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リグレット・コレクター  作者: 天そば
エピローグ
42/42

彼女の後悔

(川口柚希 14)


 文化祭の翌日。

 公星高校は振り替え休日だったけど、野球部はもちろん部活だった。

 けど、柚香は一日、部屋のベッドで過ごしたらしい。


「もう最悪よ」


 学校から帰ってすぐに柚香の部屋に行くと、ベッドの上から気だるそうな声が聞こえてきた。

 昨日と一昨日、なんとかごまかせていた風邪は、今日になって爆発した。朝起きると熱があって、とても部活なんか行ける状態じゃなかったのだという。わたしは武広高校に行っていたから、あかりからのメールで柚香の発熱を知った。


「ごめんね、わたしのせいで風邪ひいてるのに動き回ったから」

「べつにいいわよ。わたしも昨日、調子乗ってケーキ食べたりしたし。まあ、一日休んで、けっこう良くなったから」


 それならよかった。明日まで振り替えで、明後日からまた学校が始まる。それまでにはきっと、元気になるかな。

 柚香は額に手を当てて、


「でも、明日まで休もうかな。柚希、悪いけど明日も武広行ってくれない?」

「うん、オッケー。あと、これ」


 帰る途中、コンビニで買ってきたポカリを袋から取り出す。母さんからのメールで、柚香がポカリを飲みたがっているから買ってきてと頼まれていた。


「ありがと。風邪にはポカリよね」

「うん。……あとね、実は嶋くんから、お見舞いの品をもらったんだ」

「え、うそ。嶋くんが、そんな気の利いたことを?」


 すごい驚いてるな。まあ確かに、嶋くんがこういうことをしてくれるのは、意外ではあるけど。


「部活帰りに、わざわざ武広駅まで来てくれてね。お姉さん、これが好きでしょって渡してくれたんだよ」

「なに? まさか白滝?」

「ち、違うよ。これ」


 袋からみかんゼリーを取り出す。大粒のみかんがたくさん入った、けっこう値段高めのものだ。

 感激した様子で、柚香はそれを受け取った。


「嶋くん、わざわざあかりに、柚香が好きなものはなにか訊いて選んだみたい」

「信じられない……。いったい誰が入れ知恵したんだろう」


 入れ知恵かどうかはわからないけど、嶋くんの態度が変わったのは確かだった。

 最近のよそよそしい感じはなくなって、普通に目を合わせて話しかけてきてくれたし、それに、ペアゲームでのことも謝ってきてくれた。野球部の宣伝目的で出たとはいえ、プロポーズにそのまま演劇の台詞を持ってきたのは失礼だった、と。

 最近、なんとなく避けられてるような気がしてたけど、これからは前みたいに自然に話せるんじゃないかな。今日の嶋くんを見てるとそう思えて、うれしくなった。


 ベッドの上にある柚香のケータイが震える。メールを受信したらしい。

 ケータイを開いた柚香は、少し声を落として、やっぱり、と呟いた。


「どうしたの?」

「さっき明日香先輩から、昨日はお疲れさまってメールが来てね。ちょうど気になることがあったから、返信のついでに、写真送ってくださいってお願いしたのよ」


 これ、とケータイを見せてくる。

 画面には、明日香先輩がクラスの女の子たちとお弁当を食べている写真が写っていた。明日香先輩以外に知ってる顔はいないように見えるけど、これがどうしたんだろう?


