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狐狸の千年天下取り  作者: 日生
三章 百目巨人
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2.二匹、誑かす

 アラチという町がある。


 五十年ほど前には荒野同然だったところへ、何某とかいう昔の国主が、街道を通したことで生まれた宿場町だ。

 新しい地にできた町ということで、当時からアラチと呼ばれている。

 今となっては、いっぱしの都市然として、この近辺の経済拠点となっていた。


 町では市が毎日立つ。

 よって大概の物はここに来れば手に入る。支払いは銭でも良いが、布でも米でも構わない。むしろ、あちらこちらで国が潰れて生まれるこの乱世では、後者のほうが喜ばれた。


 宿場町でもあればこそ、日暮れの後も各所で火が焚かれ、旅籠はたごをかきこむ旅人らで賑わう。

 特にこの日は、町の社で祭祀があった。

 神に捧げし笛や太鼓の音が響き、旅籠屋の他にも夜店がぽつぽつ顔を出しており、何やら良さげな匂いを漂わせる。賑々しい夜である。


 火に誘われる蛾のように、その日は人が集まっており、中にはむろん、例の二匹も交ざっていた。


「たろにぃ、たろにぃ」


 どこぞの木陰に潜み、いち子は手前にある義兄の頭を叩く。


「なんじゃあ、いちねえ」


 のったり応じる太郎はしゃがんでおり、そのためちょうど肩を義姉の乳置きに使われている。

 内心で気持ちの良い小僧である。


「あれ、なにぃ?」


 太郎にのしかかっていち子が指すのは、黒い蜜に浸した団子だ。

 道に出された涼み台に腰かけ、人々が美味そうに頬張っているものだ。


「団子じゃろうが。ぬしは団子も食ったことがないか」


「団子は食うたことある。でも、あんなんは食うたことない。なあな、たろにぃ。うち、あれ食いたいなあ、なあ」


 まったく調子の良い狸であった。

 というのも、なぜ二匹が木陰に隠れているかといえば、この山暮らしの長い狸娘が人の多さに尻込みし、まずは物見が必要と言うので太郎が付き合ってやっていたのだ。


 しかし柔い乳をおっつけられ、ねだられたのでは仕様がない。


「あいわかった、食わせてやろう」


「どう盗む?」


「盗むまでもない。俺らは狐狸じゃ。ならではの手があろう?」


 太郎は木の葉を五、六枚むしるや、ぐっ、と握り締める。

 ぱっ、と次に開けば、手のひらに銭の小山ができていた。


「そら、胸張ってゆくぞ」


 からの片手で、まだ恐れるいち子を引っ張って行く。

 心配せずとも二匹の尻尾はうまく隠せており、誰も奇異に思う者はなかった。


 店の親父はなんの疑いもなく、蜜にいったん沈めた団子を六つ、熊笹にごろりと包んで渡した。

 余裕綽々の二匹は人に交じり、涼み台の上で食うことにした。


「な? ちょろいもんだ」


「ほうじゃねえ」


 いち子はすっかり機嫌良く、団子を一つ口に放り込んだ。


「あまっ! なんやこれぇ!」


「舶来の糖蜜だ」


 訳知り顔で太郎も一つ口に放る。


 この頃の砂糖といえば貴重なもので、二匹の生きる島国では限られた地でしかその原料が取れぬ。よって海向こうの国から仕入れる場合がほとんどであった。

 実は団子を包む黒蜜は、白い砂糖をいただく高貴な方には、廃糖蜜などとこっそり呼ばれる質の落ちた品であるのだが、それでも贅沢品には違いない。今宵がハレの日でなければ、なかなか民草が口にできるものでなかった。


「んまぁ、うまいなあ」


 一つ食べ、また一つ頬張り、いち子は悶える。

 よほど甘味が身に染みたのか。いつの間にやら腰の辺りにふさふさしたものが生えていた。

 

「尻尾出とんぞ」


 上下に忙しく動くものを、すかさず太郎が片手に捕らえた。

 

