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トカゲさんの育て方  作者: きぬごま
第四章
14/23

14話 お誘い

 お洒落な音楽が控えめに奏でられている店内。そんな優雅な雰囲気の中で母の表情は険しく、眉間に深いシワを寄せて景子を睨む。

 あまりの気まずい空気に耐えられず、景子は視線を泳がせながら珈琲をすすっていた。

「……なんであんなの飼い出したのよ。しかも私に内緒で」

 母は仏頂面で問い詰める。

「別に、いちいち言うことでもないかなって。それに、何を飼おうが私の自由だし……」

「はぁ……普段は大人しいくせに、たまにとんでもない事をしでかすのよね、アンタって」

 母はテーブルで頬杖をついて大きなため息を吐く。

「あんなの飼ってたんじゃ、彼氏もろくに出来ないわよ。そろそろ良い歳なんだし、変なトカゲなんか飼ってないで、いい人見つけなきゃ」

「へ、変なトカゲって何よ。あ、アゴノスケはとっても可愛いし、それに、物分かりが良くって賢いんだから」

「賢い?トカゲに人間の言うことがわかるっての?」

「うーん、わかんないけど。私の言うことはちゃんと聞いてくれるよ。この前も、絵を描いてるときに動かずにじっとしてくれてたし」

 景子は母にアゴノスケの事を知ってもらおうと、昨日の出来事を得意気に話す。しかし母は変わらず興味を持つことはなかった。

「ふーん。まぁ、不気味な事には変わりないわね。ね、それより本当にいい人いないの?」

 母の興味はそればかりだ。

「いい人って……別に、いないけど」

 景子は俯きモゴモゴと口ごもる。しかし答えとは裏腹に頭の中にはぼんやりと龍彦の顔が浮かんでいた。

 

「仕方ないわねー。実は、お母さんの職場に年頃の独身さんがいるのよ。どうせこんなことだろうと思って、連絡先聞いといたから。その気があれば連絡してみなさいな」

 そう言うと母はバッグから小さな紙切れを差し出す。それには男性の名前とIDが書かれていた。

「そんな……勝手なことしないでよ。どんな人かもわかんないのに、困るよ」

 母の先走った行動に、景子はさすがに苛立ちを覚える。メモを突き返そうとするが、母は無理矢理に景子の手に握り込ませた。

「まぁ、興味なければ処分してもいいから。でも、職場では真面目そうな良い子なのよ。景子と合うような気がするけどなー」

 景子は押し付けられた紙切れを困惑した表情で見つめる。本当はその場で丸めて捨ててしまいたかったが、母の目もあり、その男性にも悪い気がしたので、とりあえず鞄にしまうことにした。


「じゃあね、景子。トカゲなんかに夢中になってないで、頑張んなさいよねー」

 景子をアパートまで送りとどけると、母は笑顔で手を振り颯爽と車をとばして去っていった。

 ようやくうるさかった母に解放され、景子はまるで台風が去った後のような気分だった。

 

 とぼとぼと部屋に戻った景子はアゴノスケの前でしゃがみこむ。

「ただいま……」

 暗い顔の飼い主を見て、アゴノスケはゆっくりとそばに寄ってくる。

 (おいおいどうしたんだ?腹でも痛いのか?)

 心配そうに首をかしげるアゴノスケを見て、景子はうるうると目を潤ませた。

「アゴノスケぇ……こんなに可愛いのに、ごめんね。お母さん、トカゲ嫌いなんだって……」

 (へぇ、俺様のカッコ良さがわからないとは、かわいそうな人間もいたもんだな)

 やる気なく床にベタッとうつ伏せになる姿を見て、景子は何かを決意したように立ち上がる。

「……私、なんとかお母さんにアゴノスケの事好きになってもらえるように頑張るよ。このままじゃ、アゴノスケが可哀想だもん。だから、落ち込まないでね!」

 (おうおう!なんかわかんねぇけど頑張れよ!俺様のファンが増えるのは喜ばしい事だからなー)

