「あっ」
美紀の葬儀は身内のみで執り行うという話を母親から聞かされた時、久美は――。
まあ、今時そうだよね。
と、淡泊に納得した。
流行り病やプライバシーの事情もあるこのご時世だ。賢明な決断だと思う。
香典を渡して、お棺の窓を開けさせてもらい、顔を見て。
友人の母親と少し話をして、それで久美達は帰ってきた。
――何でこうなったんだろ。もう大丈夫、ってあの子も言ってたのに。
彼女の中に残ったしこりは、家に着く頃には友人を失った喪失感や悲しみを脇に追いやる程の大きさに育っていた。
突然だったから脳がまだ受け容れられていない、というのもあるだろう。
何せ当日の『その直前』まで、彼女は美紀とスマホで話していた。
短い驚きの声。どだんどだどだ、と大きなものが転げる音。がん、という硬いもの同士がぶつかる音。
久美が耳にしたそれらの音が、生前の美紀が立てた最期の声と音だった。
打ち所が悪かったみたいで、と友人の母親は声を詰まらせながら語った。
そのあまりにもあっけない幕の引け方を。
久美の心の奥にある、本能的な部分が、『何かおかしい』と疑っている。
「ああ、久美。降りる時にそれ持ってってくれる」
「あ、うん」
ハンドルを握る母親に呼ばれて、思考に耽っていた久美は一度現実へと帰ってきた。
女親同士の遠慮合戦の末に結局もらってきた香典返しの袋を、母親の代わりに持って車から降りる。
留守番組の誰かに鍵を開けてもらおうと、久美が呼び鈴へ指を伸ばした時。
「あっ」
耳元で発された、それは。
はっきりとした、人の声だった。
物を落としかけた時。忘れ物を思い出した時。段差から足を踏み外しかけた時の。
――ふと。
スマホ越しに聞いた美紀の声が、久美の脳裏を過ぎったその刹那。
ぷち、と糸の切れる音がした。
「うわわっ」
手首を滑り、ばらばらと足元に珠が零れ落ちる。
玄関前に突如ばらまかれたそれは、美紀の訃報を聞いてから母親と買いに行った数珠だった。
「どうしたの……あら、縁起でもない」
車庫に入れた車から出てきた母親が、戸口の前で突っ立つ久美の足元を覗き込む。
石段の上に紅水晶が散らばった光景をすぐには信じられず、二人とも寸の間固まった。
「嫌ねえ、糸が古いのを買っちゃったのかしら」
お母さんの友達も同じようなことがあったって言ってたのよ――横に立つ母親のフォローの言葉は、久美には半分程しか届いていない。
とりあえず、と二人で珠を拾いにかかる。
拾い終えたタイミングで、がちゃ、と開錠の音がした。
「あらあら、二人ともお疲れ様。お塩用意しておいたから、そこに並びなね」
「ああ、ありがとうございますお義母さん。ほら、久美」
拾った珠を鞄にしまい、久美は母親の隣に立ち並ぶ。義祖母が用意した粗塩は久美の体にも撒かれたが、久美の心持ちを晴らす効果はなかった。
子供も大人も各々が既に帰宅して、食事を始めているであろう刻限。
声がした時もその後も、周囲には誰の姿も見当たらなかった筈だ。
「久美ちゃんも入んなさい。お父さん達がお夕飯作ってくれてるよ」
義祖母に促され、久美も母親に倣って土間に上がる。
ドアを閉められる前。後ろ髪を引かれる心地で、久美はもう一度外を見やった。
夏の夕空は例え曇天だろうが昼日中のように明るく、じっとり重苦しい空気に満ちた町中は怖いぐらいいつもと変わり映えしなかった。




