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第9話 アルビレオの街

 引っ越してしばらく。

 俺は自分が置かれている状況について情報を集めることに成功していた。


 まず、俺たちが引っ越した街の名前はアルビレオというらしい。

 城壁の中に街、そして外に田園が広がっていて、この国の中では地方中核都市って感じらしい。

 街には両親やドラゴン兄さんのように人間に化けている生き物もいて、彼らは助け合って生きている。

 そして彼らは互いに目を合わせたら人間かそうではないかがわかるらしい。便利~。


 次に、ゴッドファーザー・シアンが何者かということだが、彼はそんな人間から隠れる必要がある生き物たちのリーダー的存在だ。

 街で酒場と宿屋、そして冒険者ギルドを経営しているのは仮の姿、その裏では俺たち一家のような生き物に手を差し伸べているってわけだ。

 街で暮らすにあたって必要になる当面のものはすべて彼が用意してくれた。


 その中には、もちろん戸籍もある。

 俺だけでなく、将来を見据えてキッズたちの分まで用意してくれていて、まったく彼のシゴデキっぷりはあっぱれだ。

 戸籍には俺はリゲル、あとのフェンリルたちには適当な人間の名前が割り当てられているらしい。俺にはまだ読めないが。

 ちなみに、ドラゴン兄さんの口ぶりから察するに、シアンもドラゴンっぽい。爬虫類好きとしては、いつか彼のドラゴン姿を見たいものだ。


 そういえば、これで俺の周りにはドラゴンがふたりになってしまったわけだ。

 これからはドラゴン兄さんのことはシルヴァと名前で呼ぶことにしよう。


 最後に、この街で生きていくルールについてだが、まず絶対条件として人間に正体がばれてはいけないということだ。

 ミイ、ピイ、ロイ、サイはまだ人間に化けることができないので基本的に家の中で過ごす。

 父さんはシアンが紹介してくれた冒険者ギルド御用達の鍛冶師のところに働きにでる。

 母さんはご近所に疑われないように「病弱な子ども5人を抱えていて~およよ」と一芝居を打つ。

 そしてシルヴァは、冒険者ギルドの2階にある宿屋でひとり暮らしだ。


 え? ひとり暮らし?

 うん。俺もびっくりした。俺たちに貸してもらった家は4LDKだし、いっしょに住めなくもない。

 母さんもそう言って誘ったが、シルヴァが頑として首を縦に振らなかったのだ。


「私もいっしょに暮らしたいのですが、おそらく邪な心をおさえられません」


 シルヴァはそんなことを言っていた。

 邪な心ってなんのことだ?

 もしかして、あれか。シアンがやってたことみたいなやつ??

 俺の腕をぷにぷにしたり、ほっぺをぷにぷにしたり、フェンリルキッズたちの腹に顔をうずめて吸ったり、肉球のにおいをかいだりするやつ。

 もう全部シアンがやってるから、別にそれくらいいいぞ。


 なぜか母さんと父さんはそれを聞いて納得していた。なんで?? 別に減らないぞ?


 ――まあ、とにもかくにも、そういう感じで俺たちのアルビレオでの生活は順調だった。





 ふんぬ。

 ぬぐぐぐぐぐ。


 俺は腕立て伏せの要領で両腕に力を入れる。

 ぐぐっと上体が持ち上がる。

 よし、きたきた。

 あとは右手、左手、と交互に出していけば――はいはいができるわけだ。


 俺はついにその偉大な一歩を踏み出した。


 っやったぁあああ!!

 ああ、長かった……! ここまで、長かった。


 寝かされたマットから這い出て、行く宛もないがひとまず行けるところまで進む。

 こら、フェンリルキッズたち、俺がはいはいできるようになったことを祝福してくれるのはいいが、もみくちゃにするのは、ああ、もっふもふ……。

 俺の人生初のはいはいは毛玉の海に沈んでしまった。


 フェンリルキッズたちはもともとゴールデンレトリバーくらいの大きさがあったが、いまはさらにひとまわり大きくなり、走る速度も速くなった。

 たぶん、人間より成長が早いのかもしれない。


 最高だ。もふもふが、もっっふもっっふになった。

 時々踏みつぶされたり寝返りのひょうしに押しつぶされたりしているが、いまのところそれすらご褒美だ。


 しかも、彼らはまだ話したり人に化けたりはしないが、1日の大半をいっしょにいるもんだから、だいたい相手が言いたいことがわかるようになっていた。

 いまは「はいはい? そんなもんよりもっといい移動手段があるぜ。――乗れよ」と言っている。もうさぁ……!


