第12話 男には引けないときがあるのさ!!
うぐぐぐぐぐ。
翌朝、俺は全力で立ち上がる練習をしていた。いわゆる、つかまり立ちというやつだ。
フェンリルキッズたちはそれを遠巻きに見つめてきている。
ぐぐぐ! 待ってろよ、お前たち!
次は俺がお前たちを守るんだからな!
昨日、この家に侵入者があったことは大人たちには伝わらなかった。
俺もキッズたちも、帰って来た母さんに「だあだあ」「がうがう」言ってみたのだが、伝わらない。
そりゃそうか。
なんとなく俺とフェンリルキッズの様子が変なのは伝わったようだが、「家に大きな虫でもでたんじゃないか」という父さんの言葉でみんな納得してしまった。
うう、違うよぅ、違うんだよぅ……!
今のままでは、またあの人攫いがやってくる。
なんとなく、あいつはあんなことくらいでは諦めないんじゃないかと思う。
そしてあいつが来たら、再びフェンリルキッズを危険にさらすことになってしまう。
前回は偶然ロイが布団を被ったまま動いてくれたおかげで”犬”だと誤解させることに成功したが、そう何度もうまくいくとは思えない。
正体がばれることはそのまま、家族を危険にさらす。
俺は歯を食いしばる。
次に男が侵入してきたとき、俺はまたキッズに守られるのか?
そしてまたぎゃんぎゃん泣いてシルヴァに背中をとんとんしてもらうのか?
俺には泣くことしかできないのか?
俺は、悔しい。
俺は長男を名乗っているというのに、弟たちの後ろに隠れているだなんて、情けない!!
ぐぐっと足に力を入れる。
立てる。立てるぞおおお!!!
ここは俺の家、そしてここにいるのは俺の家族、俺の守るべき弟たちだ。
俺は、戦う!
あの人攫いを、なんとかしてぎゃふんと言わせてやるんだ!! まだ方法は考えてないけど!!
俺が仁王立ちを決めると、兄弟たちはしっぽをふりふり、部屋の隅で見守っていた母さんは拍手を送ってくれたのだった。
さて。
かっこよく決めたのはいいものの、俺ってばまだまだ赤ん坊。
一歩歩けば尻が床につく。くそぅ。
そんな俺を見て、面倒見のいいロイは「背中に乗る?」と寄って来る。
くぅ~。早く大人になりたいぜ……!
*
その日の昼、シアンとシルヴァが家にやって来た。
母さんが俺を抱いたまま玄関に出迎えると、彼は手に持ったものを差し出した。
「頼まれていたものだ」
「ああ、悪いねぇ」
「いや」
それはボールペンくらいの小ぶりな杖?だった。
中が空洞になっていて、何かが詰められているらしい。持ち手の尻の部分からぴょこっと羽がはみ出している。
俺が手を伸ばすと、シアンは慌ててそれを引っ込めた。
「子どもには危険だ」
「わかってるよ。手の届かないところにおいとくよ――使う場面がこないのが一番いいんだけどねぇ」
「そうしてくれ」
「お茶していくだろう? ちょうど他の子どもたちは寝たところだ」
シルヴァが小首を傾げる。
「リゲルもお昼寝の時間じゃないですか?」
「そうなんだけど、今朝から熱心に歩く練習しててねぇ。寝そうにないのさ。相手してやっとくれよ」
リビングの食卓に、俺、母さん、向かいにシルヴァ、シアンで座る。
カップは3つ。この世界のお茶は赤みがかった茶色の飲み物だ。
ああ、どんな味なんだろう……。ひとくち飲んでみたい。
手を伸ばすが、やっぱり母さんに阻止されてしまう。うう、はやく大人になりたいよぅ。
シアンがさっきの杖を出す。
「使い方はわかるか?」
「中に入ってる羽を引き出すだけだろう?」
「ああ。相手と目を合わせた状態で引き抜け。そうすると、相手の記憶から自分に関する記憶を消すことができる。人間にフェンリルだとばれたときに使え」
なん、だと……?
記憶を??? 消す??
まじで??
え、それ、なに?? 魔法??? 魔法の杖???
見せて見せて!!
手を伸ばすが、母さんに「こら」と叱られ、ついに床に降ろされてしまった。
こうなると、赤ん坊って無力。椅子に自分でのぼれない。ああ、あまりに無力。
肩を落とす俺の頭をシルヴァが撫でてくれた。
俺は目をそらす。
昨日彼の胸でわんわん泣いたこともあって、ちょっとだけ気恥ずかしい。
シアンは上で淡々と説明を続けている。
「無駄撃ちしないように。いまはフェニックスの羽がなかなか手に入らない」
「あら、あのじいさん、ついにくたばったのかい?」
「逆だ。元気すぎて旅に出て、連絡がつかない。たまに思い出したように羽を送って来る」
「ああ、あのじいさんらしいねぇ」
母さんは立ち上がり、その杖を台所の戸棚に隠す。
うーん、隠し場所のチョイスがお菓子を隠す場所なんだよなぁ……。
俺はうらめしげに戸棚を見つめる。うう、魔法の杖ってなんてファンタジー……。
「それで? あのひげの男のこと……リゲルのこと、なにかわかったのかい?」
母さんが尋ねると、シアンとシルヴァは居住まいを正した。
「いくつかわかったことがある」
シアンが指を一本立てて話し出す。
「あの男が探している赤ん坊は、スキル持ちの予言を受けて生まれ、生まれると同時に貴族の養子に出されたらしい。その子がリゲルであるという確信はないが、ドラゴンに連れ去られたという話から察するに、ほぼ間違いないだろう。日付もあっている」
「へえ……」
「だが、養子縁組先が最悪だ。スキル持ちの子どもの内臓を食べたらスキルを得ることができると喧噪しているらしい」
ななな、なんだってー!?
俺って食べられるの? 食用として売買されてたのー!?
ああ、そういえば生まれた日にも御者の男が内臓がどうとか言っていたような……???
あれって比喩じゃなくてガチもんなのかよ!!
うわーー!! わー!!
九死に一生!
助けてくれてありがとう、シルヴァ!!! お礼にお前の膝によじよじして座ってやるよ!
やさしいシルヴァは俺を膝の上に乗せてくれる。
卓のまわりを囲む大人たちの顔は、みな緊張していた。
母さんが言う。
「そんなことって、可能なのかい」
「迷信だろう。スキルの有無は生まれながらにして決まる。問題は、スキルの譲渡の可否ではなく、そんな人物がスキル持ちの赤ん坊を買ったことだ――目的はひとつだ」
「……リゲルは渡せません」
シルヴァが俺をぎゅっと抱きしめてくれる。
うん。俺だってそんな貴族様の夕飯になるのはごめんこうむりたい。
「わかっている。男はまだこの街にいるようだが、リゲルがその子だと気が付いていないようだ。そのうち諦めて街を出て行くだろう。それまでの辛抱だ」
うう、頼むよシアン。助けてくれよ、シアン。
シアンたちは知らないだろうけどさぁ、人攫いはもう家に侵入してきているんだぜ??
状況はひっ迫しているんだ。
……いや、なにをさっそく人頼みしているんだ、俺!
俺は戦うって決めたんだ。
俺はキッと戸棚――正確には戸棚の中にある杖――を睨んだ。




