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【完結済】黒い狐、未来の神と会う  作者: 紫藤しと


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4.未来の縺輔°縺ェと会う

「あなたはこの世界で他の何人もの人類と交流したが、いずれも失敗した。違いますか?」

「失敗ってほどじゃ…」

「あなたは他者との関係をうまく結べない。どちらかが、または両方が腹を立てて会話は中断され二度と会うことがないリストに追加される。その結果あなたと話すのは知能と感情を制御された者に限られた。そしてあなてはそのことにも腹を立て暴れた。だからあなたは一人ぼっちになった。違いますか?」

「そりゃ会話にならないんだから怒って当たり前だろう!」

 男は叫んで立ち上がったが、すぐに座って違うんだと小声で呟いた。

「なにも違いません。あなたはみんなに嫌われたから逃げ出したいだけです。でもそれは正解です。あなたはこの世界に向いていない。」

 男は俯いたまま動かなくなった。

「だから私が救ってあげます。まず自発的呼吸を思い出して下さい。できますか?」

「わからない……」

「簡単ですよ。肺を空気でいっぱいにするんです。」

「それなら、まぁ…」

「これから私はあなたの服を切ります。切って本当のあなたを救い出します。いいですね、決して恐れないで下さい。」

「服を、切る?」

 顔を上げた男に私は力強く頷いて見せた。

「そうです。そうしなければあなたをここから出すことはできません。その服はあなたに著しい不具合がない限りあなたをいつまでも延命させようとします。ですが恐れないで下さい。その服を脱ぎ去った時、あなたは新しく生まれ変わるのです。」

「ちょっと怖いな…」

「ええ、新しい事を始めるのはいつだって少し怖いものですよね。」

「うん…」

「でも恐れる必要はありません。これはあなたが成長する為の重要なプロセスです。さあ、横になって下さい。」

「横に? えっと……床に?」

「そうですね。そちらの椅子ですと外に繋がってしまいますので、こちらに、ここの床に寝て下さい。」

 男は恐る恐る立ち上がると何も無い黄色の床に横になった。私はその横にひざまずいて自分の手を確認した。狐には鋭い爪がある。

「では、ゆっくりと呼吸をすることだけに集中して下さい。」

 私は男の顔の辺りの服をつまんでみた。銀色の膜は意外と簡単にぐにゃりと形を変えた。膜を持ち上げたままなるべく本体に傷がつかないように(不可能だと思うけど)、爪で切り裂いてみた。顔から首、胸から腹。薄いゴムのような切り心地だ。緑色の何かが爪に絡みついた。

 ちょっと嫌な気分になりながら、切れ目を両手で広げてみた。中には白くヌメヌメとした肌があった。体の一部に青い波模様が見える。痣か? 男はぴくりとも動かない。

 仕方ないので顔の部分の膜もよけてみた。目、鼻、口、いずれも閉じられている…というか皺のようなものがあるだけで、もうこちらの機能は退化してしまっているのかもしれない。

 どうしたもんかと思っていると急に男の身体が跳ねた。私も悲鳴をあげて飛び上がった。そして黄色だった床が赤くなった。壁も天井も赤い。緊急事態を表しているような気がする。男の腹や胸を見てももう呼吸をしている気配はない。

「……やっちゃった?」

 やけくそな気持ちになり、服の破れをさらに広げてみた。わかったのは男には手足がないということだった。手足のように見えていた部分にはなにやら管が沢山詰まっていた。こちらも退化したのか? いや、退化したなら手足があるように見せかける必要はない。

 私は立ち上がって男を眺めた。楕円体の細長い体でクビレはない。白いヌメヌメした肌に不思議な青い模様……そして少しの生臭さ。

 気がついた瞬間私は呻いた。そしてこんな所まで来させた神を少し恨んだ。

 この男は鯖だ。人類じゃなくて魚だ。未来の世界では魚類が進化しているらしい。

 なんだか色々馬鹿らしくなって乱暴に銀色の服を閉じた。服は端と端を近づけると勝手に動いて隙間なく閉まった。床の色は赤いままだ。こいつはもう死んだんだろうか。食えない魚に興味はないんだけど。

「なんか、可哀想だな、お前。」

 背後の明るさに振り返ると消えていたはずの戸が開いていた。眩しすぎる光が目を刺す。私はほとんど目を瞑りながら光の方に向かって歩いた。

 全くもう、うちの神様ときたら。




 ようやく光に目が慣れた頃、私は屋敷の庭にいた。足元は土があり空は青く風が吹いていて木の葉が揺れる音と遠くに虫の声が聞こえた。大きく息を吸い込むと喉の渇きも体調不良も癒えた。ここは清浄な匂いがする。

「おかえり」

 屋敷の中から声がして私はその場に跪いた。

「ただいま戻りました」

「疲れたかい?」

 そう言ってくすくす笑う神を、私は崇拝している。

「あの、今回のお役目は…遠くから神を呼ぶ声の正体とその目的を確認すること、でしたよね?」

「うん」

「でも神様は、あの男を知っていたのではないですか?」

「僕に魚の知り合いはいないよ。」

 神様はそう言うとまたくすくす笑った。その声はあの魚の男と同じ声だ。どうして聞いて直ぐにわからなかったのか、途中から私を操ってあの男を殺させたのは誰なのか。疑問ばかりだがきっと質問は許されない。平伏すことしか許されていない。彼こそが私の神様だ。

「ねぇ、魚食べたくなっちゃった。釣ってきて。」

 無邪気に笑う神様に「悪趣味ですよ」と返すのが私の精一杯なのだ。




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