 というわけで、最近俺たちの遊びのブームは、騎乗ごっこである。

 今日はロイが背中に乗せてくれるらしい。

 俺が彼の背中につかまって、そのまま腹ばいで乗る。

 あとはキッズたちの気の向くまま、楽しい旅に出発だ!


 ぐるっと2階を一周して遊んでいると、シルヴァがやってきた。


「こら、危ないだろう」


 そう言って、俺をフェンリルバス・ロイVerからおろして床に置いてしまう。

 ちぇっ。ちょっとくらい危ないくらいが面白いっていうのにさ。

 っていうか、普段フェンリルたちがしている遊びと比べたら安全すぎて生ぬるいくらいだ。


 フェンリルキッズたちは、この騎乗ごっこのほかにも、階段を上がったり下がったりする遊びがお気に入りだ。

 これがはじまると、上に下にの大騒ぎ、となる。

 フェンリルは脚力がそこらの犬とはちがうらしく、階段を二歩で上がったり下がったりできた。

 ただし、ピイだけは運動神経が悪いのか、それとも毎回ミルクをいっぱいのんでぽんぽこりんになったお腹が邪魔をするのか、それができたりできなかったりだった。


 まあ、それもそのうちできるようになっていくんだろう。

 う~ん、成長、いいねぇ。昨日できなかったことが今日できるようになる。楽しいぜ。


 ああ、成長といえばもうひとつ。


「シル」


 俺、ちょっとだけ話せるようになりました!!!

 いや、正確には狙った発音がちょ~~っとだけできるようになった、という程度なのだが。

 それでも大進歩だ。

 さすがに「シルヴァ」と呼ぶのは難しいが、「シル」までは言える。

 そうして呼ぶと、シルヴァは……。


「ぐっは、いま死んでもいい……」


 子ども向けに大げさに喜んでくれるわけだ。

 俺は中身は高校生なのに、その反応が楽しくて、ついつい「シル」と連呼してしまう。


「シル」

「ぐ……」


 連呼すると、シルヴァのきりっとした顔がどんどんゆるんでいく……大丈夫かな? 溶けてる? イケメンが台無しだ。

 ああ、俺はもう目も見えるようになっていて、スキル【天眼】はしばらくお休みしている。

 いやー、【天眼】は便利だけど、やっぱり自分の目で見る方がいいな!


 っと、いけね。そうだった。

 今日はシルヴァに見せたいものがあるのだった。


 俺は「ふんぬ」と再び上半身に力を入れる。

 そうして上半身を持ち上げると、右手、左手と交互に出す。

 それはさっきできるようになったばかりの、はいはいだ!

 ほら、見て見て! はいはいだぜ! 俺、できるようになった!!


「……!!!」


 おお、見てる見てる! もっと見ていいぜ? 褒めてくれていいぜ~???

 なぁんて思っていたら、おもむろに抱き上げられた。

 ん? もう俺のはいはい見ないの?


「どうか……」


 俺の額に、シルヴァの額がこつんと当たる。


「どうかこのまま健やかに育ちますように。この子の一生が明るいものでありますように――ドラゴンの神の加護があらんことを」


 そうして、ゆっくりと目を閉じる。彼の頬に長いまつげの影が落ちる。

 つられて俺も目を閉じる。

 なんだか、くすぐったくて、あったかくて。


 ――どれくらいそうしていただろうか。

 シルヴァは俺を床におろすと、身をひるがえした。


「スイさん! リゲルが擦り這いをしていますよ! もうご覧になられましたか」


 そう言って1階に駆けていく。

 俺はなんとも言えない気持ちになって、ぽかんとしたままそれを見送った。



 その夜は、俺の初☆はいはいを記念してささやかなパーティーが開かれた。

 そこで俺がまたはいはいを披露すると、父さんも母さんも両手を叩いて大喜びだ。


 俺はふんす、と鼻息を荒らげた。

 このまま成長して、勉強して天才児として名を馳せてもいいし、筋トレして騎士になってもいい。

 俺の未来はバラ色だぜ。


 俺は能天気だった。

 なにもかもうまくまわっていて、不安などなにもなかった。



 ――翌日、例の人攫いがこの家を訪れてくるまでは。

 







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