12話 少し前の話
季節は春。日差しは徐々に暖かみを増して、世間では新生活が始まる人も多いだろう。
駅前の商店街、路地の奥の方に小さな二階建てビルがある。そこでも何かが始まろうとしているようだった。
どうやらお店が開店するようで、素朴な看板には「レプタイルズショップりゅうちゃん」とあった。
店先では一人の男が荷物の搬入作業を黙々とこなしている。長身で細身ではあるが、彼は軽々と段ボールを持ち上げる。
「あっちぃ」
首に巻いたタオルで額の汗を拭うと、Tシャツの裾でパタパタと扇ぐ。
「タツさん、モニター系の配置、どこにします?」
店の中ではもう一人、小柄で少し小太りの男が店内のケージの設置作業をしている。
「んー、とりあえずラックだけ一通り組み立ててくれ。全体見てから考えるわ」
「OKっす」
長身の男の名は朝比龍彦。白髪で両耳と唇にはピアスが光っている。外見だけ見たら客商売には不向きなように思われる見た目だ。
もう一人の小太りの男は龍彦の高校時代の後輩で、渋谷祐介、通称ヤス。自称龍彦の舎弟を名乗っている変わり者だ。
龍彦は昔から生き物が好きだった。その中でも蛇やトカゲと言った爬虫類が特にお気に入りだった彼は、学生の頃からバイトの掛け持ちや現場仕事などで貯めた資金で、念願の爬虫類ショップをオープンしたのだった。
気付けば30代に突入しようとしていた彼だが、これから始まる新な挑戦に胸を踊らせていた。
以前はマイナーなペットではあったが、最近では様々なペットが飼われるようになったためか、普通のペットショップでも爬虫類はよく見かけられる。
少し見つけにくい場所にはあるが、商店街の中ということで集客もそれなりにあるだろうと、この時の龍彦はとてつもなく安易に考えていたのだった。
「はぁー、暇だ……」
爬虫類たちのメンテナンス作業を終えた龍彦は、客のいない店内で回転椅子に座り暇潰しにくるくると回っている。
同じくやることが無くなった渋谷は、目の前で回っている龍彦の椅子に更なる回転を加えて遊ぶ。
「それそれー」
「うおっ!ヤベ、すげぇ回るー。あっははは……」
「それそれそれー」
「あはははは~って、やめろや!」
「ひぃっ、すんません……」
大の大人が二人で椅子を回して遊ぶ異様な光景は、龍彦の怒鳴り声で唐突に終了した。
「はぁ、こんな回転椅子で遊ぶために店始めた訳じゃねぇっての」
「なかなかお客さん来ないっすもんね。生き餌や冷凍エサのネット通販の売り上げはソコソコだけど」
「マニアのおっさん達は時々来てくれるけど、新規のお客さんは全然だからなー」
龍彦は腕組みをして唸り声をあげる。
「よっしゃ。とりあえず宣伝だ。名付けてSNS開設とチラシ配り作戦!」
「……いや、そのままだし、案外普通っすね」
渋谷はしらけた目で見つめると、冷静にツッコミを入れた。
宣伝作戦から数ヵ月。その効果かどうかわからないが、休日には新規の客がちらほらと来店するようになった。
当然張り切る龍彦は、にこやかな笑顔で客を出迎える。しかし、派手な風貌と三白眼の目が全く笑っておらず、その笑顔が逆効果になっていた。
「!……すみませんっ、間違えました!」
今日もまた一人の客が逃げていく。
「はぁ、なんだよ。冷やかしばっかりだな」
空振りが続き、流石の龍彦も少しやる気が無くなっていた。
「あれ、お客さん帰っちゃったんですか?」
「おう。間違えたんだとよ」
薄々原因には気付いていたが、渋谷はそれを切り出すことが出来なかった。
「ま、まぁ、また来てくれますよ!……あ、俺、ビラ配りしてきますっ」
わざとらしく急に仕事を思い出した渋谷は、逃げるように店を出ていった。
一人残された龍彦は、椅子に腰掛け思い悩んでいた。
念願の爬虫類ショップをオープン出来たものの思うように行かない現状に、普段は楽観的な彼も珍しく落ち込んでいるようだった。
そんな時、不意に店のドアがカランと開く。
(なんだよ。ヤス、もう帰ってきたんか?)
やる気なさそうに首だけ動かして入り口の方を見る。すると小柄な黒髪の若い女性がキョロキョロと店内を見回していた。
また冷やかしかも。そう思ったが、龍彦はパンと両膝を叩き気合いを入れて立ち上がった。
「いらっしゃいませー」
にこやかな営業スマイルで駆け寄ると、女性は小さく悲鳴をあげた。まるで蛇に睨まれた小動物のように震える彼女を見つめ、龍彦はしばらく考える。
(あーあ、震えちゃってる。緊張してるのかな。……でも、ここで帰ったらいい思いしないしな。……よし、もう一押し頑張るか!)
