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093 マリーと魔法使いヨハン

 しかし、二人に不安はなかった。


 目を開けたままお互いを穏やかな表情で見つめあい、握った手は強い信頼で固く結ばれていた。そしてその表情の示す通り、地面に向かって落ちてゆく二人を、不意に紫の光が包み込んだ。


 マリーの持っている髪飾だった。


 髪飾りは紫の光を発し、二人を優しく包み込む。


 二人は空中で再び止まり、紫色の雲に乗っているように空中を漂った。


「――――ロキ?」


 ヨハンは髪飾りを見つめた。


 マリーの髪飾りは宙に浮き、ヨハンの目の前を漂った。


 ヨハンが髪飾りを手に取ると、ヨハンの体中に魔力が流れ込んだ。そして暖かい毛布で包まれたように、ヨハンの体が癒されて行った。


 ヨハンは瞳を閉じて溢れる魔力を髪飾りに込める――――すると髪飾りは、世にも美しく、そして見事な黒の箒へと変化した。


 長い柄には風を連想させる装飾、柄の先にはロキの瞳のような紫色の魔法石――――


 ヨハンはその箒を手に取った。


「君は、最後までお節介な奴だな――――」


 震えた声で告げ、ヨハンは黒の箒に二本の足を付けた。


「――――本当にすまない。ありがとう」


 ヨハンはマリーの手を引き、マリーを二本の足で箒に乗せると、ゆっくりと箒は上昇して行った。


 箒の先から紫の光の帯を棚引かせながら、箒はどんどんと空に昇ってゆきます。


「ヨハン、ロキはやっぱり?」


 マリーは心苦しそうに尋ねた。


「ああ、帰ったよ――――星に」


 ヨハンは微笑んで答えた。


 それを聞いたマリーは、今にも泣き出しそうに表情を曇らせた。

 しかし、ヨハンは清清しく言葉を続ける。


「何、悲しむ必要はないさ――――千年の後に、また出会えるさ」


「そうね」


 マリーは頷たいた。


「ロキ、ありがとう。またいつか、お買い物に出かけましょうね」


 暫く、箒が放つ紫の光を眺めた後――――


 ヨハンは徐に口を開きました。


「さぁ、僕らも行こうか」


「ええ」


 マリーも頷きます。


 二人が暁の空に視線を向け、東に現れた金色の太陽に向かって飛び出そうとした時――――


 二人の目の前を、不意に“青い靄”が結露したように現れた。


 ヨハンは表情を強張らせ、形を変えてゆく青い靄を、警戒しながら凝視していた。


 青い靄は、二人の前でぐにゃぐにゃと広がったり縮まったりして、次第にその形を整えた。


 そして、姿形を整え終えたそれは、背中に鳥の羽を付けた人の形をした生物だった。その人の形をした青い靄は、体を青い甲冑のような物で覆い、頭部にも兜のようなものを被っていた。


 その靄は、まるで空から降りてきた天使のようだった。


「アレクサンドリアの魔法使いヨハン殿とお見受けいたしますが?」


 形を形成した青い天使は、丁寧に述べた。


「ああ、いかにも」


 ヨハンは瞳に力を入れ、警戒しながら答えた。


「私の名は――――ジブリール」


 青い天使はジブリールと名乗り、深く一礼をして再び頭を上げた。


「我が主、国家魔法使いアンセムの命により――――私は、ここに馳せ参じました」


 それを聞いたヨハンは、安心したように緊張を解いた。


「あなたがこうしているということは、事は終わった言うことでよろしいのでしょうか?」


「ああ」


「それは吉報。つい今しがた、“ヴァルハラ評議会”最高議長オーディン・グラハの書斎を、令状に基づき国家魔法使いが捜査したところ、今回の一件の詳細と顛末が書かれた日記を見つけました。それで我々“魔法省”は急遽、あなたたちにかけていた容疑を取り消し、ユダとテンプルナイトたちの身柄の拘束をと考えていたのですが――――どうやら、その必要はないようですね?」


「ああ、物語はもう閉幕さ」


「それでは、ここからは我が主の言葉をお伝えいたします――――今回の一件、貴様は完全に魔法法律の範囲を超え、数々の容疑や犯罪に手を染めたが、しかし、今回の件の規模と被害の範囲を考慮すれば、貴様の行動は緊急を要するため、“魔法省”は超法規的措置としては貴様に恩赦を与える意向だ。しか、しそれには貴様の“国家魔法使い”のへの転身が最大条件となる。“魔法省”はこれ以上、貴様を野放しには出来ないと躍起になっているからな。近々開かれる“エデン審問会”には、必ず出席するように。そして今、私を含めた“国家魔法使いの”調査団がそちらに向かっているので、貴様はジブリールと共に近くの町で待機していろ――――以上が、我が主の言葉です」


 ヨハンはそれを聞いて、満足そうに頷いた。


「これで、一件落着というわけかい?」


「よかったわね、犯罪者にならなくて」


「なに、君とだったら――――星の果てまででも逃げてみせるのに」


 マリーの言葉に、ヨハンは悪戯な笑みで答えた。


「でも、いいの?」


「何がだい?」


「“国家魔法使い”になること――――あんなに嫌がっていたじゃない?」


「うーん?」


 ヨハンは考えたふりをした後、大胆不敵な表情で言葉を続けた。


「何かを変えるなら、外からより中からのほうがいい事もあるさ。それに、何か新しいことを始めたい気分なんだ」


 それを聞いたマリーは、嬉しそうに頷いた。


「そうね。なんだか特別なことが始まりそうだものね」


「ああ」


 そう頷くと、ヨハンはマリーを抱きかかえた。


「僕らも何か新しいことを始めよう」


 幸せそうにお互いを見つめ合った後、ヨハンはジブリールに視線を移した。


「それと、悪いけどジブリール――――アンセムの話じゃ、君とどこかの町に待機してろって話だけど、とてもじっとしていられる気分じゃないんだ。悪いけど、僕たちは行かせてもらうよ」


「ええ、それも主に伺っております。あの男の好きなようにさせろと」


「そうか、なら僕たちは行こう――――」


 ヨハンはそう告げると、マリーを抱きかかえたまま青く広がる空を仰ぎ、太陽の出ている東の空へと消えて行った。


 それはとても早い速度で、紫の光の帯を棚引かせながら蒼穹の空へ吸い込まれるように――――


 二人はとても遠く、果てしなく広がる世界に飛び出して行った。


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