「わたしが見せたいのは、こっちの人なの」


 明日香先輩たちの後ろ、たまたま写真に入り込んでしまった感じで写っている女子生徒を指差す。大人しそうな顔の、細身の人だ。

 あ、と、わたしは声を上げていた。


「わたし、この人見たよ。一日目、学校を歩き回って学生証がないか捜してるときに」


 教室棟を歩いているとき、この人が屋上から下りてきたのを見て、わたしもなんとなく屋上に上がった。あのとき見た人に間違いない。


「うそ、初日に?」

「うん。でも、私服だったから外部生だと思ってた」

「いまは外部生で間違いないわよ。この人、二年の終わりに転校したっていう杉内さんだもの」


 え、と喉の奥から変な声が出た。


「杉内さんって、あの、栗原先輩の話に出てきた杉内さん?」

「そう。実はね、わたしもこの人が文化祭に来てるの見たのよ。……ペアゲーム中、女の人が二年四組の教室に来たって言ったでしょ? それが杉内さんだったの」


 ええっ、と今度は悲鳴のような声が出た。


「昨日、あんたが美術室で明日香先輩から聞いたっていう話を聞かされたときから、もしかしたらって思ったの。明日香先輩は杉内先輩のことを、元二年四組仲間だって言ってたのよね?」


 頷く。同時に、昨日の夜にその話をしたとき、柚香が妙な表情を浮かべていたのを思いだした。


「転校していった人が、昔の教室を懐かしんで覗きに来るってこともあるんじゃないかと思ったの。あの人、かなり手慣れた様子で鍵を開けてたから、過去に公星にいたのは間違いないし。半信半疑だったけど、ビンゴだったわね」

「うん。……でも杉内さん、わざわざ沖縄から文化祭見に来てくれたんだね」


 どうしてか、柚香は小さくため息をついた。


「その話なんだけどね。たぶん杉内さん、沖縄になんか行ってないと思うわよ」

「な、なんで? 栗原先輩には、沖縄に転校するって……」

「嘘ついてたんだと思う。明日香先輩は、担任の先生から杉内先輩の転校先を聞いたけど、忘れちゃったって言ってたんでしょ? その話を聞いた時点で、おかしいなとは思ったのよ。沖縄なんて、ちょっと特殊な場所に転校するなんて聞いたら、あんまり接点のなかったクラスメイトでも覚えていそうなもんじゃない?」


 それは、確かにそうかも。本州から離れた県だと印象に残る。


「でもまあ、それだけじゃ断言できないけど、さっきあんたが初日に杉内さんを見たって言ったので、ほとんど確信したわ。ね、あんただったら、土日に開催される公星祭に沖縄から来ようと思ったら、いつの飛行機に乗る?」

「えっと……。たぶん、金曜日の夕方か、夜の便じゃないかな」


 金曜日まで学校はあるわけだから、授業が終わったあとに乗れるのは、夕方か夜に出るものしかない。


「そうよね。で、金曜の夜遅くにこっちについて、ホテルとか親戚の家とか、とりあえずどこかで一泊して、翌日に公星祭に来るって流れよね」

「うん。そうなると思う」

「ところがよ。ニュースでも観たでしょ。沖縄地方は金、土と台風が直撃していた。飛行機なんて出せる状況じゃなかったはず」


 わたしは、頬に思い切りビンタでも喰らったような衝撃を覚えた。

 そうだ。二日目の朝、柚香と一緒に観たニュースで、日曜日にやっと台風が去ったと言っていた。


「金曜日の飛行機に乗れないはずの杉内さんが、土曜日に公星高校にいた。それはなぜか。台風の接近に気づいて、金曜日の便をキャンセルして木曜日の便に乗り換えたってこともありえるけど、そこまでするかって話よ。お金も馬鹿にならないだろうし、金曜日の学校もサボることになる。仮に本人はそうしたくても、親が許さないかもしれない」


 そう考えるよりは、と繋いで、


「さっきの明日香先輩の発言とも併せて、杉内さんが転校したところは沖縄とはぜんぜん別の場所だったって可能性のほうが高いと思わない?」

「……うん。そっちのほうが、自然だね」


 でもそれなら、どうして杉内さんは嘘をついたんだろう。

 そう口にすると、柚香は顔をしかめた。


「あくまで想像だけど、栗原先輩へのあてつけのようなものだったんじゃないかしら。転校のことを打ち明けようとしたとき、栗原先輩はろくに話をきいてくれなかった。そのあと、担任から転校の話を聞くと、慌てて声をかけてきた。あのときちゃんと聞いてくれなかったのに、なによいまさら……って、そんな風に思って、つい、沖縄なんて言っちゃったんじゃない? わたしはこんな遠くに行くんだぞって、アピールする気持ちで」