 景子の心配をよそに、アゴノスケは1ミリも落ち込んでなどいなかった。


「ほろほらカエルたん達!恵みの雨でちゅよ~」

 客のいないいつもの爬虫類ショップ。渋谷は目尻を極限まで下げたような顔で、上機嫌でカエルたちのケージに霧吹きで水を吹き掛ける。

「……おいっ、どうしたんだお前。気持ちわりぃな、営業妨害だぞ」

 渋谷の異変をしばらく遠目に眺めていた龍彦だが、しびれを切らしたようにツッコミを入れた。

「うふふ、気持ち悪いなんて。お口が悪いですよ、タツさん」  

 別人のような口調に龍彦はゾッとして身震いする。

「なぁ、ほんとにどうした?頭でも打ったか?」

「仕方ないですねぇ。実は……ジャジャーン!か、の、じょ、出来ちゃいましたー!」

「なっ!なにぃーー!?」

 渋谷はスマホの画面を勢い良く突きだす。待受画面には口元をスタンプで隠した若い女性の画像が映っていた。

 龍彦は信じがたい事実に衝撃を受け、白目を向いてパタリと床に倒れた。

 

「う、嘘だろ……キャバクラとガールズバー通いが趣味のお前に……彼女なんて出来るわけが……」

 なんとか正気を取り戻した龍彦は動揺しつつも問い詰める。

「それが、出来ちゃったんだなぁ。よく行くお店の新人ちゃんで、諦めずにアタックしてたら、この前ついに付き合う事になったんすよ!」

「……なんだよ。やっぱガールズバーじゃねぇか」

 事情を聞いた途端、龍彦は興味を無くしたようにさっさと仕事に戻っていった。

「ちょ、もっと聞いてくださいよ。興味持ってぇー」

「あんな、向こうはプロなんだよ。ふっ、残念ながら、お前は騙されてるんだ」

「騙されてないっすよ!あいりちゃんはそんな子じゃないんだい!」

 激昂した渋谷は、まるで小学生男子のように言い返した。

「はいはい、お幸せにー。カモにされないように気を付けろよー」

 龍彦は悪魔のような顔でバカにしたように笑う。祝福されると思っていたのに、逆に騙されているとまで言われてしまい、渋谷はしくしくと泣きながら恨み言を言い始めた。

「あいりちゃん、この前の動物園デートでお弁当まで作ってくれたんすよ?今時あんな純情な子いないのに……タツさんの鬼、悪魔!」

 キレる渋谷を放置していた龍彦だが、ふとあることを閃いたようだった。 

「……ふむ、動物園デートか」


 龍彦からのチャットが届いたのは、ちょうど昼休憩の時間だった。

『トカゲちゃん、お疲れさま!

 今度の休みって予定ある?暇だったら、俺とどこか遊びに行かない?』 

  

「え!?」

 思わず声を出してしまい、慌てて口に手を当てる。 

 (これは、もしかしてデートのお誘い?いや、別にそんな意味はないのかも?どうしよう……いや、すごく行きたいんだけど、なんだか緊張する!)

 

