ、龍彦は鼻をすすり、その声は涙に震えていた。

 景子はそんな彼の背中にそっと手を回し、ゆっくりと優しい手付きで擦っていく。

 

「良かった……私、こんなだから、タツさんの気持ちに……すぐに答えられなくて」

「うん」

「でも、絵なら……自分の、下手な言葉よりも、伝わるような気がしたから」 


 静かに相槌を打ち聞いていた龍彦は、体をスッと離し、真っ直ぐに彼女を見つめる。

 

「……それで、トカゲちゃんの気持ちは? 絵だけじゃなくて、言葉で教えてよ」

 

 龍彦の熱を持った瞳から、景子は目を逸らさずにじっと見返す。

 その一瞬の表情を、目に焼き付けるように。

 

「わ、私は……タツさんの、ことが」

「うん」

「だ、だだだ、大好きです! 人付き合いも下手だし、恋愛なんてしたこともない……いっぱい、迷惑かけちゃうかもしれないけど……これからもずっと、タツさんと、一緒にいたい」

 

 生まれてはじめて、自分の気持ちをさらけ出した。

 口を開くたびに心臓が震えて。それでも不思議と、言葉にするごとに心の中が晴れ渡っていく。

 

 景子の言葉を聞いた瞬間、龍彦は彼女の頭を自分の胸に抱き寄せる。

 さっきとは違い、優しく包み込むように。

 

「良かった……俺、これからもトカゲちゃんと一緒にいれるんだ」

「あ……返事、遅くなってごめんなさ」


 龍彦は体を離すと、そっと景子の肩に手を触れる。

 そのままじっと目を見つめると、ニヤリといたずらな顔で笑った。


「俺を待たせたお返しだ!」

「ふぇ?」

 龍彦は間抜けな声を出す景子に、顔を傾げて唇を合わせる。

 突然の事に目を見開き、息が止まりそうなキスに景子は驚き声を上げた。

 

「んんー!?」

「っはぁ……あれ?」

 満足げに唇を離して景子を見ると、驚いた表情のまま石像のように固まっていた。

 

「ちょ、ちょっと? トカゲちゃん!? わぁーん、ごめんよー! 出来心なんだよー」

 固まったまま動かない景子に、龍彦は情けない声で喚き肩を揺する。

 するとようやく、景子は我に返った。

 

「はっ!」

「あ、気づいた」 

「私、タツさんと……ききき、キッスを!?」

「ぷっ、キッスって。なんか昭和っぽいね」


 どこか抜けている景子の反応に、龍彦は平常心を取り戻す。

 笑われたことで、景子は恥ずかしそうに俯く。

 

「……すみません。初めて、だったもので」


 しょんぼりする景子を眺め、龍彦は幸せそうに微笑む。

「トカゲちゃん、もう謝るの禁止……っていうか、初めてじゃないし」

「え?」

「ううん、こっちの話〜」

 

 顔を上げた景子の肩に、龍彦はコツンと頭を預ける。

「た、タツさん!?」

 龍彦は顔を真っ赤にする景子に、甘えたような声を出す。

「これからトカゲちゃんの初めては……全部、俺だからね?」


 その言葉に、景子は真っ赤な顔で白目を剥く。

 そして再び気絶しそうになりながらも、寸前で何とか止まるのだった。


 そんな時、ふとケージが騒がしくガサガサと音を立て始める。   

 <オラオラそこのバカップル! 俺様の前で堂々とイチャついてんじゃねーぞ! そんでかげこ、絶対俺様のメシのこと忘れてるだろ!>


 空腹に耐えかねたアゴノスケは、ヤンキーのように懸命に茶々を入れていた。


「……あぁ! 忘れてた!」

「え? あいて!」

 ようやく思い出した景子は、唐突に立ち上がる。

 その拍子に龍彦はバランスを崩し、頭から床に倒れ込んだ。

 

「待っててねアゴノスケ、今準備するから!」 

 景子は倒れた龍彦に気付かず、慌ててエサの準備に取りかかる。

 

 (くそっ、いいとこだったのに……ん? 何だこれ)

 

 転がった拍子に、龍彦は床に落ちていた紙切れを手に取る。

 そこには男の名前と、チャットIDが書かれていた。

 

「山田健次郎? ねぇトカゲちゃん……これって誰?」

 真面目な声で聞くと、かげこは野菜を切る手を止めて苦笑いを浮かべる。

 

「え? あ、それ! えっと、ですねぇ……実は、私もどうしたらいいか」

「んん〜?」


 急に出て来た謎の男の名前に、龍彦はしかめっ面で首を傾げるのだった。




  

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― 新着の感想 ―
「はぁー、良かった……俺、これからもトカゲちゃんと一緒にいていいんだ……」って、龍彦の気持ち、すげ~わかる~!これ、ホッとするというか、すぐは実感できないけど、「あ、いいんだ」的な。嬉しいよね~。 こ…
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