 話を聞く限り、あんまり素直じゃない人だったみたいだしね、と続ける。

 柚香の推理は、確かな説得力があった。明日香先輩や栗原先輩から聞いた杉内さんの人物像に、ぴったり当てはまるような気がした。


「あとね、もう一つ。……栗原先輩がほくろのある人の学生証を盗んだのは、杉内さんがモデルにしたいって言った人を捜すためだったでしょ?」

「うん。けっきょく、誰のことだったんだろうね」

「それね。もしかして、栗原先輩のことだったのかも」


 え、でも、栗原先輩に特徴的なほくろなんてなかったはずなのに。


「杉内さんは、文化祭のときに見た特徴的なほくろのある人をモデルにしたいって言ってたそうじゃない? で、去年の文化祭で栗原先輩は、マリリン・モンローのコスプレをした。その写真も送ってもらったのよ」


 これ、とケータイを見せてくる。

 わたしは驚いて声も出なかった。

 マリリン・モンローのコスプレをする栗原先輩の左頬には、大きなほくろが付いていた。


「モンローっていえば、ほくろ美人の代表に挙げられる人よ。コスプレするんだったら、当然、このほくろは付けとかなきゃいけない。去年の文化祭中は、栗原先輩も特徴的なほくろのある人だったのよ」


 そういうことだったんだ。筋の通った推理に、ただただ納得するしかなかった。

 でも、もし本当に、杉内さんがモデルにしたいの人が栗原先輩だったなら。


「……栗原先輩に、モデルになってほしいって言えなかったんだろうね」


 わたしも、杉内さんと同じ立場だったら言えないと思う。いつも一人で絵を描いている自分と違って、向こうは人気者で、いつだって友だちに囲まれていただろうから。絵のモデルになってほしいなんて、とても言える気がしない。


「でしょうね。で、相手が察してくれないか期待して、かなりごまかした言い方をしたんだろうけど、まったく気づいてくれなかった。それどころか、ぜんぜん違う解釈をして、一年後の文化祭にほくろのある子の学生証を盗むなんてことをやらかした、と。ただの推測だけど、けっこういい線行ってると思わない?」

「うん……思う」


 ペアゲーム中に二年四組の教室に来た杉内さんは、肩を震わせて泣いていたのだという。どうしてそんなことをしたのか、柚香の推理を聞いてると、なんとなくわかるような気がした。


「杉内さん、いろんなことを後悔してたんだろうね」


 なぜ、素直にモデルになってほしいと言えなかったのか。

 なぜ、最後に突き放すような別れ方をしてしまったのか。

 そんな後悔をずっと抱えていて、でも、栗原先輩と連絡を取ることもできないでいるうちに、また公星祭の季節がやってきた。


 初めて話した日からちょうど一年。公星高校を訪れた杉内さんは、誰もいない隙を見計らって懐かしい教室に来たとき、胸のうちに抱えた後悔が一気に爆発した。

 ぜんぶわたしの想像だ。根拠なんて一つもない。

 それなのに、胸を締め付けられる感覚が一向に消えなかった。


「そうね。後悔してたんでしょうね」


 柚香は小さくため息をついて、続ける。


「屋上とか教室とかに行ったのも、栗原先輩と話したことがある場所だったからなのかもね。思い出スポット巡りみたいな感じで」


 そうだね、と頷こうとして、気づいた。

 屋上。そうだ、確か、あのとき屋上で……。

 わたしは弾かれるように立ち上がった。どうしたのよ、と尋ねる柚香に、ちょっと、とだけ返して、クローゼットを開け、文化祭初日に着てきた黒い革ジャンのポケットを探る。

 ――あった。


「ゆ、柚香。これ」

「なによそれ? メッセージカード?」

「うん。初日にね、杉内さんとすれ違いに、わたしも屋上に上がったの。そのとき、これがフェンスに貼り付いてたのをはがして、そのまま持ってきちゃった。いまのいままですっかり忘れてた」