「わぁ!!」

「ひょえっ」

 悶々としていた景子だが、突然背後から大声を出されて体をびくつかせる。その拍子にスマホが床に落ち、蒼井はヒョイと拾い上げた。

「あぁ!先輩、デートのお誘いじゃないですか!奥手に見えて、なかなかやりますねぇ」

「みみ、見ないでくださいよぉ。べ、別にデートって訳じゃないですから……」

 わかりやすく動揺する景子に、蒼井はニヤニヤ笑いながら「はい」とスマホを返す。

「これ、もしかして前にBARにいた人ですか?」

「うぅ……」

 なんと言っていいのかわからず、景子はおろおろと落ち着きなく目線を泳がす。しかしなぜか蒼井にはバレバレのようだ。

「やっぱりそうなんだー。先輩、頑張ってくださいよ!私、応援してますから!」

「あ、ありがとう?でも私、男の人と二人で遊びに行ったこともないし、どうすればいいか……」

 嬉しい気持ちと不安な気持ちで、景子はなんともいえない緊張を感じていた。

「別に、普段通りで良いんじゃないですか?この前も良い感じでしたし。あ、そうだ先輩、初デートは普段より可愛い服で行かなきゃですよ!」

「可愛い服?どうしよう……私、ジーンズとか簡単な服しかないです」

 今ある服を思い浮かべてみたが、パーカーにジーンズ、気に入ってはいるがどれも可愛いとは言いがたい服ばかりだ。

「うーん、まぁそれも悪くはないんですけど、初デートには不向きかもですねー」

 蒼井はしばらく腕組みをして考えた後、ある提案をしてきた。

「そうだ!先輩、今日仕事終わりに服、買いに行きましょう!」

「えぇ!?」

「決まりですね!じゃあ、また後で声かけますねー!」

「ちょっと、私まだ何も言ってな……はぁ、行ってしまった」

 蒼井は人の話を聞かずに去っていってしまう。これが彼女の長所か短所か、そんな事を思いながら、景子は一人食堂に取り残されていた。

 

「見て見て先輩!このワンピース、可愛いですよー!しかもセール品」

 仕事終わり、蒼井と近くのデパートにやってきた景子は、普段は入ることのない感じのブランド店に落ち着かない様子だ。

「あ、あの、確かに服は可愛いんですけど。私には合いませんよね?」

「何言ってるんですか先輩。女子が可愛い服着て嬉しくない男性はいませんよ。まぁ、やりすぎは良くないですけど、これくらいは誰でも似合いますよ」

「でも……」

 悩む景子に、真剣な顔で蒼井は説得する。

「おしゃれするかしないかで、先輩の気持ちの伝わりかたも違うはずです。先輩、あの人の事好きなんでしょ?頑張って気持ちを伝えましょうよ!」

「気持ちを伝える……わかりました蒼井さん。私、頑張ってみます」

 蒼井の言葉が響いたようで、景子はとりあえず自分に出来るおしゃれを頑張ってみようと思うのであった。

「その意気ですよ先輩!さぁ、ジャンジャン試着しますよー」


「お買い上げありがとうございまーす!」

「はぁ、ありがとうございます……」

 蒼井に勧められるままに試着を繰り返した景子はゲッソリと疲れていた。おしゃれとは一日でならず。普段地味な自分がおしゃれの仲間入りをするには想像以上に努力が必要なのだ。そんな事をしみじみと感じる買い物だった。

「いいものが見つかって良かったですね、先輩!」

 パシッと背中を叩かれ、景子は思わず前に倒れそうになる。

「あらら、大丈夫ですか?まぁさすがに疲れますよね、10回も試着すれば」

「13回です……」

「ま、まぁ頑張りましたよね。デート、きっとうまく行きますよ!応援してますからね」

 景子はお婆さんのようにやつれており、蒼井も少し気を遣っているようだ。

「蒼井さん……今日は色々ありがとう。私一人じゃ、きっと考えもしなかったです」

 今日一日、蒼井に振り回された訳だが、結果としておしゃれも伝授してもらえ応援もしてくれた事に、景子は素直に感謝した。

「いいですよ。私も楽しめましたし。それじゃ、私こっちなんで。また続報教えてくださいねー!」

 一緒に駅まで帰るのかと思ったが、蒼井は逆方向に去っていった。

「蒼井さん、まだ何か用事でもあったのかな」


「面白いことになってきたー。早速高橋さんに連絡しなきゃ」

 そう呟くと蒼井は意地悪そうに笑いながら、すばやくスマホをタップするのだった。

  


 

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