「初めての方だね!せっかく来て頂いたんだし、一通り店内を案内しますよ!どうせ他のお客さんも居ないし」
「え?は、はぁ」
唐突に始まった店内の案内。不安そうな顔をした彼女だったが、龍彦の話を素直に聞き初めて見る爬虫類を興味津々に観察している。
やけくそな気持ちで案内を始めた龍彦だったが、純粋に興味を示してくれる姿に好感を持ち、彼女にもっと爬虫類の事を知ってほしいという思いを抱き始めた。
(ふふっ、口開いてる……目もくりっくりで、まるでレオパの目みたいだなぁ)
集中する彼女の横顔はあどけなく、とても愛らしく見えた。
「この子、フトアゴヒゲトカゲっていうんだ。よかったら、触ってみる?」
龍彦の勧めに初めは戸惑う彼女だったが、しがみつく大きなトカゲを笑顔で見つめている。
そして、可愛いと呟く彼女に、龍彦は心の奥で何かが芽生えたような気がした。
(このフトアゴ君、彼女に飼ってもらいたいな……)
気がつけば、熱心にフトアゴの飼い方を説明している自分がいた。
少し強引だとは思ったが、彼女に爬虫類の楽しさや可愛さを知ってもらいたい一心で、龍彦は自分の思いを話す。
「俺は、お姉さんみたいに、偏見なく爬虫類に興味を持ってくれる人に、この子を飼ってもらいたいんだ」
龍彦の思いが届いたのか、彼女は戸惑いながらもフトアゴヒゲトカゲを飼うことを決めた。
契約書にある名前を見て、龍彦は突然フッと力が抜けたように笑う。
「あ、あのぉ、何か間違ってますか?」
目の前の彼女はオドオドして龍彦を上目使いで見ている。
「ごめん、ごめん。だってキミの名前、トカゲって入ってるから、つい。ふふ、これはもう運命だね!」
些細な偶然に運命めいたものを感じた龍彦は、さっきまで心にかかっていたモヤモヤが一気に晴れていくような気分だった。
「じゃあ、トカゲちゃん、気を付けて帰ってね。後でまた配達に行くから」
「はい、ありがとうございます」
大事そうにプラケースを抱えた彼女は、お礼と共に軽く会釈をして帰っていく。龍彦はその後ろ姿を見えなくなるまで見送ると、ヨシッ!と気合い十分に配達の準備に取りかかった。
「タツさん、配達の準備なんかしてどうしたんすか?」
ビラ配りから戻った渋谷が不思議そうに問いかけた。
「おう!可愛い御新規さんがフトアゴ君をお買い上げだ」
龍彦は二ッと嬉しそうに笑うと、大きなケージを軽々と運ぶ。
「マジっすか!良かったですねぇ。あ、俺配達行ってきますよ」
「だーめ、俺が行くの!」
「なんすか、そんなムキになっちゃって……あ、可愛いってまさか、女子っすね!?そうなんでしょ!?」
女子の気配を察知した渋谷は羨ましげに龍彦に詰めよる。
「うるせぇ、そんなんじゃねーよ。お前じゃあるまいし。ただ……」
いつもの様に言い返していた龍彦だが、ふと言葉を止めて言い淀む。
「ただ、なんすか?」
「あの子は、俺にとって大切なお客さんだから。出きる限り、サポートしてあげたいんだ」
龍彦は真面目な顔で話し、黙々と作業を進める。
そんな彼の姿に、渋谷はどこか安心したような顔で「そっすか」と返した。
「じゃあタツさん、配達頼みますね。あ、あんまり怖がらせたらダメですよ」
「は?俺はいつでも笑顔でフレンドリーだろうが」
まるで無自覚な様子にクスクスと笑いながら、渋谷はバックヤードに戻っていった。
(……トカゲちゃん、ちゃんと家に着いたかな。ふふっ、電車の中で、子供に怪しまれたりしてなきゃいいけど)
景子が一生懸命フトアゴを抱えて家に帰る姿を想像して、龍彦は思わず笑みが溢れるのだった。
「そういえば、初めて会ったあの時も、ちゃんと帰れるか心配だったな……」
景子との電話を終えた龍彦は、ソファーに座り少し前の出来事を思い返していた。
「思えばあの時から、もうトカゲちゃんの事、特別だったんかな……」
ぼーっと天井を見つめ、改めて自分の気持ちを実感する。
「なりゆきでトカゲちゃんに仕事依頼しちゃったけど。また絵描くの、好きになってくれるといいな」
ふと目線を戻すと、ペットのボールパイソンがケージの中を周回するように動いている。
「なんだ、チョロ。えらく活動的だなぁ。そういえば、そろそろ餌の日か。よっしゃ、用意するから待ってろよ」
龍彦はぼんやりした気持ちを切り替え、冷凍の餌の準備を始めた。
チョロと可愛らしい名前の割にワイルドなボールパイソンは、餌の言葉に反応してニョロニョロととぐろを巻いている。
(さっきからずっとアピールしてたのに、やっと気付いたんですね。ご主人、珍しくボケッとしちゃってどうしたんでしょう。まぁ、わたしはネズミが頂ければなんでもいいんですがね!)
どうやら現金な性格のようで、チョロは待ちきれずに細い下をチロチロと出し入れするのだった。