 表に書かれた文字を見せる。


『今年もいい絵が描けました』


「これって……」

「うん。杉内さんが、栗原先輩に残したメッセージだったんじゃ……」


 一年前に話した思い出の場所に、また栗原先輩が来るんじゃないか。そう期待した杉内さんが、栗原先輩にだけ伝わるメッセージを残していったんじゃないか。

 そう思えてならなかった。


「なんていうか……面倒くさいことするわね」


 少し呆れ気味に、柚香は呟いた。

 そのとおりだと思う。公星高校まで来たんなら、面と向かって栗原先輩に話しかければいい。それをわざわざこんな手の込んだ真似をするなんて、面倒くさい以外のなにものでもない。

 それでもわたしは、こんな遠回りなことをしてしまう杉内さんの気持ちがわかるような気がした。

 同じ立場なら、わたしも似たようなことをしたかもしれない。そして、あんな回りくどいことせず、勇気を出して話しかければよかったと後悔する。

 杉内さんはいまごろ、後悔しているんだろうか。すぐ近くまで来たのに、栗原先輩に話しかけられなかったことに。


「……ね、柚香」

「なに?」

「明日香先輩にメールして、栗原先輩のアドレス訊くことってできないかな?」

「できはするけど……なんで?」


 訝しげな表情。わたしは柚香から目を逸らさず答えた。


「このメッセージカード、栗原先輩宛てなのに、わたしがはがしちゃったわけだから……。だから栗原先輩に、こういうのがありましたよってことを伝えたいの。杉内さんが公星祭に来てたってことも含めて」


 ひょっとしたら栗原先輩も、まだ迷って杉内さんにメールを送れてないかもしれない。もしそうなら、この事実はきっと、大きな後押しになる。

 余計なお世話かもしれないとも思う。でも、余計なお世話でもいい。


「その、送らないとわたしも後悔するような気がするから。もちろん、柚香さえ迷惑じゃなければでいいんだけど……」


 柚香はしばらくわたしを見て、やがて、はあ、と息を吐いてケータイを差し出してきた。


「ご自由にどうぞ。ただ、わたしはもう寝るから、送るならあんたの部屋で送ってね」

「うん! ありがとう」


 ケータイを受け取る。

 栗原先輩と杉内さんが、また普通に話せるようになるといいな。

 そんな日が来ることを、わたしは願った。


(川口柚香 13)


 柚希が部屋から出ると、わたしは大きくため息をついた。

 栗原先輩にメールを送らないと後悔するような気がするから、か。

 いまこうしないと後悔するってことがわかってるなら楽よね。でも、どういう行動をとれば後悔しないですむかわからないときはどうすればいいんだろう。


 今回の騒動で、やろうと思えば入れ替わりをやめにすることもできた。学生証が盗まれた時点で、これ以上入れ替わりをするのは危険だと主張すれば、柚希だって反対しなかっただろう。そうすることも少し考えたけど、けっきょくは現状維持を選んだ。

 わたしはいつか後悔しないだろうか。あのとき無理にでもやめておけばと、過去の自分を恨むことはないだろうか。

 柚希と話していて、そんなことを思った。


 …………まあ、でもね。

 ベッドに横になる。白い天井が視界いっぱいに広がった。

 今回のことで得たものはたくさんある。犯人捜しをしなかったら、あかりとも本当の友だちになれなかっただろうし、あとはまあ、いろいろとフォローしてくれた藤井をほんのちょっと見直すこともできた。それに……。


 ベッドの脇のテーブルに置いた、みかんゼリーを見る。

 嶋くんからなにか貰うのは初めてだった。あとで大事に食べよう。

 ……うん。


 後悔するのかしないのか、未来のことはわからない。でも、これでよかったんだと、いまはそう思っておこう。

 そして、やっぱり明日は部活に行こう。そのとき、嶋くんとあかり、気が向いたら藤井にも、改めてお礼を言おう。明後日まで待てないや。

 ささやかな幸せに浸りながら、わたしは、横になると同時に襲ってきたまどろみに身を任せた。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

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