はじまり
「えー、諸君第二百一回国会は本日召集されました。これより会議を開きます。」
衆議院議長の大村美郷のこの発言によって第二百一回目となる国会は開かれたのである。
「では、議席の正式な決定をしたいと思います。各政党から配布された仮議席の位置を正議席としたいと思います。」
「「いぎなーし。」」
「本日は特別なのでこれにて散会したいと思いますが、よろしいでしょうか。」
各地で同意の声が飛んでくる。
「異議がないと認めます。本日はこれにて散会です。お疲れ様でした。」
四月十日の本会議はこれにて閉幕となった。各々政党ビルや学校に向かうもの家に帰るものなど三者三様であった。その中で一人三船咲は衆議院議員食堂に来ていた。彼女は昼食を何にするのか悩んでいた。
「親子丼にしようかな……それとも、オムライスにしようかな……」
「それなら、親子丼のほうが美味しいと思うけど。」
咲の右側から声をかけてきたのは凛とした雰囲気を漂わせ腰のところまで髪が伸びている同年代の子だった。咲はその子の髪の艶やかさに見とれていた。
「なに?私の顔に何か付いている?」
「うんうん。あまりにも髪がきれいだったからつい。」
「そう……。」
相手の子は照れる様子もなく咲の顔から目をそらし、ショーケースの中を見ていた。そんな様子であったが咲はお構いなく続けた。
「私は三船咲。咲でいいよ。あなたは……。」
「私は沓野詩織、琥珀党所属。あなたもそうでしょう。」
「え!なんで分かったの?」
咲は詩織が何かの超能力者なのではないのかと疑いの目を向けていた。が、それはすぐに晴れることとなる。
「これまでに何回か顔を合わせているはずよ。党大会でね。」
党大会。それは各政党における最高決定機関である。各政党においてこれらの名称は少し差異があるが中身は同じである。
「え?そうだったっけ?」
咲は頭を掻いてごまかした。
「ねぇ。三船さんはどこのポストに付きたい?」
「ポスト?やるからには総理大臣とかじゃない?だけど私には荷が重いからね。このままでいいかな。そういう詩織ちゃんはどうなの?」
「詩織ちゃんと呼ぶな。私はこの国を良くするために国会議員になったんだ。そして、私は総理大臣になる。」
この年代の女性と比べた場合その詩織の目はあまりにも異様なまでに覚悟に満ち溢れていた。
「あと早く選んだら?私時間をムダにするのは嫌いなんで。」
「あ、ゴメンゴメン。オムライスにするよ。」
「せっかく私が親子丼を勧めたのに。もしかして三船さんって私のことが嫌い?」
「うんうん、もともと決まっていたから。」
詩織は呆れた顔で咲を見つめた。咲と詩織は食券を求めるために自販機に並んだ。
「ねぇ、詩織ちゃん。こんでるね。」
「私を怒らせる気?」
「あぁ、ゴメンゴメン。」
「あと一つ言うけど私すぐに謝る人は信用しないので。」
二人の間には気まずい雰囲気が流れた。それを何とか取り繕うとして話題を挙げようとするも口にする寸前のところで止められた。
「あ、やっと空いたみたい。」
咲はそそくさと自販機の目の前に歩きその後ろに詩織が追従する形となった。咲は宣言通りオムライスの券を買った。それに続き詩織も食券を購入した。二人は食堂のおばちゃんに券を渡した。流れるようにトレーをもった。
「ねえねえ何食べるの?」
「うるさい。」
「いいでしょ、教えても。」
「あのね、しつこい。」
詩織は必要以上に話しかけている咲を不快感をあらわにして目で拒絶した。流石に咲もそれ以上話しかけることはなくなったがそれでも咲はほんわかとした気分で出される食事を待った。
「あいよ!嬢ちゃん!」
ケチャップのかかったオムライスを手渡してきたのは50代と思われる女性だ。咲はそれを受け取りトレーを使って一人先に机に向かった。詩織は無言のままトレーだけを滑らしその女性が出す料理を静かに待っていた。詩織は左腕に着けている時計を見て時間を確かめた。針は11時55分を指していた。
「せっかくの昼ご飯というのに……」
どこかしら気分は俯いているようであった。それも先ほどの女性が料理を出したことでそれもすぐに晴れてしまったが。詩織はそれを受け取りトレーを運び、それを咲の隣に置き座る。