「じゃけん、うまいもの。変化も解けるわ」


「ぬしは正体がばれることを恐れておったろうに」


「もうええ。ばれた時はあんたがうまいことやって」


「そら構わんが、ちっとは落ちつけ。俺らは団子を食いに来たわけでなかろうが」


「《百目》の情報を集めんのやろ? わかっとるよ」


 しかし暢気に指の蜜を舐めている様は、あまりわかっているようでない。

 居所の知れぬ次の獲物を探る前に、甘い団子を食えただけでいち子は満足してしまった。


 だがこの二匹、近頃は珍しくツキが回ってきている。


 いち子が口に出した千年妖の名に、引き寄せられた者がその時あった。


「今、百目と言ったか?」


 見やれば、髭面の男が一人。

 

 ナリは汚く、おまけに臭い。異様に臭い。

 だから涼み台の上の人々が、男から身を一つ二つばかりあけて座っている。


 傍には数打ちではなさそな黒鞘を置いており、どうやら牢人のようであった。

 

 それが太郎の隣に座り直す。

 尻尾の出ているいち子は義兄の影に隠れた。


「なんじゃあ、ぬしは」


 肘張っていち子の姿を隠しつつ、太郎は牢人へ正面を向けた。

 男も太郎も、何やら互いににやついている。


「なに、怪しい者じゃあねえさ。お前ぇらが百目と言ったんで、ちと気になってな」


「何が気になる。ぬしは百目を知っておるのか?」


「知らぬものか。俺はその化け物を退治に参ったのだ」


「ほう!」


 太郎が大きな声上げた。


「さては妖の首を土産に、諸将の誰ぞに召し抱えてもらう魂胆か?」


「察しが良いなあ、お前ぇ」


 目まぐるしく国が生まれて潰れるこの乱世、主家を失った牢人は諸国を巡り、仕官先を探し歩く。

 武辺者としてすでに有名なのであればいざ知らず、この男のようにぱっとしたところのない者は、何かしら武勲の手土産が必要となる。


 そのためには、世に名を馳せし武芸者にでも挑むか、あるいは世を脅かす大妖でも滅ぼすか。


 この牢人は後者を選んだわけである。


「小僧、お前ぇらはなぜ百目を探してる」


「ぬしと同じさ。名を上げたい。世に生まれたからには天下に鳴り響いてこそであろう」


「ほう!」


 今度は牢人のほうが声上げて、しかし嗤った。


「やめておけ。百目は大木のごとき巨人、どこに潜んでいようが百の目が必ず見とる。見つかったが最後、()()()と潰されっぞ。小僧一人で何ができるか」


「こいつもおる」


 と太郎が指してきたため、いち子は袖の影から邪険に払う。


 いち子はいきがる牢人など嫌いであった。ぷいと顔を背けて、最後の一つの団子を食らう。


 人間じんかんに潜み生きてきた太郎のほうは、こういう手合いには慣れたものである。


「色事の他で女がなんの役に立つ」


「それもそうだ」


 適当に頷き、で、と促す。


「百目はどこにおるのだ」


「まだ諦めねえか」


「いや諦めた。諦めたゆえ、まちがっても近くを通らぬよう居場所を知っておきたいのだ」


「それがよい。百目はこの街道を西へ三里いった藪の中の、馬捨て場を巣としておるそうだ。どこぞの村か町に着くまで野宿はせんほうが良いだろうよ。奴は夜になると地から這い出てくるらしい」


「あいわかった、助かった。ぬしには礼をせねばならんなあ」


 言うや太郎は袖から銭を出す。

 手に収まりきらず、ぽろぽろ零れるそれを、牢人の股の間に落としてやった。


 大方の牢人は貧しいものである。

 実際、店の涼み台にいるくせに、何も食えていなかったのはこの男だけ。

 案の定、銭の山には仰天し、何度も太郎の顔と見比べていた。


「じゃあな。ぬしの武運を祈っておるぞ」


 太郎はさっさと、いち子を連れて暗がりに入る。

 

 店の灯が遠のいてから、やっといち子は一言。


「あんたぁ、意地悪ね」


「競い相手は潰しとくもんだ。たとえボンクラでもなあ」


 くつくつ笑う太郎といち子の見ておらぬ間に、葉っぱの銭で団子を買った牢人は、いざ一口食らう間際に術が解け、店主が呼んだ町の男衆に、こてんぱんに打ち据えられたのであった。

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