「詩織さんの?」
「まあ、そうだけど。」
咲は嬉しくもあったが先ほどの態度を受けた身にとっては今の詩織の行動が理解できなかった。咲は取りあえずといった感じか詩織の注文した料理に目をやった。そこにはきつねうどんの定食があった。
「いただきます。」
詩織は割り箸を使い初めに取ったのはうどんでもなければご飯でもない。漬物からであった。詩織の口内に入ったそれはシャリシャリと静かに音を発して食道に流れていった。咲は詩織がどんな表情なのか伺ったが、何もわからなかった。咲はオムライスを食べる動作に戻った。
「お昼のニュースの時間です。」
大画面の液晶テレビから声が流れてきた。臨時JHKのニュース番組であった。
「本日ソビエト連邦外務大臣レフ・ポクロフスキー氏は日本大使館にて今後の日ソ間の関係について会談を行いました。」
「あれ?あ、ああそういえばロシアからソ連に変わったんだね。詩織さん。」
「そうよ。旧ロシア連邦の内政が失敗して第二次二月革命が勃発。あなた本当に勉強しているの?」
「え?まあ。」
咲は頭を掻いてごまかした。咲はすぐに食事に戻ったがしばらくの間は詩織からの目線が痛かった。
「ねえ、三船さん。」
「ん?」
「じゃあ、あともう一つできた国家わかる?」
「えーと。」
「沓野さーん!」
声の主は茶髪がかったツインテールの女性であった。その姿を咲は見て驚いた。なぜなら国会議員バッジを付けていたからだ。その女性はすぐに咲たちのテーブルに近づき詩織の目の前の席に着いた。そしてその女性は咲に竜ですら逃げるような目線を向けた。
「沓野さんこの人は誰ですの?」
「ん?三船咲、同じ琥珀党の人間よ。」
「仕方ありませんね。自己紹介しましょう。私は今井穂波と申しますの。」
お嬢様言葉を操るその女性の正体は今井穂波であった。咲は自分より少し低めの身長を持つ穂波を見て食事に戻った。穂波は不機嫌ながらも自分の持ってきたカバンから弁当を取り出した。
「沓野さん、私がお作りしました弁当を食べませんか?」
「いえ、今日はいいわ。」
「私の弁当が議員食堂に劣ると言うのですか!」
「そうは言っていないわ。」
「では、なぜ!」
「議員食堂の物を食べると言うのも国会議員の務め。それに貴女の美味しいものを食べ続けるのも体に障るのよ。」
「沓野さん……」
咲は穂波が詩織の両手を握りながらときめいていたのを見て背筋が震えた。咲がこの2人になんらかの接点を持つと思えるには十分すぎる出来事であった。穂波は詩織の手を離して先に向いた。
「私の沓野さんと喋らないでもらえます?」
「え?なんで?」
「貴女のようなお人が軽々しくお話しできる相手ではないのよ。」
咲は小考した。
「それはどういう意味?」
「このお方は元華族ですのよ。」
咲はその言葉に驚きつつも自身の頭を動員して華族の意味を探った。
「華族、華族華族。あ!あの四民平等の?」
「そうね。私も華族ですの。わかりましたか?」
咲は呆けてそれを聞いていた。
「ねえ?貴女キチンと聞いていられるの?」
「え?うん。」
「本当に人の話を聞いているのかしら……」
穂波は咲の発言に不信感を抱きながらも彼女自身が持ってきた弁当に手を付けた。咲はそれを見て、空になった皿をトレーと共に返却口の方に向かった。その後、咲は国会議事堂を出て議員専用の車に乗りこんだ。
「先生、本日はいかがでしたか?」
話しかけてきたのは運転手兼公設第一秘書の永井という男であった。彼は20代後半で意気揚々とした若者である。
「ん?まぁ、それなりにね。」
「そうでしたか。」
咲はミラー越しに反応した。新品と同じようなまでに綺麗にされたスーツを着こなした永井を咲は見て質問した。
「そのスーツって何でそんなに綺麗なの?」
「それはあまり働いていないのではないかという意味でしょうか?」
「うんうん、違うの。どうやってそんなにも綺麗にしているのか気になって。」
「そうでしたか。自分は時間をかけて洗っています。そして毎日繰り返しています。」
「え!?毎日洗っているの?」
咲の驚いた言葉に永井は続けた。
「はい。毎日です。」
「え、でも型崩れとかしちゃうんじゃ……」
「型崩れが起こりにくいようなスーツですので。」
「ふーん。ありがとう。」
咲は満足したのかポケットにあるスマホを取り出してネットニュースの閲覧を行った。しばらくすると車は赤坂にある議員宿舎に入っていった。
「永井さんありがとう。」
「先生もお気をつけて。」
咲は永井に対して手を振った。咲は玄関に入り部屋の電気をつける。そしてテレビのリモコンを操作して電源を点けた。ポケットにあるスマホを取り出して誰かに電話をする。
「ねぇ?今ひま?」
「え?うん今宿舎にいる。」
「嘘!?私も宿舎なんだけど。」
「そっちの部屋で遊んでも良い?」
「うん、良いよ。」
咲は電話の相手を迎え入れるために準備をした。茶菓子やコーヒーは勿論、他にも様々なものの用意をした。
「ピンポンパンポーン。」
準備が終わって五分後にそれは聞こえてきた。機械音ではなく人が発した音であった。咲が玄関のドアを開けると目の前には黒髪のサイドアップである女の子がいた。
「あ、やっときてくれたんだ。」
「ゴメンゴメン、ちょっと準備に手間取っちゃって。」
「何の準備をしていたの?」
「国会と党の。」
「へぇ。そっちの党は大変なんだね。」
「そんなことはないよ。」
「まぁ、上がって。」
咲は訪問者を家に招き入れた。訪問者は靴を丁寧に揃えて廊下を通った。咲が居間へのドアを開けると訪問者はすぐに感嘆の声をあげた。
「わー、可愛いね。」
「でしょでしょ。」
「え!これってイタリアから取り寄せたの?」
「そうなの!手に入れるのに時間がかかってね。本当に大変だったの。」
訪問者は褒める対象、香水に指をさして感嘆をあげた。咲は訪問者に対してリビングの椅子に座るように促した。訪問者はそれに従い自分で椅子を引いて座った。
「ねぇねぇ。」
「ん?何?」
「咲ってさぁ、内閣に入りたいって思っている?」
訪問者のこの発言に咲はコーヒーカップを二口飲んで口を開けた。
「えっとねぇ、別にこのままでもいいかなと思っている。」
訪問者は訝しみながらも笑みは忘れずに咲に向けていた。
「じゃあじゃあ、ゆきっちはどうなの?」
「ん?えっとねぇ、私は環境大臣とかそこらへんがいいかなぁ。」
「前から言っていたもんね。環境に関する仕事についてみたいって。」
「本当なら環境省とかに勤める方がいいんだろうけど、一昨年の事変でね気分が変わったの。去年に普通選挙の実施をするって改造戦線が言ったし、その内容に感銘を受けて衆院選に立候補して見事に当選。もう私の腹は決まったよ、咲。」
訪問者の話を咲は聞いて胸を動かされたのか、咲は訪問者の手を取ってがっちり握手を交わした。2人とも握手し終えると訪問者が思い出したかのように叫んだ。
「ゆきっちどうしたの?」
「私の名刺持っている?」
「えっとねぇ、この机の中に……。」
咲は机の引き出しを開けて名刺入れを取り出した。その中から訪問者の名刺を取り出した。
「えっと、桐島紗雪の住所の、電話番号……良かった良かった。」
紗雪は自分の名刺を確認して安堵した。
「どうかしたの?」
「いや、名刺にミスがあったような気がしてね。PCで確認したら少しアレだったから。」
「ふーん。ちゃんと確認しないとね。」
咲はスマホに目をやるとJCICというメッセージアプリから通知が来ていることに気がついた。通知内容を確認すると党首からすぐに党本部に来るようにということだった。
「ゆきっちごめん、急に予定が入っちゃって。少し開けておいても良い?」
「私も急な用事が入っちゃったからもう帰るね。」
紗雪はリビングの椅子に置いたカバンを持って廊下に向かった。それと同時に咲はスーツを着て党本部がある永田町に向かうために地下の駐車場に歩いていった。第一秘書である永井の耳には入っていたのか既に待機していた。
「ありがとう永井さん。」
「いえ、当然のことです。」
永井はエンジンをかけて日光が見える坂を登っていった。
党首の命令により急遽党本部に呼び出された咲。どのようなことが彼女に待ち受けているのだろうか。彼女達の歴史が刻まれていく。